前作『ZOZQ』から約1年という短いスパンで制作された髭の新作『HiGNOTIQE』。今作のテーマは“催眠=Hypnotique(ヒプノティック)”。ロック色の強い楽曲は影を潜め、音の洪水にどっぷりと溺れるような深いディストーション・サウンドや、空間を広げるリバービィなエフェクトと余白を持たせた美しいコード・ワークを駆使し、まるで催眠にかかったような淡い音世界が堪能できる1枚に仕上がった。今回も須藤寿(vo,g)と斉藤祐樹(g)に、アルバム制作についてたっぷり話を聞いていこう。
取材・文=小林弘昂 人物写真=小原啓樹
トロットロに溶けたシチューみたいな
アンサンブルを目指しました。
──須藤寿
ちょうど1年前に前作『ZOZQ』のインタビューをさせていただいて、その時に“もう新曲が2曲出来上がっていて、来年アルバムをリリースしたい”と話していましたよね。簡単に今作『HiGNOTIQE』リリースまでの経緯を聞かせてもらえますか?
須藤 そうそう、覚えてますよ! あの時にできていたのが「Oh Baby」と「WEINHAUS」だったんです。2曲のテンポ感や楽曲の作り方が見えていたので、“次はこの世界観で統一したアルバムにしよう”と突き進むだけでしたね。
『ZOZQ』は前々作『STRAWBERRY ANNIVERSARY』(2018年)の流れを引き継いだロック・テイストの楽曲が収録されていましたが、今作はメロウな楽曲ばかりが並んでいます。“催眠”というアルバム・テーマがあったということですが、これは「Oh Baby」と「WEINHAUS」の制作から生まれたものなのでしょうか?
須藤 コロナ禍の影響がすごく大きかったんですよ。去年の終わりから今年にかけてボチボチとライブができるようになりましたけど、フロアにいるお客さんは立ち位置を決められていたり、歓声も上げてはいけなかったり、制約を強いられているわけで。そういう環境の中で自分たちがテンポの速い8ビートの楽曲で攻めていると、ステージ上とフロアでテンションの乖離が起きていたんですよね。こっちはいつもどおりやっていても、あっちは動けない、声も上げられないという。
たしかに速い楽曲を演奏するとテンションの違いが浮き彫りになるような……。
須藤 そう。やっぱりフロアとテンションを合わせるためには、ゆっくり踊れるミドル・テンポの楽曲が合うんじゃないかと思ったんです。そもそも自分たちはそういう性格も多分に持っていたし、そっちを強く押し出したほうがフロアのみんなと顔を突き合わせても良い雰囲気になれるのかなと思って、こっちの方向に進みたいなと。だから体現して踊るというよりは、脳内で踊るというかね。インナースペースでの盛り上がりに特化したアルバムにしたいなと思って、“催眠=Hypnotique(ヒプノティック)”というコンセプトで進めました。
“催眠”というコンセプトがある中で、斉藤さんはどういうギター・アプローチを心がけましたか?
斉藤 前作よりも音の数が少なくなって、新鮮にできたところもありました。それが自分にとって前進したのか、後退したのかはわからないですけど(笑)。曲によってはウワモノがギター1本とベースしかなかったりもするので、すごく刺激になりましたね。
音数が減ったことで、ピッキングのニュアンスもかなりクリアに聴こえてきます。
斉藤 “オレのギターを聴け!”という感じではないですけど……そういう気持ちで弾いてはいましたけどね(笑)。それがやりがいになるというか、楽しかったですよ。
個人的に今作は、エレクトロ・サウンドで構築した『ねむらない』(2015年)の世界観を人力で再現できるようになったアルバムだなと感じたんですよ。
須藤 もうまさにそのとおりだと思います。さっきも言いましたけど、もともとオレたちが持っていた側面がこのタイミングですごく合ったんですよ。あと『ZOZQ』のデモを制作している時に……誰でもそうだと思うんですけど……すごく上手くいく日と、1日かけても何もならなかった日もあって。そういう時オレと斉藤君は作業をある程度までやったら、それからは追い詰めすぎないようにするんです。良くない時は斉藤君のレコード・コレクションを聴いて、単純に音楽を楽しむことを大事にして。で、そこで聴いた音楽がヒプノティックなものが多かったんですよね。ライブができてもフロアのみんなは色々と制限されている中で、自分たちのインナースペースに潜り込むっていう意味では、このヒプノティックっていう音楽やスタイルはすごく合うなと思って、“こっちに進んでみよう”と。
曲作りにはどういう変化がありましたか?
