ポール・ギルバートやガスリー・ゴーヴァン、ポリフィアらとの共演を経て、そのテクニックや音楽性が世界的に注目されるギタリストとなったニック・ジョンストン。彼の新作『Child of Bliss』は、圧倒的なテクニックもさることながら、美しいハーモニーやドラマチックな曲展開など、音楽としての強度がとてつもなく高い1枚だ。今回は初登場となるニックに、ミュージシャンとしてのルーツから、新作でのアプローチについてまで話を聞いた。
インタビュー/翻訳=トミー・モリー 質問作成=福崎敬太 写真=Wyatt Clough
“何かを学んだ”という意味ではジャズも大きかったと思う
まずギター・マガジン初登場となるので、あなたのギタリストとしてのプロフィールから聞かせて下さい。
僕は13歳の頃にギターを始めたんだ。そんなある時、近所にギターをプレイする少し年上の人が引っ越してきて、彼が地下室でプレイするサウンドにとても驚いた。ある時その彼の家まで行き、“弾くところを見せてもらえないか?”とお願いしたんだよ。彼のプレイを見てからは、僕は毎日8時間くらい練習するようになったね。
それから自分でも音楽を作りたいと思うようになって、いつしか自分でも音源をリリースして同世代とインストゥルメンタル・バンドを組んでツアーするようになり、シェクターからシグネチャー・モデルのギターも作ってもらえるようになったんだ。
あなたのテクニカルなスタイルや豊かな表現力は、どのようなギタリストから影響を受けてできあがったものでしょうか?
それはグッド・クエスチョンだ! 手に入る音楽なら何でも聴いてきたけど、その中でもジェフ・ベックとスティーヴィー・レイ・ヴォーン、初期の頃のイングヴェイ・マルムスティーン、若い頃のエディ・ヴァン・ヘイレンには入れ込んできたね。彼らはみんな独自のストラトキャスターを使い、まったく異なるサウンドを生み出していた。
あとは、ジャズの管楽器プレイヤーたちも好きで、ビートのうしろでルーズなプレイをする姿が特に好きなんだ。僕がプレイするプログレッシヴ・ロックというジャンルではあまりそういったものは少ないけどね(笑)。“何かを学んだ”という意味ではジャズも大きかったと思う。パット・メセニーもかなり好きで、僕の好むジャズの作曲家としても大きな存在だ。
ジェフ・ベックやスティーヴィー・レイ・ヴォーンが好きだったのに、僕はピッキングがあまり上達しなくて、ジャズのプレイヤーたちのプレイを学びながら独自のアプローチでギターをプレイするようになったんだ。
あなたのようなギタリストになりたいキッズたちに、これは聴いておくべきだと薦めるアルバムは?
それもグッド・クエスチョンだね(笑)。スティーリー・ダンの『Alive in America』はグッドな1枚で、彼らのスタジオ盤なら『Pretzel Logic』もはずせないね。純粋にギターをトコトン突き詰めたいなら、イングヴェイの『Rising Force』や『Marching Out』は重要だ。
そしてジェフ・ベックの『Live at Ronnie Scott’s』だね。僕はライブ盤の大ファンで、たくさんのスタジオ・アルバムを作るアーティストたちにとってそれらはあくまでもスナップショットであり、そこには収まりきらないストーリーがあるんだ。グッドなライブ・アルバムってそれを伝えてくれている。今挙げた3組のアーティストたちはみんなグッドなライブ盤を作ってきたよね。
ほかにもパット・メセニーの『Speaking of Now』、オーペスの『Watershed』、スティーヴン・ウィルソンの『The Raven Refuse to Sing(And Other Stories)』、ラッシュの『Hemispheres』……好きな名盤は何枚もあるよ(笑)!
テクニカルなプレイを取り除くと、そこに残るのは音楽の本質や骨格
あなたは『Public Display Of Infection』(2011年)ではブルース・ロックもやっていたり『Atomic Mind』(2014年)まではもう少しリフ主導のギター・ロック感が強い印象があります。そして『Wild Eyes in the Dark』(2019年)以降でオーケストレーションなどの壮大さが加わった印象ががあるのですが、ギタリストとして何か変化があったのでしょうか?
