Interview | 逸見亮太&齊藤雄介(myeahns) ロックの美学を詰め込んだ『symbol faces』 Interview | 逸見亮太&齊藤雄介(myeahns) ロックの美学を詰め込んだ『symbol faces』

Interview | 逸見亮太&齊藤雄介(myeahns)
ロックの美学を詰め込んだ『symbol faces』

今、ロック・シーンの中で話題を呼んでいる5人組ロック・バンド、myeahns(マヤーンズ)。懐かしい70年代フォーク・ソング的なボーカル・メロディと、ドカドカうるさいパンク・ロック的バンド・アンサンブル、そして00年代以降のポップスをゴチャ混ぜにしたオンリーワンな楽曲は、一度聴いたら耳から離れない。このたび2ndアルバム『symbol faces』をリリースし、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの彼ら。今回、すべての楽曲を手掛ける逸見亮太(vo,g)と、ギタリストの齊藤雄介(g)に登場願い、アルバム制作の話はもちろん、バンド結成からルーツまで、オープンに語ってもらった。

取材・文=小林弘昂 人物写真=柴田恵理 機材写真=本人提供


本当に良い5人だと思いますよ。
今が一番楽しい。
──逸見亮太

左から、コンノハルヒロ(b)、Quatch(k)、逸見亮太(vo,g)、茂木左(d)、齊藤雄介(g)
Photo:西槇太一

齊藤 まず、憧れのギター・マガジンに出られて光栄です。実家にたくさんあります。ありがとうございます。

逸見 ありがとうございます。

こちらこそありがとうございます! ギター・マガジン初登場になりますので、まず前身バンドのテクマクマヤーンズから現在のmyeahnsにいたるまでの話を聞かせてもらってもいいですか?

齊藤 僕の中学の同級生で、今は御茶ノ水のFINEST GUITARSで働いている“かっちゃん”が友達とバンドをやっていて。ある日、“今日めちゃくちゃカッコ良い人と対バンだから来る?”って連絡がきて、西川口Heartsに行ったら白い衣装を着た亮太君がステージから飛び出してきたんです。亮太君は当時RAMBLESっていうバンドをやっていたんですけど、それがめちゃくちゃカッコ良くて。で、ライブのあとに物販でCDを買って、亮太君から“ありがとうございました!”って言われましたね。

雄介さんはもともと逸見さんのファンだったと。

齊藤 そうです。僕はそのライブハウスの店長やスタッフの方によくしてもらっていたので、遊びに行った時は打ち上げに出させてもらう時もあって、その日も亮太君と話して仲良くなったんですよ。それからしばらく経った頃、亮太君から突然電話がかかってきて、“雄介君、ギター弾ける? 新しいバンド組むからギターやってよ”って言われて。当時ギターを持ってはいたんですけど、全然弾けなかったんですよ。でも、嘘をついて“弾けます!”って(笑)。

逸見 RAMBLESを続けるのが楽しくなくなっちゃって、“もうやめよう”って持ちかけて。でも、ワンマンをやる予定で新宿red clothの日程をおさえてあったんですよ。僕は続ける気のないバンドでライブをやることに違和感があったので、新しいバンドを組んで、その日にワンマンをやらせてもらえることになったんです。なので雄介を誘ったという。

初ライブがワンマンって、すごい話ですね(笑)。

齊藤 まぁ〜ひどかったですけど(笑)。で、電話をもらったあと、“まずどのくらい弾けるのか見たいから、ウチに遊びにおいでよ”って言われたんですよ。当時、亮太君は小金井公園の敷地内みたいなところに住んでいて、公園でRAMBLESの曲を披露することになったんですけど、もちろん弾けないからごまかして(笑)。亮太君はめっちゃ苦笑いしてて、“まぁ、がんばろっか……”みたいな感じになってましたね。“あ、終わった”って思いました(笑)。でも、“雄介君は見た目がすごく良いから大丈夫だよ”って言ってくれて、死ぬほど嬉しかったです。そこから“かっちゃん”にギターを教わって、めっちゃ練習しました。

逸見 雄介はギターが似合うからね。うまい/下手じゃなくて、それだけで良かったんです。“ギターを持って様になる! だから大丈夫!”っていう謎の自信みたいなものがありました。結局そういう感じで一緒にやれることになって、2011年の終わり頃からテクマクマヤーンズというバンド名で活動していくんですけど、オレと雄介が揉めて、2015年に雄介が脱退しちゃうんですよ。そのあとは今のmyeahnsという名前に変えて、ドラムの茂木(左/現在ピーズにも参加)と当時メンバーだった長島アキト(b)と3ピースでやってたんです。その間も雄介とは連絡を取らなくなったわけじゃなくて、たまたま会って話す機会もあったんですよね。

