Interview|西田修大 すべてを注ぎ込んだ中村佳穂の『NIA』 Interview|西田修大 すべてを注ぎ込んだ中村佳穂の『NIA』

Interview|西田修大
すべてを注ぎ込んだ中村佳穂の『NIA』

中村佳穂の最新アルバム『NIA』には、共同プロデューサーとしてギタリストの西田修大が参加。高解像度なトラックと生々しいギターが見事に調和したサウンド、そして壮大な情景を描く君島大空とのツイン・ギターなど、楽曲内でのギターの立ち位置が多彩で楽しい1枚だ。今回は西田に本作でのギター・アレンジについて話を聞いた。

インタビュー=福崎敬太 写真=垂水佳奈

自分の中での元ネタはイエスの「シベリアン・カートゥル」

『NIA』は全体的に、ビートと歌、ベースは解像度が高く分離も良いですが、ギターはすべてを馴染ませている感覚があります。こういった現代的なビートに対して、どういった役割でギターを入れたのかを教えて下さい。

 うん、本当に言ってもらった通りの質感を目指しました。ビート・メイクの方法論と歌を並行に走らせるっていう大きなコンセプトがある中で、佳穂ちゃん、荒木さん(正比呂/k,programing)と話をしていたのは、“それだけだと立体的に聴こえない感じがする”っていうことで。そこにオーガニックな楽器だったり、構造的に整理されていないものが入ってこないと、逆に古臭く聴こえちゃう。そのために、マンドリンを入れてみたり、ギターのリフを走らせてみたり、生の楽器も多めに使ったんです。

音もエフェクティブというよりはローファイな感じですよね。

 デモの段階でラインで録った音も使っていたり、一昔前のアンプ・シミュレーターで録った音もけっこう使っているんですよ。それで奥行きを出したかったんです。例えば、ずっと美味い水を飲んでるとわからなくなるじゃないですか。水道水をたまに飲まないと違いがわからない。やっぱり鮮明な音像を感じてもらうには、例えばそこにテープをとおしたギターがあったほうが感じられる。狙ったのはそれですね。

なるほど。プレイもそういう感覚があって、「Hey日」のリフは電子系のピッチやグリッドがしっかりしたビートに対して、ギターのメロディとリズムによって揺れが出ているような気がするんです。

 このリフは5〜6年くらい前に作ったやつなんですよね。ビートも、ProToolsからAbleton Liveに移行した時くらいに作ったやつから派生した曲で。だから、まず第一に流行ってたモノが違うんですよ(笑)。この頃自分の中でオシャレだったのは、うねりが多いものだったんです。思い出すと、元ネタは自分の中でイエスの「シベリアン・カートゥル」のリフで。それをちょっと土臭くしたくて作ったんですよね。

「シベリアン・カートゥル」!

 なので音使い自体は似ていて、それをいっぱい跳ねさせて、ミュートを入れたりしたリフですね。で、けっこう気に入ってたんですけど寝かせていて、それを荒木さんに送ったら、俺が思っていたキーと全然違うベース・ラインとメロディを入れてきたんですよ。

たしかにハーモニー的にも不安定な感覚がありました。

 キーFで弾いていたらCミクソリディアンになってた、みたいな感じで成立しているんですよね。

これは1本ですか? アタマに1弦の開放が鳴りっぱなしですよね。

 これは1本ですね。それこそ「シベリアン・カートゥル」方式で、1弦だけ中指でピッキングして、それを鳴らしたままフレーズを弾く感じです。

分離の良い感じもあって、もしかしたら2本なのかなって思いまして。

 これはラインで録った音をカセットテープにとおしたりもしました。ラインで分離の良い近い感じで録ったものをカセットに入れているから、モジュレーションがかかったように聴こえるんです。分離が良いのか悪いのかよくわからない感じですよね。

ルーム感のあるこもり方の理由は、“Stratotoneをラインで録っている”から

「Q日」のリフもちょっと不安定な感じですよね。

 これはリフから作った曲ですね。リフから曲を発展させていくオーソドックスな作り方でした。で、メインのリフは、家でデモを作った日に、“とりあえず録ってみよう”ってハーモニーのStratotoneで弾いたものなんですよ。だから、本番だとは思ってないし、ハーモニーのStratotoneだったから、そもそもピッチも狂ってると思うんですよね(笑)。カセットで変調しているとかそういう不安定さじゃなくて、ギターそのものの不安定さがあるんだと思います。

