ジェフ・ベックの名盤『Wired』のジャケに写る、ストラトキャスターの謎を追え! ジェフ・ベックの名盤『Wired』のジャケに写る、ストラトキャスターの謎を追え!

ジェフ・ベックの名盤『Wired』のジャケに写る、ストラトキャスターの謎を追え!

ジェフ・ベック『Wired』のジャケに写る、謎の白いストラトキャスター。ここでは本人の証言や当時の写真/映像などを手がかりに、この“謎ストラト”をアレコレと推測! はたして驚きの鑑定結果とは!?

文=細川真平

このジャケットのストラトは、何年製のどういった個体なのか?

ギター名盤は数々あるが、ジャケットにギターが写っていないものも多いし、(ギター好きの視点からして)ジャケット写真が凄く良いと思えるものは、案外少ないように思う。その中で、文句なしに“死ぬほどかっこいい”ジャケットが、ジェフ・ベックの『Wired』(1976年)だ。

ジェフ・ベック『Wired』

白のジャケットを着て、白/ローズのストラトキャスターを弾くジェフ。その躍動感のある写真をより生き生きと見せる、光の帯の加工。もとの写真が良いのはもちろんだが、この加工によって、これ以上ないほど鮮烈なジャケットになっている。

さて、ここからが本題。このジャケットのストラトが、何年製のどういう個体なのか、ジェフのファンならば気にならないだろうか?(筆者はずっと気になっていた)

通説では、ラージ・ヘッドでローズウッド指板の’71〜’72年製と言われることが多かった。これはジェフがベック・ボガート&アピスでも使用したもので、BBAの1枚目『Beck Bogert & Appice』(1973年)の裏ジャケにも写っており、その他のライブ写真などから使用開始は’72年と思われる。

ジェフ・ベック
1972年9月16日に開催された“ロック・アット・ジ・オーバル・フェスティバル”での1枚。(Photo by Michael Putland/Getty Images)

しかし、それに疑問を呈したのが、ジェフ本人によるギター紹介映像だ。2011年にリリースされた映像作品、『Beck, Jeff Rock’n’Roll Party-Honouring Les Paul』のボーナス・ディスクに、自宅で彼が自分のギターを紹介する映像が収められているのだが、その中で、ある白/ローズのストラトについて“ジョン・マクラフリンにもらったもので、『Wired』で使った”と説明している。

このストラトをよく見ると、スモール・ヘッド(1954年〜’65年前期)で、フェンダー・デカールがトランジション・ロゴ(’64年後期〜’68年後期)。つまり、’64年後期〜’65年前期製の個体と思われる。しかし、この時期はピックガードが3プライ(上から白、黒、白)のはずだが、白の1プライ(’54年〜’59年前期)。これは、マクラフリンの所有時に交換されていたのではないかと思われる。黄色味を帯びたピックアップ・カバーの色味とマッチしていないことがその証拠かもしれない。

これを見て、“なるほど、これが『Wired』のジャケットのストラトか”と思った方も多いだろう(筆者もそう思った)。しかし、ジェフはこのストラトを“アルバムで使用した”とは言っているが、“ジャケットに使った”とは言っていない。実際、レコーディングで使ったギターではないものがジャケットに掲載されることはよくある。フォト・セッションに違うギターを持って行ったとか、たまたまその日に納品されたからフォト・セッションで使ってみたとか、その日だけ誰かのものを借りたとか、そういう例はいくらでもあるのだ。そう考えると、ジェフが紹介したストラトが、『Wired』のジャケットのものと同じとは言えない。

そう考えるのには理由がある。『Wired』のジャケットのストラトをよく見て気づいたのだが、ピックガードの周囲に黒の縁取りが見えるので3プライだし、色味からしてグリーン・ガードだと思えるのだ。グリーン・ガードというのは、’59年後期にピックガードが塩化ビニールの1プライから、セルロイドの白、黒、白の3プライに変更されたが、そのセルロイドの経年変化によって一番上の白が黄色く変色し、真ん中の黒(実際には濃紺)と混ざり合って、全体が緑がかって見えることからそう呼ばれる。となると、ジェフが映像で紹介したものとは違うことになる。

ならば当初の通説どおり、’71〜’72年製かと言えば、やはりピックガードの色が違う。ストラトのピックガードは’65年になると塩化ビニールの3プライに変更になり、見た目も白くなる(経年変化してもグリーン・ガードのように黄色くはならない)。となると、やはり’71〜’72年製説も誤りとなる。

唯一条件が当てはまる、来日時に使用したグリーンガードのストラト

では一体? ということになるのだが、ジェフが使用した歴代のストラトの中で、唯一当てはまるものがある。それは、1975年に彼が“ワールド・ロック・フェスティバル・イーストランド”で来日したときに使用したもの。これ以外に、彼が使用したストラトでグリーンガードのものはない。

ジェフ・ベック
1975年8月7日に後楽園球場で開催された“ワールド・ロック・フェスティバル”のステージ。(Photo by Koh Hasebe/Shinko Music/Getty Images)

このストラトのフェンダー・デカールは、スパゲティ・ロゴ(’54年〜’64年前期)。また、当時の写真をよく見ると、ヘッド部のネックとローズウッド指板の繋ぎ目が、ラウンド貼りのそれに見える。ラウンド貼り(ラウンド・ボード)というのは、フラットにしたネックにローズウッドを貼ったあとで指板を丸く形成していたそれまでのスラブ貼り(スラブ・ボード)とは違い、ネック自体に丸みをつけ、その上にその丸みに沿ってローズウッドを貼るやり方で、’62年後期から採用された(実質’63年からと思ってもいい)。グリーンガードであることに加え、そうした特徴を総合して考えると、このストラトは’63年〜’64年前期までのもとなる。

このストラトは、『Blow by Blow』(1975年)でも使われたと言われている。“ワールド・ロック・フェス”が同じ’75年の開催であることを考えると、間違いなくそうだろうし、この時期このストラトが彼のお気に入りの1本だったことは間違いない。であれば、『Wired』のジャケットのためのフォト・セッションに、彼がこのストラトを持ち込んだことは十分に考えられる。またそれ以上に、『Wired』では“マクラフリンからもらったストラトしか使っていない”とは言っていないわけだから、このストラトも使われた可能性が十分にある。

ジェフはもうこの世にいないし、もし生きていたとしても、訊いたみたところで、“全然覚えていないし、それがどうしたんだ?”と一蹴されてしまうことだろう。だが、ジェフの作品を味わいながら、ジャケットを眺め、こうしたことに思いを馳せてみるのも、遺されたファンにとっては楽しみの一つだったりする。