折坂悠太の最新作『心理』は、京都のミュージシャンを中心とした“重奏”のメンバーとともに作られた。そこでギターを担当するのは、エクスペリメンタルなアプローチを得意とする山内弘太というプレイヤーだった。エレキを手にした折坂もトピックだが、自由な発想で楽曲を彩る山内のアプローチが、ギタマガ的な本作の聴きどころだと言いたい。今回が初登場となる両人に、ギターを始めたきっかけから、作品でのプレイ、互いのギタリスト観までたっぷりと語ってもらった。
インタビュー=福崎敬太 撮影=西槇太一
“1人で何ができるだろう”って
ギターで色んな表現を探っていったんです。
──山内弘太
まずギタマガの恒例行事として、ギターを始めた経緯から聞かせてもらえますか?
折坂悠太 もともとバンドでドラムをやっていたんですけど、曲を作りたいと思ってギターを始めたんです。学校でちょっとだけ教えてもらっていたので、CやDのコードくらいは弾けたんですけど、また練習し直しまして。そこで基本的なコードが押さえられるようになりました。うちの姉がスティール弦のアコギを持っていたので、最初はそれを弾いていましたね。
ガット・ギターに変えたきっかけは?
折坂 最初のライブは鉄弦でやっていたんですけど、当時私が出ていた三鷹の“おんがくのじかん”っていうところでは、ガットで演奏しているシンガーが多かったんです。で、自分もそれでやってみようって思ったのが最初だったと思います。モデル名は忘れましたけど、ヤマハの入門用みたいなやつが最初のガット・ギターでしたね。
では、山内さんがギターを始めた経緯は?
山内弘太 小学生の頃に、何をやってもつまらない時期があって。その時に父親の部屋にあったギターを弾いてみたんです。音楽の教科書に弾き方がちょっとだけ載っていて、それをやり出したのがきっかけですね。で、それを見ていた父が、“これ1冊でX JAPANの「紅」が弾ける”みたいな本を買ってくれて。“「紅」1曲の中にロック・ギターの奏法がほぼすべて使われている”っていうテーマの、今思えばすごく画期的な本だと思うんですけど、それをやったのが始まりでした。ちなみに甥っ子が最近ギターを始めたから、その本をメルカリで探してプレゼントしました(笑)。
最初に買ったギターは何でしたか?
山内 バッカスのSTタイプです。今も持っていますけど、70年代のモデルだったと思います。
そこから現在の実験音楽的な方向にはどのように進んでいくんでしょうか?
山内 けっこう変化がありまして。まず「紅」から始まったあと、父親がディープ・パープルやレッド・ツェッペリンが好きで家にCDがあったので、そういうのを弾いていたんです。で、そのあとメロコアが流行って、“ハードロックに比べるとめちゃくちゃ簡単やん”って思いましたけど、弾けるとみんながワァワァ言うのでコピーしてましたね。ただ、その時期は速くて歪んでないと聴けない体になっていたんです。
(笑)。
山内 そのあとレッド・ホット・チリ・ペッパーズにハマって、ジョン・フルシアンテが好きになったんです。それで“ジョン・フルシアンテ徹底解剖する”みたいな本を読んでいたら、ジョンのルーツを知るためのディスコグラフィのコーナーで、ファンクやロック以外に“実験枠”みたいな盤を紹介していて。それを1枚1枚聴いていったのが、インプットとしては最初ですね。アウトプットにつながったのは大学以降で、今も一緒にquaeru(カエル)っていうバンドもやっているワカさん(ワカマツヨウジン/vo,g)と出会ってから。
折坂 ワカさんは“重奏”を結成するのを手伝ってくれた人ですね。
山内 歌ったりギターを弾いたりもする人なんですけど、音楽を聴くのがめちゃくちゃ好きな人で、レコードやCDも大量に持っていて。僕が知っている音楽は全部わかってくれるし、“それが好きならこの人は?”みたいに教えてくれたんです。で、それまで即興演奏みたいな現場はまったく行ったことがなかったんですけど、ワカさんから薦められてちょくちょく行くようになったんですよね。
それで自分でもバンドでそういう音楽をやるようになったんですけど、メンバーの都合で続けられなくなって。バンドは大好きだけど、他人の理由で音楽が止まっちゃうのが嫌だなって思ったんです。だから“1人なら自分だけだからずっとできるな”って思ってソロになって。そういう理由で“1人で何ができるだろう”ってギターで色んな表現を探っていったんです。
京都の最初の印象が、山内さんのギターでしたね(笑)。
──折坂悠太
今作『心理』のメンバーである“重奏”は京都で活動するミュージシャンが中心ですが、もともとの2人の出会いはどういった経緯があったのですか?
