Interview|岡田拓郎“自分の好きなこと”を追求したソロ作『Betsu No Jikan』 Interview|岡田拓郎“自分の好きなこと”を追求したソロ作『Betsu No Jikan』

Interview|岡田拓郎
“自分の好きなこと”を追求したソロ作『Betsu No Jikan』

2015年に“森は生きている”を解散したあと、ソロ・アーティストとしての活動だけでなく、ROTH BART BARONや柴田聡子、安藤裕子といったミュージシャンのサポート・ワーク、さらには映画音楽(『ディアーディアー』/2015年)を手がけるなど、多方面で活躍している岡田拓郎。彼が約2年ぶりとなるソロ・アルバム『Betsu No Jikan』を完成させた。

作品には、石若駿、細野晴臣、ネルス・クライン、ジム・オルーク、サム・ゲンデルらが参加、即興演奏を軸に独自のアンサンブルを作り出した1枚に仕上がっている。現代の音楽シーンにおいて、その存在感をますます強めている岡田にアルバム制作について話を聞いた。

取材:尾藤雅哉(ソウ・スウィート・パブリッシング)

完成形を決めないまま少しずつ作っていきました

ソロ・アルバム『Betsu No Jikan』の制作には、いつ頃から取り組んでいたのですか?

 コロナによるパンデミックが始まったくらいのタイミングだったので、2年くらい前ですね。個人的にコロナ禍になる前までの2010年代は、とにかくみんな最新のトレンドを過激に更新し続けるような10年間という印象があるんですけど、パンデミックによってそういう“流行”がなくなったような気がして。そこで“シンプルに自分の好きなことをやろう”という気持ちが出てきたのが、制作に向かう取っ掛かりでしたね。

 僕だけでなく、ちょうどパンデミックの最中に作っていた作品が、ここ1~2年でポンと世の中に出てきましたけど、同じようなことを考えていた人は、みんな素直な音楽になった印象があります。

なるほど。楽曲はどのように作っていったんですか?

 今回は即興演奏が軸になっていたこともあり、常に“どういう形になるかわからない”という感じだったので、完成形を決めないまま少しずつ作っていきました。ただ全体のアンサンブルに関しては、色んな楽器が鳴っているんだけど“1つの楽器の音”に聴こえるようなサウンドにしたいと思っていました。そこはアンサンブルを組んでいく中で意識していましたね。

アルバム制作において重要なパートナーと言えるのが石若駿(d)さんです。曲作りにおいて、どのようなやり取りがありましたか?

 ほとんどの曲のベーシックになっているのが僕と石若君のセッションで、曲によって作り方は異なるんですが……。例えば、僕が自宅で弾いたインプロのギター演奏に合わせて即興でドラムを叩いてもらったり、水や波のような環境音を聴いてもらいながら即興で反応してもらったテイクなどの素材を録って、それを僕がエディットして作っていきました。そもそも明確に“こういう曲を作るから、このBPMで、こういう雰囲気の演奏をしてね”という感じではなかったので、まったく何もないところから曲の骨格を見つけ出していくようなやり方でしたね。

 結果として石若君に対しては、色んなアイデアを出してもらう千本ノックみたいになっちゃいました(笑)。でも彼はイチローみたいにどんな球が飛んできてもキャッチして投げ返してくれるので、本当にありがたかったです。このアルバムだと「Sand」はスタジオで一緒に演奏しましたけど、それ以外は基本的にバラバラで録りましたね。

別媒体のインタビューでは、“歌があって言葉がある音楽に疲れてしまった”という話をしていましたが、なぜ即興演奏を軸にしようと思ったのですか?

 音楽を作ることは、言語になる寸前の思考や情緒の表現のような部分も、なきにしもあらずだと思います。即興演奏は再現的な音楽に比べ、そうした部分への比重をより大きく感じる。そうした直感的に出てきた即興的な表現と、それらの編集、再検証という形で、レコードを制作するアイディアをトライすることにしたんです。より細密に音の中にフォーカスしていくことで、言葉が出てくる前の思考や情緒について改めて考えると言いますか……。

岡田さんはギターだけでなく、ギター・シンセ、ピアノ、カリンバ、ペダル・スティールなど、様々な楽器を手にしています。

 僕と石若君で録ったベーシックにほかの人の演奏が加わっていくたびに、その音源を聴きながら少しずつ自分の色を加えていったので、常に試行錯誤をしていました。2年の間の色んなタイミングでオーバー・ダブをしたんですが、その都度で必要な楽器をチョイスするような感じでしたね。

 自分が扱える楽器は多くないので、できないところは人に任せて、やれることは自分でやる、という感じで作業していました。

制作において鍵になった楽器はありましたか?