須藤 音の積み上げ方とかも変わりましたね。勢いっていうよりは、トロットロに溶けたシチューみたいなアンサンブルを目指しました。“眠りを妨げるような音”はなるべく出さないっていうかね。レコーディングをしていると“あ、ここはアンサンブルとしては間違えてるな”っていうところもあって、それをあとあとアプリで直すんですけど、妙に整いすぎているものはNGにしていて。そこらへんのバランス・コントロールの感覚は今までの髭を忘れず大事にしつつ、トロトロに溶かしたアンサンブルを意識しました。だから、録る前にメンバーに色々と注文した気がします。
先ほど“斉藤さんの家でヒプノティックな音楽を聴いていた”と話していましたが、今回のアルバム制作で影響を受けたアーティストは?
須藤 いや〜、いっぱいいるんですよ! その中でもよく話題に上がるのはスペースメン3かな。
斉藤 スペースメン3は常にチャートのトップにランクインしてるよね(笑)。
須藤 メインじゃないんですけど、よく出てくる。斉藤君が好きっていうことなんですけど。
斉藤 そう。スペースメン3とかスピリチュアライズドはよく出てくる。
須藤 あとはシャルロット・ゲンズブールもだね。やっぱりヒプノティック系のアーティストが多いかな。ヒプノティックっていうジャンルがあるかはわからないけど、ミドル・テンポでトランシーな感じの音楽。
斉藤 ロックもだし、両方聴くよね。“今回は違うの聴こうかな”ってテクノばっかりかける日もあったりするし。でも、それも結局ヒプノティックなんですよね。
須藤 あと、ど真ん中すぎるんですけど、“すごくヒプノティックだな!”と思ったのが、オアシスの1st(『Definitely Maybe』)。アナログ盤を聴いた時に“うわ〜、すごいな!”と思って、それは「WEINHAUS」とかに影響が出ています。
オアシスですか! 意外ですね!
須藤 ミドル・テンポの8ビートで、スタジアム感があるけどヒプノティックなんですよね。オアシスは2nd(『(What’s The Story)Morning Glory?』)も良いんだけど、特に1stなんだよな〜。1stのギターのチューニングが合ってないような音源、「Cigarettes & Alcohol」とかをアナログで聴いていた時に、グルグル周って“目指すところはここだな!”って(笑)。
1周したと(笑)。
須藤 もう、3〜4周して“ここだな!”っていう(笑)。
斉藤 やっぱり“ギターがやかましく鳴ってるのってカッコ良いじゃん!”って、たまに戻るんですよね(笑)。
須藤 「Shakermaker」とか「Rock ‘N’ Roll Star」とか、オアシスの音源をアナログで聴いた感覚って、すごいものがありましたね。メンバーそれぞれの個性がなくて、すべてが溶け合っているというか……オレはそこが好きなんじゃないかって思ったんですよ。ゴチャゴチャしている音楽はあんまり好きじゃないんだなって。ヒプノティックというコンセプトにおいて、オアシスの1stはもうテクノやスペースメン3と同列の音楽だなと。
ジャズマスターをふんだんに
使ってみたいっていうのがあったんです。
──斉藤祐樹
今作の斉藤さんのギターも溶け合っているというか、アンサンブルと調和していますよね。
斉藤 コードの細かい度数の積み上げ方とか、たぶん適当に作ったものは1曲もなくて。特にギターのコードがキレイに聴こえる曲は相当練っていますね。
特に「Oh Baby」や「それくらいのこと」、「so sweet」などでコードがキレイに聴こえてきます。では、コードは改めてボイシングから考えていったと。
斉藤 そうですね。少しの違いですごく変わって聴こえたので。
須藤 本当にわかりやすいところで言うと、メジャー・コードとメジャー7thコードの違いですよね。ルートが半音ズレて7度になるとか、このへんの足並みを揃えたっていうのはあるかもしれないです。自分で作った曲なのに、あとから“ここはメジャー7thだ”とか、“♭5だ”って気づいたりするんですよ。斉藤君もめんどくさかったと思う。“さっきこれで合ってるって言ってたじゃん!”みたいな(笑)。
斉藤 あとから出てくるんだよね。
須藤 そうそう。あとから間違いがポロポロ出てきて、“メジャーとメジャー7thで同じルートを押さえてるんだろうけど、それはベースに任せて、ギターは違うところに逃げてくれない?”みたいに、すごく細かいことを話していたと思う。とにかく目を覚まさせたくないから、微妙な違和感をなくしたかったというか。
それと今作は斉藤さんのジャズマスターがあったからこそ生まれたアルバムではないかと思うんですよ。
須藤 まさにそのとおりです。
斉藤 アームを使ってモジュレートさせるというか、ピッチを揺らしていく感じが、とろけるような音楽に非常に合うというかね。前作からジャズマスターを使い始めて、いよいよ自分の中で消化できて面白くなってきたので、それをふんだんに使ってみたいなっていうのが今回あったんです。あとモズライトのAvengerも1曲メインで弾いていて。
モズライトはどの曲で?
