Interview|Shinji(シド)“令和歌謡”を掲げた新作『海辺』その多彩なギター・ワーク Interview|Shinji(シド)“令和歌謡”を掲げた新作『海辺』その多彩なギター・ワーク

Interview|Shinji(シド)
“令和歌謡”を掲げた新作『海辺』
その多彩なギター・ワーク

シドが2年半ぶりに放つ最新アルバム『海辺』は、言葉を軸にして作られた新たな試みの産物だ。さらに、コンセプトとして掲げたのは“令和歌謡”だという。国内きってのメロディ・メイカーであるギタリストのShinjiは、これらのテーマに対してどのようにアプローチをしたのか? さっそく話を聞いてみよう。

インタビュー=村上孝之 ライブ写真=田中紀彦 機材写真=本人提供

「街路樹」は“シティポップの要素”と、“昔のドラマを思わせる切なさ”というワードから、イメージを膨らませて作りました

ニュー・アルバム『海辺』は“令和歌謡”というコンセプトのもとに作られた作品です。このコンセプトは、どんなふうに決めたのでしょう?

 制作に入る前にメンバー間でどういうアルバムを作るかという話をした時に、そろそろ自分たちらしさを出したほうがいいんじゃないかという話になったんです。シドは色んな楽曲をやるけど、歌謡テイストというのは僕らのキャラクターの1つとしてあるから、そこを新しい形でやれたらいいね、ということになったんですね。

 それを受けてレコード会社の敏腕の方が“令和歌謡”というキーワードを考えて下さったんです。凄く面白いコンセプトだし、いいネーミングだねということで、今回は“令和歌謡”でいこうということになりました。

シドにフィットすると同時に、誰もが形にできる方向性ではないので、凄くいいコンセプトだと思います。

 ありがとうございます。そうやって“令和歌謡”というコンセプトが決まって、その後、マオ(vo)君から今回はより言葉を大事にしたいという話があったんです。彼はいつも言葉を大事にしているけど、特にここ最近は色んな思いが重なっているところがあるんでしょうね。それで、マオ君から“こういうことを、こういう曲で歌いたい”という14通りくらいのリストが送られてきたんです。

 そうなった時に、昔の僕らだったらみんなが全部に取りかかるという感じだったけど、それは無駄な時間がかかってしまうじゃないですか。今回は時間がない中で、全員が集中して曲作りができるように“俺こういうのは得意そうだから、書きます”ということを自己申告して、メンバー同士で被らないようにしてから曲作りに取りかかりました。

今までとは違った作り方をされたんですね。今回Shinjiさんは「街路樹」と「揺れる夏服」という曲を書かれています。

 「街路樹」は“シティポップ要素”と“昔のドラマを思わせる切なさ”というワードからイメージを膨らませて作りました。だから、現代のシティポップというよりは70年代のニューミュージックとか、ブラック・コンテンポラリーっぽい匂いがある曲になっていますね。ギターも単音カッティングをしたりしていて、あの辺の時代を感じさせると思う。マオ君のリクエストに応えて、いいところに落とし込めたんじゃないかなと思います。

同感です。「街路樹」は絶妙な時代感はもちろん、メロディのよさも際立っています。曲を作った時は、メロディから入っていったのでしょうか?

 メロディから作って、色々とコードを変えたらメロディが気に入らなくなって、またメロディを作り直して……みたいな感じだったと思います。だから、ちょっと複雑なアレンジになっていますね。最近、僕が曲を作る時は、いつもそういう感じかもしれないです。もっとストレートに曲を作りたいなという思いはありつつも、たとえば“このコードに対してメロディがこのテンションだとオシャレになるな”というふうに、理論的なもので分析してしまうところがあるんですよ。

 ただ、その一方で、ダサくてもグッとくるメロディ・ラインにしたいなという気持ちもあって、作った瞬間に“うわっ、ダセェ!”と思ったとしても、“でも、日本人はこのメロディ好きなんじゃないかな”という気がしたりするんです。

 僕は海外の曲も聴きますけど、日本の名曲が大好きなので、その辺りは感覚的にわかる。だから、戦いですよね。“これダサいかな? もっとオシャレにしたほうがいいのかな? でも、このままのほうが伝わるんじゃないかな?”みたいに思いながら作っています。

洗練させ過ぎると、かえって無色な感じなってしまうこともありますよね。もう1曲の「揺れる夏服」は「街路樹」とはテイストが異なり、ラテンが香る華やかな夏曲です。

 これは“キラキラポップ”というワードがあったんです。今回は令和歌謡ということでしっとりめな曲が多い中で、唯一明るい曲ですよね。ライブで乗れるテンポの曲がアルバムに1曲は欲しいなという思いのもとに作りました。

“キラキラポップ”というワードからラテンを持ってくる辺り、引出しの多さをあらためて感じます。Shinjiさんは昔から、色々なジャンルの要素を活かされていますよね。

