横山健率いるKen Yokoyama(Ken Band)が2023年、5月と9月に連続でシングルをリリースした。バンドとしては異例とも言えるこの挑戦は、どんな思いからスタートしたのだろうか? Ken Bandお馴染みのツイン・ギター・アレンジを担う2人、横山健と南英紀にその心境と制作秘話について語ってもらった。
取材=小林弘昂 撮影=山下陽子
『4Wheels 9Lives』のツアーを終えたあと、“もう次に向かおう”という感じで、どんどん曲を作っていたんです
──横山健
5月の「Better Left Unsaid」、そして9月の「My One Wish」と続くシングル連続リリースは、前々から計画していたんですか?
健 2022年のうちにはアルバムを作るつもりだったんだけど、“このままアルバムに向かうのはどうなんだろう?”という想いがあって、じゃあその前にシングルを出そうと。で、どうせなら今までにやったことのない、連続シングルにしてみようと思ったんですよね。
Ken Bandとしては珍しいですよね。
健 オレは自分たちのことをアルバム・アーティストだと思っているので、数年に1枚アルバムをリリースすれば満足だし、コアなリスナーやライブに来てくれるお客さんもそれを待っていて、喜んでくれると考えていたんですよね。でも、小まめに作品をリリースすることで、さらにライトなユーザーに対しても情報が拡散される機会が増えるから、それをやりたかったんです。
Spotifyも新作をリリースすると月間の再生回数がグンと伸びますもんね。
健 音楽の聴かれ方がサブスク主流になったことは、いくらオレでも認めざるを得なくて。だから、連続シングルが有効なのかどうかはわからないけど、これをやることで何か状況が変わったらいいなと。そんな気持ちだったかな。
楽曲制作はいつから始まったのでしょう?
南 「Better Left Unsaid」(5/8発売)はわりと早い時期にできてましたね。
健 あれは結局いつできたんだろうね?
南 椅子席ありのライブをやりだした頃には「Better Left Unsaid」を披露していたんですよ。そこがスタートと思えば、もう2年くらい前かな?
それは今回の連続リリース用に作っていたわけではないんですよね?
健 そうですね。これはいつものことなんですけど、アルバムを出してツアーを終えると、バンドとして“新曲でも作ろうか”というモードになっていくことが多いんですよ。できない時もあるんだけど(笑)。だから、2021年にアルバム『4Wheels 9Lives』を出してツアーを終えたあとに、“どうせ次のアルバムまで何年かかかるわけだし、もう次に向かおう”という感じで、日常的に曲をどんどん作っていたんです。
Ken Bandは今年に入ってからライブハウス・ツアーを行ないましたが、そこでの空気感が今回のシングルに影響していたりは?
健 実はそれはなくて。というのも、曲作りのほうが早く終わっていたんですよ。去年のうちに全曲揃っていたから、レコーディングしてからライブハウス・ツアーだもんね?
南 そうですね。
健 音源をリリースするまでは時間がかかるから、こうやって話していることも半年や1年前のことだったりするんですよね。
低域がスッキリしちゃうので、モッサリしすぎない程度にローがある音にしたいなと
──南英紀
では、改めて9月20日にリリースされた「My One Wish」について聞かせて下さい。2ビートから始まり、サビで8ビートに変化するところで景色が開けていく感じがしました。こういったアイディアはどこから生まれてくるんですか?
健 “景色が変わる”っていう意味では、サビの裏に薄くアコギを入れてるから、それでけっこう変わったかもしれません。サビの8ビートが引き立ってメロディアスに聴こえるのは、裏のアコギの活躍かも。
隠し味的にアコギを入れたりするのは、レコーディング中にパッと思いつくんですか?
健 レコーディングの直前だったり、しながらだったりですけどね。それまでは基本的なことしか考えていなくて、録れたものが良ければそれでOKなんだけど、“なんかちょっと寂しいからもうひと工夫したいな”っていう気持ちが湧いてくる楽曲がたまにあって。これは多分、レコーディングに入ってからサビの裏にアコギを入れようとなったんだと思います。
そういうアイディア出しは健さんと南さんで話し合うことも?
南 大体は健さんのアイディアですね。僕はあそこにアコギを入れようという発想が湧いてこないです。
健 例えばパーカッションみたいな鳴り物の入れ方とか、そういうのはバンド全体で。その時、エンジニアの隣にいる人が考える(笑)。
アコギは何を使いましたか?
健 マーティンのD-28、通称“ボンバー”という名前のアイツを弾きました。
また、この曲のイントロは2本のギターが交差することで1つのフレーズを構築しています。あれはどのように作っていったのでしょう?