斉藤 「so sweet」ですね。この曲はギターが1本だけなんですけど、今回のアルバムの中では一番気に入っています。アームの揺れ方はジャズマスターとは違うんですけど、たまたま比べてみたらハマったんですよ。今回はそういう要素が多いと思いますね。
ジャズマスターよりも急なアームの揺れが合っていたと。
斉藤 トレモロの具合にもよるんでしょうけど、オレのモズライトのアームはジャズマスターよりもちょっと速いっていうのかな? スピードの変わり方が速いんです。速いんだけど、それをゆっくり使うというのが面白くて。
そうすることで、須藤さんも斉藤さんも大事にしている“ムラ”や“ズレ”が生まれますよね。
須藤 今回BPMやテンポをミドルにした分、ゆっくりな空気感がたっぷりできて。で、タイムレスやシームレスっていうものを出すために斉藤君はアーミングを使って、それで速さがわからなくなる感じを出しているんですよね。この“速い”っていうのは個人のニュアンスの問題だから共有できない部分もありますけど、オレはアーミングでこのアルバムの個性が出たんじゃないかと思います。
今までのサウンドと全然違いますもんね。
須藤 髭での立ち位置として、それが斉藤君のこれからのベーシックになっていくのかもしれないし、面白かったですね。だから上の部分だけギターで鳴らしていれば、ずっと同じことしか弾いていなくても、ベースのコードが動いたら景色が変わったように聴こえるというか。
アームで音を揺らしているほかに、今作はリバーブやディレイをたっぷり使って世界観を広げています。サウンドメイクはどのようなものを目指していましたか?
斉藤 デモはもちろんギターも入れた状態で作るんですけど、自分が使っているのはPro Toolsなので、プラグインでリバーブやディレイを作り込んでいて。で、ギターに関しては録る時にエフェクトをほぼかけてないんです。あとから空間系の広がりを調整したいので、録る時は基本ドライなんですよ。録ったあとにエンジニアの方に“これくらいやって下さい”と見本のデモを聴いてもらって、ミックスでプロフェッショナルなリバーブの仕上がりにしてもらいますね。
なるほど。ライブで演奏する場合は足下のエフェクターで再現するんですよね?
斉藤 ギターのリバーブやディレイはそうですね。今はディレイが3台とリバーブが1台なんですけど、“ボードの半分くらい空間系なんじゃないか?”っていうくらい(笑)。でも、もともと聴いている音楽もそういうリバービィなものだったり、空間的に広がるギターの音が好きなので、普段から聴いている音楽と、髭で演奏している音楽がめちゃくちゃリンクしてきました。
おぉ〜! 須藤さんはギター・プレイにおいて何か意識したことはありましたか?
須藤 オレがギター・プレイで気をつけたことは、オン・ベースを駆使してあんまり動かないようにすることかな。“たゆたう”ようなことばっかりずっと意識していましたね。ベースとドラムで全部成立するように、ギターは本当に添えるだけというか。でも結局、“何か泣けるのはギターのせい”っていうことを意識しました。
それはもう曲作りの段階から?
須藤 あ、これは曲作りの話ですね。アンサンブルの話はずっとやっていました。どうしたら気持ち良いのか、どうしたら浮遊感や催眠感が出せるのか。あとはギターの立ち位置をずっと考えていて、斉藤君とコミュニケーションを取って音を積み上げていきました。
作品データ
『HiGNOTIQE』
髭
Creamy. Records/XQLX-1008/2021年11月10日リリース
―Track List―
01.Oh Baby
02.それくらいのこと
03.HiGNOTIQE
04.おうちへおかえり
05.思い通りいかないもん
06.WEIHAUS
07.yy
08.Tour
09.so sweet
―Guitarists―
須藤寿、斉藤祐樹