 それは、シドのお陰です。シドに入ったら楽曲の幅が本当に広くて、多彩じゃないとついていけなかったんですよ。“俺は、これはできない”とか言ってしまうと負けなので、絶対に言いたくなかった。それで、色々と勉強するようになったし、今は昔よりももっと勉強している気がしています。

 昔は“なんちゃって”だけでやっていたというか。若い頃はそれでもいいと思うけど、この歳になってそういう感じだと恥ずかしいので、色んなジャンルをより深く分析したり、研究したりするようになったんです。それで、ここにいくと凄くラテンっぽくなるんだとわかったりする。そういう勉強はしていますね。

 ただ、色々追ってしまうと芯がなくなってしまうというのがあって。自分は何をやりたいのかと聞かれたら、最近はやっぱりロックだなと思っているんです。なので、ロックをやるのに支障が出るようなこと……たとえば、指弾きとかをするために爪を伸ばしたりするのは避けようかなという気持ちはありますね。

他の弦を鳴らさないように綺麗に弾くこともできるけど、それよりも余計な音が鳴っているほうが感情が伝わる気がする。

では続いて、『海辺』のギター・プレイについて話しましょう。今作でギターの面で特に意識されたことは?

 ニュアンスを大事にしたいと思いましたね。レコーディングというのは結局コンプだ、マスタリングだといったことで、盤になった時に抑揚が出にくいものなんですよ。でも、やっぱりアルペジオを弾くにしても、たとえば優しさを表現したければ優しく弾くのは当然のことですよね。弱く弾いてリズム感をよくするというのは1番難しかったりするけど、そういうことは凄く大事にしました。ギター・ソロを弾くにしても頭が強くて、終わりが弱い弾き方をしたりとか。そういうことを意識するだけで、なんていうことのないフレーズもカッコよく聴こえたりするから。

今まで以上にギターのニュアンスにこだわったことは感じました。

 ギターというのは思い切りチョーキングしてビブラートをかけると余計な弦が鳴ったりするじゃないですか。僕は、あの感じも逆にカッコいいと思うんです。他の弦を鳴らさないように綺麗に弾くこともできるけど、それよりも余計な音が鳴っているほうが感情が伝わる気がする。ビブラートをしている時に、弦がフレットを擦る音が鳴っていたりするのもいいなと思うし。僕が自分の好きなアーティストを聴くときは、そういうところに耳がいくんですよね。

70年代のロックなどを聴くと、高音弦をチョーキングした時に低音弦が“ゴンッ!”と鳴っていたりすることがけっこうあって、それがカッコいいですよね。シドのアルバムにふさわしく今作もギター・ソロがある曲がたくさんありますが、自分の中で特に印象の強いソロをあげるとしたら?

 「液体」と言いたいところですけど、「大好きだから・・・」のアウトロかな。そこは結構こだわりましたね。別に難しいプレイをしているとかではないけど、フェードアウトしていく瞬間の切ないフレーズを大事にしたんです。“この先を聴きたいのに”とか“ライブではどうなるんだろう”と思ってもらえるようなものにしたくて、消え去る瞬間に1番いいフレーズがくるように一生懸命作りました。

 あとこの曲は、シブいソロというよりは、あえて“ちょっと若い人が弾いているな”という感じのソロにしましたね。ちょっとヴィジュアル系が流行り始めて聴きましたよ……みたいな年代のイメージというか(笑)。もともと複雑なリフが鳴っている中でソロを弾くので、その辺の兼ね合いもあって、わりとシンプルなソロになっています。

「大好きだから・・・」のアウトロのソロは構成、フレージングともに絶妙です。今作のギター・ソロは事前に作り込んだものが多いのでしょうか?

 全編アドリブで弾いた曲はないですね。アドリブで弾いたフレーズを活かしたソロはありますけど。

ということは、ブルージィなチューンの「液体」も……。

 アドリブではないです。「液体」はブルージィな曲ですけど、たまに複雑なコードのテンションだけを鳴らす場所があるんですよ。だから、凄く難しい。ずっと適当にオブリとかソロを弾いていればいいという曲ではないんです。この曲のギターは1トラックだけだし、音数が少ない分そういうアプローチが必要になるんです。最初はちょっと苦労しましたね。

 自分の曲ではないし、コード進行もゆうや(d)が作ってきた曲は“こうくるよね”というのがまだまだ解読できないところがけっこうあるんですよ。明希(b)の曲はもう昔からやってきているからわかるけど、ゆうやの曲は読めないので、ブロックごとにギターを考えていきました。あとは、ちょっと歌の邪魔になるかもしれないけど、B.B.キzングみたいに“ヒョーン”と音を下げてみたりとか。ダメ出しされたら変えたらいいや……くらいの気持ちで、あえてそういう場所も作りましたね。