健 最初はギター1本のフレーズだったんだけど、さらに何かできないかなと思ったんですよね。
南 イントロは最後のほうにできましたよね。作曲している間はずっと普通の曲でした。
健 バンドで練習したあと家に帰って録音を聴いて、“なんかつまんないな、何かできないかな?”という発想だったのかもしれない。それで突然、ギター1本で弾いていたフレーズを2本に分けてみようとなったんですよ。“1人でやれることを2人でやってみたらどうなるんだろう?”というね。“普通にやれることを、わざわざ手間をかけてみたら面白いかも?”っていう感じだったと思います。
南さんはどういう意識でこのフレーズを弾きましたか?
南 1本に聴こえるような感じや、ちゃんと抜けてくるような音色だったり、ライブでの再現性だったり、色々考えましたね。
健 音色は苦労してたよね? 最初に録ったものがあんまり抜けてこなかったから、録り直したりして。
南 バッキングのサウンドのまま、あのイントロのフレーズを弾いちゃうと抜けてこないので。そこはやっぱり別物として考えましたね。
今回のシングル曲のギター・サウンドはすべて、健さんがドンシャリで、南さんがミッド重視という印象ですが、音色の棲み分けはどうやって決めているんですか?
健 オレはあんまり考えてないかな。
南 実はそれが最近のライブの課題なんです。僕と健さんの音色のバランスが似すぎちゃうと、お互いに消し合うし。あとライブ中に健さんが自分のパートを弾かなくなっちゃう場面も多くて(笑)。
健 フフッ(笑)。
南 だからギターが1本の時でも、ちゃんと成り立つサウンドにしなければいけないというのが最近の課題の1つなんですよ。今回のレコーディングでも、そのままそれを意識して音を作ったという感じですね。あと、Junさんのベースの音色やフレーズが下じゃなくて、わりと高いところで動くんです。そうなった時に低域がスッキリし過ぎちゃうので、モッサリしすぎない程度にローがある音にしたいなと思っていますね。
健さんは南さんのサウンドについて、どう思いますか?
健 いや、素晴らしいと思います(笑)!
南 そんなに聴いてないでしょ(笑)!
健 結局、オレは出したい音を勝手に出していて、それに合わせて南ちゃんが周りとディスカッションしてくれるんです。
南 あと健さんはライブ中にギターを5〜6本持ち替えるんですよ。
健 もう、“さーせん!”っていう気持ちです(笑)。
レコーディングの使用機材は?
健 「My One Wish」のベーシックは南ちゃんがギブソンのコリーナVで、オレはNavigatorのSkate。オクターブのテーマやギター・ソロとかはフェンダー・テレキャスターの“Tiki”を弾いてる。
ソロはテレキャスターの音だったんですね!
健 まぁギタマガのコラムにも書いたけど、Tikiはハムバッカーだからね。見た目がテレキャスっていうだけで(笑)。一応テレキャスの音もするけどね!
南 ちゃんとテレキャスの音してますよ。
レコーディングで使うギターを選ぶ際の基準はありますか?
健 明確な基準はないかな。
南 雰囲気ですね。それぞれのスピード感やテンポを意識します。
健 オレも南ちゃんも、その曲に対して1個1個ちょっとずつ違った情景を持っていると思うんです。それをまずギター選びでぶつけ合うというかね。南ちゃんのギターのチョイスを見て、“この曲をそれで弾くんだ!?”ってビックリすることあるし。
健さんはこの曲にSkateが合うと思ったんですね。
健 最近のレコーディングでは南ちゃんが先に録ることが多いから、自分のバッキングを重ねる時に南ちゃんのサウンドを聴いて、“スッキリしてるな”と思ったら暴れるようなサウンドを入れたり、南ちゃん1本でいけるくらいしっかりしてるなと思ったら軽めの音にしてみるとか。その程度の調整はギターを選ぶ時にしてますかね。
南さんはなぜコリーナのフライングVを選んだんでしょう?
南 テンポの速い曲だったので、レス・ポールよりはシャープな音が良いかなと思って選びましたね。
楽曲のスピードによっても、ギターの特性でローを調整するんですね。
南 そこは微妙な差ですけどね。
健 ほぼほぼ、こちらの趣味の範囲と言えるかも。“せっかく持ってきたから使おう”みたいな(笑)。
ああいうロックンロールなフレーズが入るイメージはあったから、それでP-90を選んだのかもしれない
──横山健
2曲目の「Time Waits For No One」はエッジィなリフが軸になった曲です。
健 これはリフから考えたのかな? マイナー調のドライブするようなロックンロールを作りたくて、そこまで速すぎず、でもミッド・テンポとも違った良いスピード感のものというか。僕らはこういう曲が得意ではないから、曲作りもレコーディングも苦労しましたよ。
1曲が形になるまでどのくらいの時間がかかるんでしょう?