 ギター・シンセは色んな場面で活躍しました。和音やベース、リズムの流れをグリッド線上に置きたくなかったので、ある一定の周期で5度や7度の音が出たり入ったりするようなプログラムを組んでいます。そういう流動性に関しては、今回の曲やトラックを作っていくうえで主軸になりましたね。

 でも、“意図しないことが起きてほしい”といったハプニングを誘発するものではなく、“ただただ流動的なサウンドを生み出すための装置”として使ったという感覚が近いと思います。

ウィルコのネルス・クライン(g)を始め、様々なプレイヤーが演奏した素材をもらったあと、そのテイクに合わせてベーシックとなったトラックを改めてエディットしたそうですね。

 そうなんです。もともと楽曲の完成形に正解がないので、エディットに関しても即興で“面白いな”とひらめいたアイディアをどんどん反映させていきました。悩むよりも先に手を動かして曲を作っていったら……2年が経っていたという感じです(笑)。

 だから、バージョン違いのアレンジが死ぬ程あるんですよ。何曲かはすでに完成しているので、いつかまとめて発表したいですね。

ライブはアルバムの曲をモチーフにしつつ
違う“何か”を生み出すための時間にしたい

1曲目の「A Love Supreme」はジョン・コルトレーンのカバーということですが、どのように作り込んでいったんですか?

 以前、石若君がドラム・セットの周りにガムランやゴングを並べて、それを鳴らしながらドラムをプレイしていたことをふと思い出して。あの演奏を曲に落とし込んでみたいなってところが出発点となって、この曲のビートができていったんです。

 それを聴いていたら、「A Love Supreme」のコルトレーンが囁いているパートのように聴こえてきて……いつかカバーしたいと思っていたので、今回やってみようと思いました。

「Moons」では、トレモロや粗い歪み、リバース・ディレイなど多彩な音色を聴くことができますが、この曲の音作りで意識した点は?

 トレモロも好きなエフェクトの1つで、どの現場に行っても使っています。これはちょっと関係ない話になるんですけど、J-POPの制作現場に行くと、かなりの頻度で“トレモロをはずして下さい”って言われるんですよ(笑)。ちょっとプリミティブ過ぎるのか、イナた過ぎるのかわからないですけど……。日本の音楽では、BPMに合わせないビンテージ・ライクなトレモロはあまり使われないかもしれませんね。

 僕としては、昔のアンプについているトレモロが凄く好きですが、その音をシグネチャーにしているプレイヤーも日本だと少ないので、昔からトレモロはちゃんと音楽的に使いたいって思っているんです。

なるほど。ちなみに歪んだ音はアンプで作ったのですか?

 そうですね。テスコのEcho Boxという出力が2~3Wくらいしかないリバーブ・ユニットを改造した真空管アンプなんですけど、ボリュームを3以上にすると、音量は変わらないまま歪みが増していくようなアンプで(笑)。どんな歪みペダルをつないでもアンプの音になってしまうんです。上書き感の強い機材なんですけど、それを使いました。見た目もめちゃくちゃかわいくて、凄く気に入っているんですよ。

「Sand」ではアコースティック・ギターがフィーチャーされていますね。アコギの表現で意識しているのはどんなところですか?

 石若君と1対1でセッションしながら録ったんですけど、シンプルなアコギって自分の指先だけのプレイになるので、“ちゃんと生身でプレイしよう”というところは意識していましたね。

エキゾチックな雰囲気の長尺ソロ・フレーズも耳に残りました。

 12弦ギターを使ったんですけど、あの“ワンノートでコネコネしていく”ようなフレーズは、ジェリー・ガルシア(グレイトフル・デッド)みたいな感じで気に入っています。グレイトフル・デッドの「Dark Star」のような曲を、3時間くらい延々と弾き続けるギターが一番得意なんですよ。

 というのも、高校生の時に福生のライブハウスでやっているジャム・セッションに入り浸っていて。“福生のジェリー・ガルシア”と呼ばれる人たちとずっとセッションしていたんです。ひたすらワンコードで(笑)。

「Reflections / Entering #3」ですが、以前は同じタイトルの“#2”をSoundCloudにアップしていましたね。今はもう聴けないみたいですが。

 先日、見られないようにしました(笑)。この曲に関しては、単純にバージョン違いが3つあるという感じですね。2016年にSoundCloudで公開したのが#2で、さらに僕しか聴けない原型となるバージョンも存在しています(笑)。

ネルス・クライン(b)、ジム・オルーク(b)、サム・ゲンデル(sax)、マーティ・ホロベック(b)といった豪華メンバーが参加しているのもトピックです。

 10分を超える長尺の曲なので、色んなところに色んなフレーズを入れる隙がたくさんありました。

参加したゲスト・ミュージシャンには、どのようなオーダーをしたんですか?