齊藤 そもそも茂木とはバンドをやる前から友達って感じでしたし、3ピースの時もライブを観に行ったりしてたんです。でも、亮太君がライブでずっとギターを持ってるのが嫌で。

逸見 そして2017年にアキトが抜けて、とうとう2人になったんですよ。茂木と2人でスタジオに入って試行錯誤したんですけど、“2ピースかぁ。これが本当にやりたいことか?”って話したりして。で、このまま何かサプライズがないとバンドが終わるとも感じたんですね。だったら2人でやっていくよりも、もう一回雄介とやりたいなって思うようになって、また声をかけたんです。そのタイミングでキーボードも入れようとなって、古くからの知り合いだったQuatchを誘って。そしてハル君(コンノハルヒロ/b)も知り合いから紹介してもらって、スタジオに入ったら良い感じになったんですよ。奇跡的に。それがこの5人の始まりです。本当に良いメンバーだと思いますよ。今が一番楽しい。

なるほど。かなり紆余曲折あったんですね。2人のギターのルーツを教えてもらってもいいですか?

齊藤 中学生の頃からガンズ・アンド・ローゼズやカクタスとか、洋楽のハードロックを友達みんなと聴いていたんですよ。友達5、6人で集まって自転車で北浦和のディスクユニオンに行ったり、“かっちゃん”のお父さんが昔バンドをやっていたりで、そういう影響もあって。で、とりあえずギターが欲しいなと思って、ザ50回転ズのダニーさんが好きだったこともあり、17歳〜18歳くらいの時にテレキャスター・カスタムを買うんです。当時は“かっちゃん”に教えてもらって、ザ・フーの「My Generation」やブラック・サバスの「Iron Manとかのリフをベンベン弾いてたくらいで、バレー・コードも押さえられなかったんですけどね。“バンドはいいや”と思ってやってませんでしたし。

逸見 僕は中学時代にベンチャーズとかを弾いてました。今でも「Pipeline」や「Diamond Head」は弾けます。自分の感覚的に、ギターを練習したという記憶がなくて。“なんとなく弾けるようになりたい”と思ってギターを触って、ある朝起きると“あれ? あんなに難しかったことができるようになってる!”って感じだった気がします。だから雄介も、特訓なんかしなくてもそのうち弾けるようになるから大丈夫だよって思っていました。

齊藤 いやでも、小金井公園でギターを弾いた時、亮太君ですら“さすがにこれは……”って思うくらいのレベルだったよ(笑)。アンプの設定も全然わからなくて、スタジオでも全部亮太君にやってもらってましたから。

(笑)。バンドに加入してから雄介さんはどういう特訓を?

齊藤 亮太君の曲をひたすら耳コピするという。もう、“かっちゃん”に頼りっぱなしで……。

逸見 “かっちゃん”出てきすぎでしょ(笑)。

齊藤 ギターに関してはマジでそうなんだもん(笑)。頼れる人がまわりにいないから、ことあるごとにね。“かっちゃん”からは、“このフレーズはこっちのポジションでも弾けるよ”とか、“このコード・チェンジが難しいならこういう押さえ方もあるよ”みたいなことを教えてもらいました。

最も影響を受けたギタリストは? THE YELLOW MONKEYや毛皮のマリーズが好きですよね?

齊藤 うーん。たぶん今は一番好きですけど、THE YELLOW MONKEYが好きになったのは再集結後だからなぁ……。

逸見 雄介はギタリストっていうよりもボーカリストが好きだよね? そういえば出会った時、(忌野)清志郎さんのTシャツ着てなかった?

齊藤 そうかも。もちろんCHABOさん(仲井戸麗市)も好きですけど、どっちかっていうとRCサクセションは清志郎さんのほうが好きですね。THE YELLOW MONKEYはEMMAさん(菊地英昭)も大好きだけど、吉井(和哉)さんのほうが……いや、選べないです。あとは日本人だとマーシーさん(真島昌利)、ダニーさん、西さん(越川和磨)も好きなギタリストですね。

逸見 僕はキース・リチャーズです。ずっと海外のアーティストのライブに行ったことがなかったんですけど、2006年に初めてローリング・ストーンズの来日公演を観に行ったんですよ。たしか1曲目が「Jumpin’ Jack Flash」だったんですけど、キースのギターが音源とは全然違ったというか……炸裂するようなリフを弾いていて、それを聴いてからですね。キースよりうまいギタリストってたくさんいるじゃないですか? 個人的にはミック・テイラーとかのほうが全然うまいと思うんですけど、キースは生き様まで音になってるみたいな。だから決めるところさえ決まっていれば、ほかはヘロヘロでもギタリストはそれで良いって思うんです。ギタリストじゃないけどシド・ヴィシャスもそうで、雄介はそういう存在でいいと思ったんですよね。

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