健 早い時は3日くらいで曲になるけど、長いと1〜2ヵ月はかかりますね。
南 寝かせておいて何年かあとに出してきたりする曲もありますよ。
この曲は時間がかかったほうなんですね。
健 バンドでセッションしながら、この曲をどうプレイするかを理解する必要がありましたからね。何回もセッションして、“スピード感がどう”とか“ここを出さなきゃいけないと思う”みたいに、ディスカッションをした覚えがあります。
南さんはこのリフに対して、どういうアプローチを心がけましたか?
南 個人的にはけっこう好きな奏法なので、気持ち良かったです。ただ、漠然とした完成形が見えてはいたものの、実際に演奏してみるとイメージからちょっと遠いなという感じもあったりして。最近、本番のレコーディングの前に1回プリプロをやっているんですけど、その時にこの曲の課題が明確に見えたのはありますね。
ギター・ソロはブルージィなペンタトニックで弾ききっています。
健 何を弾くか決めずにブースに入って、これに落ち着いた記憶がありますね。前半は意外と簡単に決まって、後半はもっと冷たい感じだったんだけど、結果的にこういう伸びやかなフレーズになってしまいました。本当はもっとピロピロ弾くつもりだったんですけどね。でもビブラートの音が良いし、弾いた時にそう思ったんだからいいかなと(笑)。
南 ライブでピロピロ弾いて下さい!
ソロで使ったギターは?
健 これはP-90が載ったレス・ポール・ジュニアです。バッキングは南ちゃんが「My One Wish」と同じコリーナVで、僕はNavigatorのHoney。Skateはオール・マホガニーで、Honeyはメイプル・トップだから、Honeyのほうが重心が低いんですよ。そこを出そうと思ったのかもしれませんね。
なるほど。ソロでレス・ポール・ジュニアを使おうと思った理由は?
健 なんだろう……持って行ったからじゃないかな(笑)! レコーディングにはたくさんギターを持って行くんだけど、その中から何本か弾き比べて、このジュニアの音が良かったんですよね。ああいうロックンロール・フレーズが入るイメージはあったから、それでP-90を選んだのかもしれない。
ソロをレコーディングする時は、まず健さんの頭の中でぼんやりとした構成やイメージがあって、そこにアドリブを混ぜていくことが多いんですか?
健 そうですね。でも、弾きながら思いついたフレーズが弾けなかったりすることもあって。これは自分の性根というか、例えばフレーズは決まったけど“ミスタッチがあったから、パンチインして直しましょう”みたいなシーンってあるでしょ?
よくありますね。
健 そこで同じことをしたくなくなっちゃう(笑)。新しいフィンガリングとかが入って、どんどん一度決まったはずの形から崩れていって、それで時間がかかるというのがけっこうありますね。
パンチインじゃなく、ソロをもう一度作るという(笑)。
健 そうそう(笑)。
南さんはそういうことはありますか?
南 僕は事前に決めないと、アドリブだと手クセが凄く出てしまうんですよ。同じようなフレーズというか、どこかで聴いたことのあるものが出てきちゃうので、ある程度決めてから録りますね。時間もあんまりかけたくない派なので。
健 オレも時間はかけたくないんだけどね(笑)!
やっている本人たちしか知らない曲って、意外とライブでやらなくなっちゃうんですよ
──南英紀
3曲目の「Tomorrow」には木村カエラさんが参加しています。以前、Ken Bandのライブ配信(2021年10月)でも共演していましたが、なぜ今回ご一緒することに?