 オーダーが必要な人と、必要ない人がいて。サムさんは“自分の思うようにやってみるよ”って感じでしたね。ネルスさんからは“どういう感じでやればいい?”って連絡がきたので、各パートの和音感やスケール感、あと“水墨画のような淡いイメージ”ってことを伝えました。“視覚的にはこういう感じ”って実際に水墨画を見てもらったりもしましたね。

 ネルスさんは1テイクだけで決めてきたんですけど……マイク1本で録ったガツンと存在感のあるトラックが入っていて、まるで“空手”みたいだな”って。音の立ち上がりが凄く速いんですよ。そういうプレイを入れてくれたのは、とても嬉しかったです。

プレイ・スタイルを武道に例えるのは面白いですね(笑)。

 ビル・フリゼールはちょっと合気道っぽいですね。マーク・リボーは柔道かもしれない(笑)。僕のギターは、音の立ち上がりがそんなに速くないから……合気道な感じになるのかな(笑)。来たものをすっと吸い付けるみたいなプレイができたらいいですね。

ちなみに今回の楽曲をライブをやるなら、どのようなイメージがありますか?

 まだ全然決めてないですけど……例えば、今回の曲をモチーフにしつつ、そこからまた表現が派生していって違う曲になっていく、みたいな感じかな。音楽の再現性みたいなところから離れるために作った作品をライブで再現するのも違うだろうし。

 そもそも、この作品をステージで再現するのも難しいし、あまり楽しいことになならないような気もしていて。なので、あくまで曲を1つのモチーフとして使いながら、違う“何か”を生み出すための時間になればいいなって感じです。

 僕自身、決められたことをできない病なんですよね。演奏するたびに、より面白い表現があるんだったらそっちに流れていく自由さがあっていいと思うし、毎回同じアプローチでやって“面白い”と感じるんだったら、それをやればいい。それは即興演奏でも、ポップスでも、同じ考え方ですね。

レコーディングで使用した機材について教えて下さい。

 ギターは、1950年代にグヤトーンが海外輸出用モデルとして作っていたリージェントと、テスコのピックアップを搭載したストラトの2本ですね。12弦ギターは、森は生きているの時から使っている、多分70年代のものと思われるモーリスです。ギター・シンセはBOSSのSY-300で、ジャガーをコントローラー的に使いました。

 アンプですが、ギターらしい音はさっき話したテスコのEcho Boxです。ドローン的な音色の時は、もう少しレンジの広いPrinceton Reverbを使ってました。

エフェクターは?

 エコーはストライモンのEl Capistan、トレモロはチェイス・ブリスのGravitasです。歪みに関しては、ユニオン・チューブ&トランジスタのTone Druidをメインで使いました。

改めて作品制作を振り返って一言お願いします。

 このような作品を作れて本当にありがたいですし、満足もしています。久々にライブもやるので、楽しみですね。可能であれば、僕が葉っぱを振りながら“こういう風に演奏して”って参加ミュージシャンに指示を伝えて、それを眺めているような状態が理想なんですけど(笑)。

“一度でいいから自分のライブを観てみたい”というミュージシャンもいますが、そういう感覚はあったりしますか?

 あらかじめ決まった曲を演奏する自分を観るのは、想像しただけでゾッとしますけど(笑)、今回みたいな形態で、何が起こるのかわからないようなライブだったら観てみたいですね。

即興演奏が中心となると、特に曲の“終わり方”が難しいのでは?

 そういう話は即興演奏をしてる人からよく聞きますね。例えば、“1音目に気持ちを入れるための音を探す”とか“相手の出方をうかがいながら、ジッと耳を澄ませる”って人もいるし。中には“音楽には終わりも始まりもない”って考えの人もいますしね。それは今回参加してくれたカルロス・ニーニョ(percussion)さんが言っていて、僕も“なるほど”って思いました。

 僕は、“みんなで呼吸を合わせて即興しよう”みたいなことも大事だと思いますが、その中で、1人だけおにぎりを食べてるやつがいるくらい自由なほうが、“即興演奏っておもしろいな”って思ったりもするので。

実際のライブでも誰かにステージでおにぎりを食べてほしいですね(笑)。

 じゃあ……それは石若君に頼もうかな(笑)。

『Betsu No Jikan』アナログ盤リリースが決定!

前作『Morning Sun』以来約2年ぶりのリリースとなる岡田拓郎の新作アルバム、『Betsu No Jilkan』。国内外から高い評価を受ける中、待望のアナログ盤が11月30日に発売することが決定した。初回限定生産商品となるため、早めのチェックを!

https://newheremusic.com/

作品データ

Betsu No Jikan
岡田拓郎

Newhere Music/PECF-1193/2022年8月31日リリース

―Track List―

01. A Love Supreme
02. Moons
03. Sand
04. If Sea Could Sing
05. Reflections / Entering #3
06. Deep River

―Guitarist―

岡田拓郎、ネルス・クライン

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