折坂 私が弾き語りでずっと1人でやっていた時に、初めて遠征に行ったのが京都だったんです。さっき話にも出てきたquaeruのイベントで、京都のUrBANGUILDっていう場所のライブに呼んでもらって。そこがけっこう雰囲気があるところなので緊張しながら入ったら、quaeruがリハーサルをしていたんです。その時に山内さんのギターが鳴り響いていて、京都の最初の印象がそれで形作られましたね(笑)。なので、初対面の印象は“すごいカッコ良いギターを弾く人だな”って感じで、話す前にギターの音から入ってきたんです。
そこから重奏のメンバーになる流れは?
折坂 最初は重奏のメンバーに山内さんは入っていなくて、京都に行った時に会う飲み友達みたいな感じだったんです。で、鍵盤(yatchi)、ベース(宮田あずみ)、ドラム(senoo ricky)と私、みたいな感じでやっていたんですけど、“もう1つ埋まるピースがある”って考えていたんですよ。それは山内さんしかいないんじゃないかって思っていた時に、ワカさんと2人で鳥貴族で飲みながら“山内さんですかね?”って聞いたら、ワカさんが“いや、そう思うで”って(笑)。そのあと、山内さんが鳥貴族に来たんです。
あ、その日に?
折坂 そう、もともと普通に飲むために集まったんですけど、そこで“山内さん……やってくれませんか?”って(笑)。
鳥貴族でそんなドラマが……(笑)。今作は山内さんの加入もありますし、折坂さんもエレキ・ギターを持つ曲が増えています。『平成』とは目指した音像は違うと思いますが、今作でのギター・パートはどのようなものを思い描いていましたか?
折坂 ギターだけではなくすべての音に言えることなんですけど、各パートごとに音符を積み重ねていくっていう感じではなくて、音そのものが入り乱れるようなイメージがあって。何の楽器かを認識しながらやるというよりは、“音そのもの”を重ねるようなイメージ。というのも、京都でやっていると、山内さんみたいに即興的なアプローチをしている人が多くて、それにすごく影響を受けているんです。
なので、歌が主体の曲ではあるんですけど、譜面に起こせないような音を歌と同じような比重でつけていくっていうイメージがありました。私は歌いながら弾いたりするからそこまで突拍子のないようなことはできないんですけど、その軸がありながら山内さんのギターがこういう形で入ってくる。今作はそこが面白いなと思いますね。
山内さんはまったくのブラックボックスなんですよ。
──折坂悠太
例えば「悪魔」のギターはフリー・インプロっぽいアプローチですが、こういうフレーズは譜面や口頭で伝えられるようなものじゃないですよね? ギターのアレンジはどのように進むんですか?
折坂 “これでいこう”、“そうしよう!”みたいにうまくいったことはあんまりないですよね?