うん、ある時を境に、ギターが単なる楽器としての役割に縛られなくなってきたんだ。僕は2024年で36歳になったけど、実は18歳からピアノを始めたんだよね。
初期の頃からピアノを自分の音楽に取り入れたいと思ってきたんだけど、キーボードやプログラミングで自信をつけていくにつれて、ギターが自分の中心から離れていくようになった。『Atomic Mind』や『Remarkably Human』(2016年)では十分にギターでやり切ったと思いながらも、表現しきれない部分がまだあることに気がついたんだ。
そしてギターのトーン、オーケストレーション、ソロといったものすべてにおいてピアノ・プレイヤーのように考え、いつしかプロデューサー的視点でアプローチするようになったんだよね。
今作『Child of Bliss』はそのスタイルの集大成のような作品ですね。
『Wild Eyes in the Dark』からの5年間で起こった大きな出来事ってやっぱりパンデミックだよね。その間の僕はピアノをプレイすることが多くて、あまりギターに触れていなかったんだ。パンデミックが終わろうとする頃にはピアニストとして成長を重ねていて、どことなく音楽の考え方が変わっていたような気がするね。
そして、ピアノが上達するにつれてもっとメロディックに考えるようになり、テクニックやソロについて考えることが少なくなっていったんだ。あと、それと同時にハーモニーの重要性も考えるようになっていったんだ。
テクニカルなプレイを取り除くと、そこに残るのは音楽の本質や骨格なわけで、もしそこに何か新しいものを見つけられなければ、あえてそこから進もうとは思えなかったんだ。
こういった経緯があって僕の音楽のサウンドが今と昔で変わったように感じるんじゃないかな。
弾く時になって自然と出てくるもので良いんだよ
『Child of Bliss』の各楽曲でのプレイについても聞かせて下さい。表題曲では同じモチーフを基本にしながら、転調やハモリでドラマチックに展開しているのが見事だと思いました。この曲の展開やアレンジはどのように考えていきましたか?
この曲は作っていて心底楽しめたものだけど、実は完成に6ヵ月も掛かったんだよ。まずは最初のヴァースとサビがあったんだけど、しばらくはこれらをどうしたら良いのかわからなかったんだ。
そこから、この2つのパートに同じエネルギーとフィーリング、存在感を与えて、そこにどんなハーモニーを加えればよいかを考えていったんだ。
僕はビッグでドラマチックなコード進行が好きで、Gマイナーから短三度上がったキーに変えていったんだ。半音下げでプレイしているから、実音ではF♯マイナーだけどね。
この曲はソロもありますが、前半はコードの展開が少ない中で見事に引きつけ、モード的なアプローチでドラマチックにメイン・メロにつなげています。これはどのように考えて作っていきましたか?
この曲のソロのコードはブリッジと同じで、単にトライアドでプレイしているだけなんだ。ソロの始まりはAマイナーで、そこからGマイナーへの流れを2つの異なるキーでとらえている。ナチュラルAマイナーからGドリアンという具合にはとらえていないんだ。あと、Fメジャー・キーの中でFリディアンを弾いているのも、面白いテンションにつながっている。
たくさんのことをプレイする必要はなくて、それで十分に耳をつかむメロディが作り出せたら、あとはダイアトニックな音使いで、そこから出入りすることが容易になるよ。
インプロヴァイズによるソロはどのように作ることが多いですか?
何回もテイクをプレイしてみて、そこから何本か良さそうなのをピックアップする。時には違うテイクを部分的につなげたりなんてこともしているね。
ただ、実際にセッションでその時がくるまで、どんなものをプレイすることになるのかわからないんだ。“クレイジーなものを弾こう!”みたいに考えることもないし、その時になって自然と出てくるもので良いんだよ。
でも、もちろん事前に準備はしていて、すべてのコード進行は把握しているよ。それにスタジオに入る時って、だいたい曲を作ってから1年くらい経過しているんだよね。今作もほとんどの曲を3年くらい前に作っていたんだ。だからどういう曲なのかは十分に把握できている。それに理論も頭に入っているから、どんな時でも問題なくプレイできるんだ。
日本人としては「Himawari」は気になる曲です。日本では夏の元気なイメージが強いですが、どのようなイメージで作った楽曲でしょうか?