健 そのライブ配信の時、練習も含めてバンドとして凄く手応えがあって、楽しかったんですよ。で、“いつか録ろうよ。オリジナルを作るのもいいね”って伝えて、当時はオレ自身、シングルとかミニ・アルバムを一緒に作るくらいのテンションだったんですよね。でも、 “この時期にカエラさんに稼働をお願いしてもいいのかな?”とか、だんだん迷いが出てきてしまったので「Tomorrow」だけ録ることにしたんです。
「You Are My Sunshine」や「If You Love Me(Really Love Me)」など、この10年くらいの健さんのカバー曲は、わりとみんなが知っている有名なものが多いですよね。
健 「Tomorrow」はオレのチョイスじゃないんだけど、今言ってくれたように「You Are My Sunshine」や「If You Love Me(Really Love Me)」みたいな、誰もが知ってる曲をやりたいというのは、この数年の傾向としてはありますね。
南 やっている本人たちしか知らない曲って、意外とライブでやらなくなっちゃうんですよ。それももったいないので、みんなが知っている曲のほうがライブでも素敵な空間ができるし、自然とそうなっちゃうかもしれないですね。
その一方、僕はKen Bandの「Handsome Johnny」や「Kokomo」を聴いてオリジナルを知っていったんですよ。
健 そういうのも曲選びの時に探すんだけど、最近なかなか良いのが見つからなくて。トライしてみて結局やらないカバーって凄くいっぱいありますね。要するに、戦前からあるような曲に手をつけてみると、当然こっちのほうが間口が広いなと。「Handsome Johnny」や「Kokomo」のような曲をやりたいと思うか、世の中のスタンダードをやりたいと思うか、それを選ぶ時の脳みそは多少違うんだけれど、なぜかここ数年はスタンダードを探す方向になっていますね。
この「Tomorrow」は凄くストレートなアレンジで、ギターもとてもシンプルです。
健 配信ライブでカエラさんと一緒にやるとなった時、自分の中で最初から最後までアレンジが見えていて、歌を活かしたかったんです。もしこれをカエラさん抜きでオレが1人で歌う用にアレンジをしていたら、こうはならなかったと思う。助走をつけて頭から2ビートとか、そういう感じになったかもしれない(笑)。シンガーありきでこうなったんでしょうね。
健さんと南さんが同じフレーズを弾くところもありますよね。
健 2人が同じことをしてもいい曲と、違うほうがいい曲っていうのは、プレイしているうちに分かれていくんですよ。で、2人が同じことをやっているようで、ちょこっと違うことをしていたり、そういうのは必ずどこかでディスカッションしてるよね?
南 そうですね。
健 例えば、サビの半音ずつ下がっていくフレーズは南ちゃんがパワー・コードで1音ずつズラしていって。オレはフルでコードを鳴らして1オクターブ上のところを半音ずつ下げていくとか、コードのポジションを変えて弾いたりだとか、南ちゃんは5度をとって、オレは3度をとるとか。そういう凄く細かい部分はディスカッションしています。
南 あとJunさんのベースもね。“お前がこっちいくんだったらオレはそっちいくから”みたいなのがけっこうあるんですよ。だから、健さんは僕よりもJunさんのベースとの兼ね合いや話し合いが多いですよね。
健 結局、ギター2本で3度でハモらせたいんですよ。でも、Junちゃんも目立ちたがり屋さんだから、3度を鳴らすことが意外と多くて。“そこでJunちゃんがそうすると3度が強く出ちゃうからルート弾いて!”ってお願いする時はあります(笑)。
「Tomorrow」のレコーディングで使用したギターは?
健 南ちゃんがE-ⅡのSTタイプで、オレがSkate。歌の裏でズクズクとミュートを弾いているのは南ちゃんで、あれはSTタイプの音なんですよ。
南 そうですね。ハムバッカーが載ってるんですけど。
健 あれも録り直したんだっけ?
南 録り直しましたね(笑)。健さんがレコーディング・スタジオに来るのって、だいたい18時過ぎるんですよ! それを待ってるわけにはいかないので、とりあえず先に録るんですね。それで一通りできたものを健さんに一旦聴いてもらうんですけど、“ここはこうなんだよな”みたいなことを録ったあとに言われて、僕とエンジニアと2人で“そっか〜……”って言いながら、もう1回セッティングし直して録ることがたまにあります(笑)。まぁ、それが嫌なわけでもないんですけど。
健さんの鶴の一声で録り直すことがあると(笑)。
健 そう(笑)。あれ、アクセントが入ってなかったんだよね?
南 そうそう(笑)。エンジニアと2人の時、エンジニアが“いや〜、たぶん健さんは「こうしてほしいんだよな」ってなりますよ”と言うんですけど、僕は“いや、そのままでいいんじゃないですか?”となって、結局録り直す(笑)。“ほらね〜、言ったでしょ!”みたいな(笑)。
健 ンフフフフフ(笑)! ……(照)! そう考えると偉そうだよね!?
南 いや、それも楽しくやってますよ。
作品データ
『My One Wish』
Ken Yokoyama
ピザ・オブ・デス・レコーズ/PZCA-101/102(初回盤)、PZCA-103(通常盤)/2020年9月20日リリース
―Track List―
- My One Wish
- Time Waits For No One
- Tomorrow(w/KAELA KIMURA)
Extra Disc(初回盤のみ付属)
- Love Me Slowly
- Teenage Victory Song
- Fuck Up, Fuck Up
―Guitarists―
横山健、南英紀