山内 そうだね(笑)。折坂君は絶対に最初は“最高っすね”って言うんですけど、“う~ん、でもやっぱり……”ってなっていって。折坂君もギターを弾くから僕に言いやすいのかもしれないですけど、“違う気がする”って言ってなんか見つめ合う瞬間があるんですよ。
折坂 見つめ合って、リハーサルが止まることが多いですね(笑)。ただ、“私がギターを弾くから”っていうことはなくて、むしろ山内さんは同じギターだと思っていないです。私は山内さん何をやっているかわからないから……。
例えばベースだったら、“ここの音をこういう音階でいけますか?”みたいに言えるんですけど、私的には山内さんはまったくのブラックボックスなんですよ。黒い箱から音が出てきているようなイメージ。だから、こうしてほしいっていうアイディアも、抽象的に言うしかなくなって、それに対して山内さんが“それどういうこと?”みたいになって(笑)。でも、そういう風になりながらやっていくと、いつの間にかそれしかないっていう音になっているんです。
「爆発」の伴奏は歪んだギターとサックスがユニゾンしたり、各パートが緻密に絡み合っています。これはその抽象的なイメージの共有とは逆に、話をして譜面にしないと弾けないものなんじゃないかなと思いますが……。
山内 あれは特にそうですね。初めて譜面に音符を書きましたもん(笑)。ハラ(ナツコ/sax)さんと一緒に、“これはたぶん全部決めたほうがカッコ良い”って話をして。わりとリハーサルの時間も長く取って、ハーモニーも“ここは何度”とか“ここは抜けましょう”っていうのを口頭でやっていったので、雰囲気ではできないから音符で書いてやりましたね。
この曲はギターとサックスとシンセで、ストリングスのような厚みが出ています。
折坂 まさにそのイメージはありますね。
ギターとサックスの音色が近く、ギターがサックスに聴こえたり、サックスがギターっぽく聴こえたりするのも、ストリングスのような一体感の要因になっている気がします。
折坂 さっき言ったように、各々がその楽器の役割を一回放棄する、みたいなイメージはもともとあって。“サックスとギターが混じってどっちかわからない、でも大きいうねりに沿っていく”みたいな感じは、アルバムとしても重要なテーマでしたね。
それは音作りもかなり重要だと思うんですが、ギター・サウンドについて2人で話し合ったりは?
山内 “余韻の長さはこれくらいが良い”っていうのがあって、リバーブ具合については話し合いましたね。でも、歪み成分とか細かな部分は各々が微調整していったと思います。
「心」のリフはリズムがすごく重要だと思うんです。このリフはどのようにできていったんですか?
折坂 「心」は最初からアップ・テンポなものにしようと思っていたんですけど、一番最初に作った時は、あのリフもここまで手数の多いものではなくて。でも逆に、シンプルなほうがリズムが取りづらかったんです。弾き語りでたまにああいうことをやるんですけど、そこから思いついた感じですね。
コード進行を追わずにループ・フレーズになっているのも、あのグルーヴを生み出す要因の1つな気がしました。
折坂 民謡の人が手元でやる色んな弦楽器ってあると思うんですけど、あんまり譜割で考えていない感じがあるじゃないですか。歌に寄せて、一緒に歌っている。つまり、全部歌みたいな感覚になるんです。目指すものはそういうところで、それは弾き語りでやっている頃から思っていて。ギターはコードがこれとこれ、っていうよりは全部が1つのリフみたいなイメージですね。
「荼毘」の裏は不安定なコードの雰囲気ですが、これは歌メロができた時にはイメージとしてすでにあったんですか?
折坂 「荼毘」を一番最初にやったのはまだ山内さんがいなかった時なんですけど、この曲は不穏なコードのアイディアから膨らませていったので、最初からありましたね。
その不穏なコードの響きに対して、山内さんはどういうイメージでアプローチしていったんですか?
山内 ちょっと複雑だし、さらに細かいことをするのも違うなと。なので、不穏な余韻を使おうと思って、ボリューム奏法でコードの余韻を“フワ~”って響かせることを中心にアプローチしていきました。
ギターは僕にとって研究対象なんですよね。
──山内弘太
山内さんのギターは、今作においてどういった役割を担っていると思いますか?
折坂 いや、すごい役割を担っていますね。ただ、山内さんの音はすごく空間を掌握する音で、自分の感覚で“これも良い!”みたいに採用していくと山内さんのライブの感じになっちゃう。だからそのバランスはすごく見ていましたね。それくらい私にとって山内さんは強烈なギタリストなんです。
で、アルバム全体のテクスチャーみたいなものを決定づけているのは、山内さんのギターだなって思いますね。驚くべきギタリストで、私にとっては真っ黒な箱なので何が飛び出てくるかはわからないんですけど(笑)。でも、そういう人っていないなって思うし、これからのギタリスト像みたいのを変えていくんじゃないかなと思っていますよ。
山内 いやいやいや(笑)。
折坂 私じゃなくて山内さんをギター・マガジンの表紙にしていつか特集してもらいたい。あと、「鯱」と「鯨」っていう“海洋生物特集”があるんですけど、「鯱」の後半のノイジーなギターとか「鯨」の冒頭とか、山内さんが海洋生物の鳴き声を集めていて、その音を模写している音があって。
海洋生物の鳴き声を、ギターで再現している?