僕の妻は日本人とのハーフで名前がサチコ(幸子)っていうんだけど、『Child of Bliss』もそこからきている(幸=Bliss、子=Child)。話を戻すと、僕らが住んでいる場所では向日葵が咲いていて、この曲を書いたのは妻が向日葵のブーケを作って持って帰ってきてくれた日だったんだよ。だからソングライターとしてエモーショナルなつながりをこの曲に感じたんだよね。
そして向日葵って英語でSunflowerだろう? それに対して「Moonflower」っていう曲を入れて、太陽と月の対比を表現したんだよね。
音楽は誰かと競い合うものじゃないのだからね
使用機材についても聞かせて下さい。ギターは何を使いましたか?
シェクターのUSA製Atomic Fireをほとんど使ったよ。僕のモデルだね。PTも使ったけど、ほぼ99%がAtomic Fireだった。
アンプやエフェクターはどのようなものを使ったのでしょうか?
アンプはオールドのマーシャル・プレキシ、メサ・ブギーのMkⅢ、フリードマンの初期の頃に作られたもの、そして何台かオレンジのアンプも使ったね。
ペダルについてはあんまり使っていなかったと思うな。ラヴペダルのビブラートのペダルを使ったくらいじゃないかな。サウンドのほとんどをアンプで作っていたんだ。
ただ、アンプに対して様々なマイクを使っていて、イコライジング特性の違うマイクをミックスしてサウンドを決めるようなことはしていたね。
レコーディングはどのように?
ドラムとベースはすでに録音されたい状態で、それに合わせてレコーディングをしていったね。アコースティック・ギターを先にレコーディングしてから、エレクトリック、そしてリード、それからピアノ、シンセ、管楽器やストリングスといった順番だったかな。多少順番が入れ替わることもあったけど、常に曲の核となる部分を作ってから上モノを入れていくという流れだったよ。
ギター・インスト作品という点で、ギターはしっかりと主張する“良い音”である必要があると思います。サウンドメイクで自分の中で譲れないポイントや、こだわっている点を教えて下さい。
コードや音が発音された瞬間に、どれだけ際立ったサウンドにできるかってことを大切にしている。これはある意味ダイナミクスの話に集約できて、例えばもし強くピッキングした際、それにしっかりと反応するサウンドになるのか?ということなんだ。
デジタルな製品やペダルが色々なブランドから出ているけど、ダイナミック・レスポンスが満足に得られるもの多くはなくて、僕はアンプにそこを求めている。
結局は何かバロメーターとしているようなものはなくて、自分の耳を信頼して“これはグッドなサウンドだ!”となれるかどうかだね。
今日はありがとうございました! それでは最後に、日本のギター・キッズたちに一言メッセージをお願いします!
僕が育った街はとても小さくて、ミュージシャンになることがどういうことなのかよくわかっていなかった。でも、純粋な音楽への愛があって、自分を突き動かすにはそれで十分だった。そうやって僕はミュージシャンになって、自分自身を表現できるようになった。精一杯やり続けることが大切なんだ。
でも、練習に近道なんてなくて、僕は20年間ずっと毎日8時間プレイし続けてきた。それはギターを愛しているからこそやってこられたんだ。
そしてほかの誰かとの比較じゃなくて、自分の内なるものを常に見つめながらやってみてほしい。自分の生活の中に光となるものを見つけ、そこを目指してほしい。音楽は誰かと競い合うものじゃないのだからね。
作品データ
『Child of Bliss』
ニック・ジョンストン
P-VINE/PCD-25382/2024年3月8日リリース
―Track List―
- Black Widow Silk
- Child Of Bliss
- Through The Golden Forest
- Moon?ower
- Himawari
- Memento Vivere
- Little Thorn
- Voice On The Wind
―Guitarist―
ニック・ジョンストン