 でもその分、情報が整理されないから複雑に聴こえて、トラック数が減らせたというのもあって。弾き直してもみたんですけど、ハイファイになってピッチも正確だと、鳴っている楽器が少ないのもあって、すっきりしすぎちゃったんですよ。なのでそのまま活かして、そのあとのBメロとかは違う日に違うギターで弾き直しているんですよね。

ルームっぽい感じのこもり方もあります。

 ミックスの具合もあるんですけど、それこそギターそのものがこういう鳴り方なんですよね。昔のハーモニーのフロント・ピックアップって、ルームっぽいこもり方がするじゃないですか。この質感に関しては、ギターの特性ですね。その上で鳴っているアルペジオとかは、“EQをこう”、“ハーモナイザーをかけて”みたいにやっていますけど、メイン・リフの微妙なルーム感のあるこもり方の理由は、“Stratotoneをラインで録っている”から。

アルペジオと歌メロのラインが被っていく部分がありますが、どのような順番で作っていったんですか?

 2サビが終わった時点で“どうしようか”ってなって、とりあえずギターから作ったんですよ。その時に佳穂ちゃんと聴いていた曲で良い転調があって。真似したいと思ったので“ちょっと待って。もう1回聴いて勉強する”って聴いて、“この曲にぶち込む!”っていう(笑)。で、結局それは変えたんですけど、そこのギターのメロディが残って、それに鼻歌で合わせてくれたんです。だから、コード進行とトップノートから作った感じですね。

本当に綺麗なものって、何か違和感があることが多いと思う

ギター的なハイライトとして、君島大空さんが参加した「Hank」があります。

 中村佳穂バンドではギター・プレイに専念することが多かったので、曲を一緒に作ったりしたのは今作が初めてなんですよ。で、この曲と最後の「voice memo #3」っていう曲を同じ日に作ったんですけど、これが初めて佳穂ちゃんに対して俺が作った曲なんです。

そうなんですね。ギター2本のシンプルなアンサンブルには、どのような経緯でなったんですか?

 これはまず最初のリフを作って、佳穂ちゃんが歌って、“良い曲になったね”と。で、最初はビョークの「ハイパーバラッド」みたいなスネアを入れようとか、色々と試したんですよ。配信ライブの時に入れてみたりもしたんですけど、楽曲として小さくなってしまう感じがあって。それで“ギターと歌だけにするか”ってなったんですけど、もうちょっと“紡いでいる”ような感じにしたいっていう話になったんです。

そこで君島さんを入れようとなった?

 そうですね。君島が一回うちに来た時に「Hank」を聴いてもらったら、凄く気に入ってくれたんですよ。そこで“ちょっと一緒に弾いてみよう”って家で2人で弾いたら、それが凄く気持ちよかったんです。それを佳穂ちゃんに聴かせたら“良いじゃん”ってなって、一緒にレコーディングをしてほしいって君島にお願いしたんです。

音像は、映画音楽っぽいというか、大きな景色を想起させるような感覚を覚えました。

 暗くしたワンルームで君島と向かい合って弾いている、佳穂ちゃんの家のキッチンでギターを弾いて歌ってもらう、くらいの空気感がベストだったんですよ。それを越えれないくらい、空気感として美しかったから、レコーディングはどうしようかって悩んで。

 で、結局クリックを使わずにやってみようと。あと、スタジオの部屋でセパレートもせずに、向き合って弾いて歌うっていう状態で録ってみたんです。それぞれのギターにもマイクは立ててもらっているけど、エアーでも集音してもらって。

 終わってタバコ吸っている時に、君島と“これはお互い同士じゃなかったら、もう二度とやりたくないくらいしんどかったな”って(笑)。絶対にできると思ったけど、いざ録るとなると意外とシビアで大変だったんですよ。でも、延々と2本がアルペジオし続ける曲ってあまりなくて、こういう感じにできて凄く気に入っていますね。

君島さんはガットで、西田さんはジャズマスターですか?