山内 そうですね。こういうのも着てまして(鯨がデザインされたTシャツを見せながら)。
折坂 この間、“これを元にしている”っていう鳴き声の音を聴かせてもらったら、本当にそっくりでびっくりしたんです。
なるほど……私はそこがギターだと気づいていないかも。
折坂 そう、アルバムの中に、ギターだってわからない音がいっぱい入っていると思うんです。「炎」とかも、もしかしたらサム・ゲンデル(sax)さんが出しているって思うかもしれないところでも、けっこう山内さんがびっくりするような音で弾いていたりするんですよ。
改めて聴き直してみます。逆に山内さんから見た、ギター・プレイヤーとしての折坂さんの印象は?
山内 初めて会った時の印象だったり、歌の印象に近いんですけど、艶かしいというかねっとりしている感じ。コード・カッティングやフィンガーピッキングのリズム感がストレートな感じじゃなくて、生き物っぽくて毎回面白いなって感じます。かつ、弾きながら歌う人ではあるけども、ギタリストとしても弾けそうにないことを弾いていて、ちょっと悔しくなる時もあって。たまに我慢しきれなくなって“どうやって弾いてんの?”って聞いちゃったりします。
たしかに折坂さんのギターの弾き方って、リズム・ギターというよりはやっぱり歌に近い気がします。右手のストロークも上下運動で正確なリズムを目指すというよりは、発声と同じような発音のさせ方というか。ピッキングで意識していることはありますか?
折坂 感覚的にやっているところが多いんですけど、うまく弾けたなって思う時って、必ずしも正確に弾けた時ではなくて。自分の歌やバンドのリズムに沿えた時によくできたなって思うので、考える基準はグリッドのリズムじゃなくて、民謡の人が歌うリズムというか。バタヤン(田端義夫)のギターとかもそうですよね。そういう歌にひっついていくようなギターが理想ですね。
それぞれギター・プレイヤーとしては全然ベクトルの違うタイプですが、ご自身にとってギターってどういう存在ですか?
折坂 そこまですごく大事にしないのかもしれません、ギターの音を。だからなんだろう……マブダチ感というか。雑に扱っちゃうけど、いないと困る(笑)。リアルに言うとそんな感じで。ギターの音が本当に好きっていう感覚はあんまりなくて、“これは良い音なのか?”みたいにわからないことのほうが多いんです。でも時々、歌っている最中に“お前、めっちゃ良いヤツだな!”って感動する時があるんですよ。本当にそういう、マブダチっていう感じですね。
では山内さんにとってギターとは?
山内 なんだろう……研究対象という感じがあるかもしれないですね。即興演奏で何が良いかを考える時って、“自然なことと不自然なこと”みたいな比べ方になったりするんです。あざといのは面白くなかったり。そういうのが一切ないのが動物の声とか、そういう自然界の音で。それを音楽としてやりたいってなった時に、自分はギターが弾けて。ギターも意外とまだまだ色んな音が出るかもって考えるようになって。で、歌も好きなので、それが歌と合わさった時の音も聴いてみたい。そういう“サウンド・デバイスとしての何か”っていう意味でも、研究対象なんですよね。
作品データ
『心理』
折坂悠太
ORISAKAYUTA/Less+ Project./ORSK-016/2021年10月6日リリース
―Track List―
01. 爆発(ばくはつ)
02. 心(こころ)
03. トーチ
04. 悪魔(あくま)
05. nyunen
06. 春(はる)
07. 鯱(しゃち)
08. 荼毘(だび)
09. 炎 feat. Sam Gendel(ほのお)
10. 星屑(ほしくず)
11. kohei
12. 윤슬 (ユンスル) feat. イ・ラン
13. 鯨(くじら)
―Guitarists―
山内弘太、折坂悠太