緻密に作り込んでいながら、思うがままに、気持ちよく弾いているように感じさせるのは本当にさすがです。

 そう感じてもらえたなら、よかったです。なんていうんだろう……例えば、ギターは静寂の中で、リバーブをかけた音で強く弾いたりすると、凄く気持ちいいんですよね。そういう楽しさは若い頃はわからなかったけど、キャリアを重ねることでわかってきたんです。ブルースこそ強弱が大事じゃないですか。「液体」はそういうところを活かせたという意味でも気に入っています。

さらに、今作は「13月」のディレイや「街路樹」のDメロのフェイザー、「白い声」の付点8分ディレイなど、エフェクターを効果的に使って楽曲の世界観を深めているバッキングが多いことも注目です。

 「13月」のコードをディレイで飛ばすアプローチは、デモの段階でそういう感じがあったんです。ギターのフレーズとしては正直そんなに面白いものではないんですよ。“チャッ・チャッ”とやるだけなので(笑)。でも、ディレイが普通のディレイじゃなくて、どんどんフィルターがかかっていくようなディレイを使っているんです。ディレイ音がどんどんこもっていく感じの音がこの曲の雰囲気を凄く深めるなと思って、そういうディレイを探しました。

 「街路樹」のフェイザーは場面を変えたかったというか。僕は最近は曲を作るときにDメロはあまりつけないんですけど、つけるからには場面転換したいということと、その後転調するのでハッとする感じにしたかったんです。

「海辺」のインター・パートでもレズリーっぽい音でトレモロ・ピッキングをされていますね。

 そこはリング・モジュレーターを使ったんですけど、凄く大変でした。本来なら弾きながらツマミをいじりたいんですけど、パソコンのプラグインを使ったからそれができなくて、デジタルで動かす処理をすることにしたんです。テンポに合わせて自分のイメージどおりにフリーケンシーが動くような設定にするという。でも、僕はやり方がわからないわけですよ、アナログ人間なので(笑)。そのやり方を発見するのが、凄く大変でした。

細かいことは覚えていないけど、ドライブ・ペダルはケンタウルスだったと思う。

今作のレコーディングで使用した機材も教えていただけますか。

 ギターはストラトがメインでした。もう、ずっと使っているフェンダー・カスタムショップのサンバースト・フィニッシュのストラトキャスター。ローズ指板で、PUがSSHですけど、このアルバムはハムバッカーはほとんど使っていないです。そんなにガンガン歪んだ曲はないじゃないですか。だから、ハムバッカーは使わずに、フロントPUが多かったですね。あと、「街路樹」とか「海辺」辺りはテレキャスだった気がする。テレキャスターもいつも使っている紺色のヤツ。

 そういえば、「海辺」のレコーディングはけっこう大変でした。ずっと制作とライブで忙しくて、ギターをメンテに出す暇がなかったんですよ。「海辺」はカポを付けて指弾きのアルペジオをしているんですけど、レコーディングした後にチューニングがめっちゃ悪いということをエンジニアの方に指摘されたんです。“ええっ? もう全部録ったのに……”という。しかも、結構難しい指弾きのフレーズだったので、“ええーっ?”みたいな(笑)。それで、まるっと録り直しました。

そ、それは大変でしたね……。

 がんばりました(笑)。オクターブ・チューニングとかはテクニシャンに任せていたんですけど、その一件以来、勉強して自分でできるようにしました(笑)。

 今回のレコーディングで使ったアンプはTWO ROCKです。TWO ROCKはとにかくクリーンとクランチがよくて、凄く気に入っています。エフェクターは「海辺」でプラグインを使いましたけど、それは例外的なパターンで、基本的にコンパクトを使いましたね。細かいことは覚えていないけど、ドライブ・ペダルはケンタウルスだったと思う。原音のニュアンスを活かしてくれるタイプが好きなので。

さて、『海辺』はオリジナリティと完成度の高さを兼ね備えた上質なアルバムになりましたね。

 自分たちも手応えを感じていて、より多くの人に届くといいなと思っています。あとは、このアルバムを作って、メイン・ギターを替えたくなりました。僕の中には、ストラトでスティーヴィー・レイ・ヴォーンみたいな太い音を出したいというのがあるんです。レイ・ヴォーンみたいになりたいわけじゃないけど、もう少し太さがほしいんですよね。それに、今のメイン・ギターは1弦がけっこう弦落ちするんですよ。だから、もっと愛おしいメイン・ギターがほしい。

 単純に、凄く自分が気に入ったギターというのは弾きたくなるなと最近は思っているんです。だからこそ、持っているのか、持っていないのかわからないギターをいっぱい所有するんじゃなくて、凄く気に入っているギターを数本持っているという状態にしたいなと思っています。

作品データ

海辺
シド

キューン/KSCL-3353/2022年3月23日リリース

―Track List―

01. 軽蔑
02. 大好きだから…
03. 13月
04. 街路樹
05. 液体
06. 騙し愛
07. 白い声
08. 慈雨のくちづけ
09. 揺れる夏服
10. 海辺

―Guitarists―

Shinji

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