 君島はガット・ギターですけど、俺はエピフォンの1953年製くらいのZephyr(ゼファー)ですね。君島が生音なので、俺はアンプの音は凄く小さくしてけっこう離して鳴らしていたんですよ。だから、Zephyrの生音も入っているんです。アンプはカーですね。

いわゆるトランスペアレントな感じではないクリーンですよね。

 これはエンジニアの奥田(泰次)さんにしっかりと録ってもらったんですけど、今作ではスタジオでちゃんと録ったギターって意外と少なくて。でも、もともとガットで作った曲なので、どのギターを使うかはけっこう悩んだんですよ。で、最近、本当に綺麗なものって、何か違和感があることが多いと思っていて。凄く美味しいものって、クセが強いものがわずかに入っていたり。だから、何かしら変えてみたくて、Zephyrにしたというのもありますね。

 エレキと歌だけとかって、例えばガットに比べると物足りない部分があるように聴こえちゃうことも多いので、そこを頑張ってみたら本当に綺麗なものができるんじゃないかなと思って、最終的にエレキにしましたね。

フレーズの棲み分けは?

 これは君島だからお願いできたことなんですけど、俺は曲として最初にできたフレーズを延々と弾いているだけで、あとの部分は君島に任せているんですよ。“俺は歌の抑揚と合わせて弾くから、あとはそれに押したり引いたりして寄り添っててくれないか”と。本当にそれくらいしか伝えてないんです。俺が描く太い線に対して、細かな描写を加えたり、色を塗ったりしてくれている感じですね。

君島さんは自由なメロディも弾いているのに、西田さんのアルペジオと凄く綺麗に絡み合っています。

 君島が一緒にやってくれなかったらこうはならなかったなって、いつも思うんですよ。それで情景が浮かぶような曲になったし。ちゃんとそれぞれの色が凄く出ていて、気持ちを閉じ込めたような音になった印象ですね。あと、エンジニアの奥田さんも、こういうふくよかな音は特に素晴らしいから、最初にミックスを聴いた時点で“綺麗だな”って思いましたね。

 で、“情景が浮かぶ”っていう言葉は凄く嬉しくて、この曲は朝でも夕方でも夜でも聴ける曲にしたかったんですよ。で、ビートを入れちゃうと、“夜はめっちゃ良いんだけどね”みたいな気持ちがあって。でも無色じゃない感じにしたかったんです。彼とは、一番ツイン・ギターでよく悩んだり、やったぜ!みたいにできているので、安心してできたし。本当に良いプレイですよね。

本当に全力で作ったので、全部聴いてほしい

『NIA』の使用機材は?

 このアルバムは使っているギターはけっこうバラバラで、いつものジャズマスターとZephyrもけっこう使っていて。「アイミル」のAメロのミュート・ピッキング、「ブラ~~~~~」のBメロのオルガンっぽい感じのギターもZephyrで録ってますね。あとは、ハーモニーのStratotone、トーテム・ギター(Totem Guitars)のモデルも使いました。よく行っている池袋のカクルルっていうお店のマスターから借りていて、ちょくちょく使いましたね。あとはベースVIと、ハーモニーのエレクトリック・マンドリン。

アンプは基本的にカーですか?

 アンプ録りはカーのViceroy。あとは、フェンダーのChampion 600を制作合宿で持っていって、そこで録った音も使っていますね。ほかはライン録り。

ペダル周りで活躍したのは?

 まずFuzzFactory。あとはチェイス・ブリスのMoodとBlooperですね。そんなに目立った使い方はしていないんですけど、隙間があるところにリバース・エコーみたいな音を入れたりっていうのをちょこちょこやっています。あとはレッド・パンダのTensor(グラニュラー)も使ったかな。でも、サンプリング・ソースやシンセの印象も強い作品なので、ギターはギターらしく使いたいことが多くて、レコーディングでエフェクターをとおすことは普段より少なかったですね。

最後に、ギター的に特に聴いてほしいポイントを選ぶならば?

 このアルバムは本当に全力で作った感じなんですよ。だから全部聴いてほしいですね。ギター的な聴きどころはあるんですけど、やれることは全力でやったし、逆に弾かないっていう選択もしている。ギターもカッコ良いと思うし、“ここはギター入れなかったんだ”って思ってくれる人がいれば、それが苦渋の決断だってことに気づいてくれると嬉しいですね(笑)。

作品データ

『NIA』
中村佳穂

スペースシャワー/DDCB-14078/2022年3月23日リリース

―Track List―

01. KAPO✌
02. さよならクレール
03. アイミル
04. voice memo #2
05. Hey 日
06. Q 日
07. ブラ~~~~~
08. 祝辞
09. MIU
10. Hank
11. NIA
12. voice memo #3

―Guitarists―

西田修大、君島大空