田渕ひさ子が約30年間にわたって弾き続ける65年製ジャズマスターを本人が解説! 田渕ひさ子が約30年間にわたって弾き続ける65年製ジャズマスターを本人が解説!

田渕ひさ子が約30年間にわたって弾き続ける65年製ジャズマスターを本人が解説!

田渕ひさ子がNUMBER GIRL時代から愛用するメイン・ギター、65年製ジャズマスター。bloodthirsty butchersやtoddleを始め、椎名林檎、PEDROなど、様々なプロジェクトでもメインで使い続けるこのギターのサウンドは、日本のロックを愛するリスナーであれば一度は必ず聴いたことがあるはず。今回、このジャズマスターとの出会いやセッティングについて、あらためて本人に解説してもらった。

取材・文=小林弘昂 機材撮影=星野俊

Hisako’s Guitar

1965 Fender
Jazzmaster

1965 Fender / Jazzmaster(前面)
1965 Fender / Jazzmaster(背面)

日本を代表するジャズマスター

田渕ひさ子のメイン・ギターは、彼女の代名詞とも言える1965年製ジャズマスター。シリアル・ナンバーは“L77614”。NUMBER GIRLの結成後、1996年に福岡の楽器店で購入したものだ。当時、行きつけの楽器店の店主から“良いジャズマスターが入荷した。上手くなりたいなら良いギターを使ったほうがいい”と薦められ、それ以前は日本製のジャガーを使用していたこともあり、本器をローンで購入。それ以来、約30年間にわたってNUMBER GIRL、bloodthirsty butchers、toddle、椎名林檎、PEDROなど、様々なプロジェクトで活躍してきた、日本を代表するジャズマスターだと言えよう。

ほとんどのパーツはオリジナルだが、購入当初からブリッジ・サドルのネジがチグハグになっており、6弦、5弦、1弦にはマイナス・ネジが搭載されていたという。また、フレットも購入当初からジャンボ・フレットが打たれていたそうで、田渕もリフレットを行なうたびにジャンボ・フレットをセレクトし続けている。この時期のモデルは指板がラウンド貼りのためローズウッドが薄いのだが、リフレットの際の指板修正によってさらに薄くなっており、リペアマンから“あと1回が限界”と言われているとのこと。

ピッキングの際、ピックがピックアップに当たるのを避けるため、フロント/リア共にかなり下げられている。ピックアップはほとんどフロントのみを使用。プリセット・コントロールはオンにしないため、スイッチが誤作動しないように丸めたガムテープを入れて固定している。

ジャガーを使用していた時からブリッジの弦落ち問題に関しては色々と対策をしていたとのことで、本器は4弦と3弦のブリッジ・サドルの長いイモネジを6弦と1弦の短いイモネジと入れ替え、6弦と1弦の弦落ちを防いでいる。田渕は“ちょっとした使いづらさと戦うのがジャズマスターの良さ(笑)”とコメント。

弦は本器を購入してから約30年間ずっと同じメーカーのもので、GHS StringsのProgressives PRL(.010〜.046)を使用。

ストラップはVOXの本革レザー製STRAP MM25で、肩パッド部分を取りはずしている。ホーン側にはゴム製のストラップ・ロックを付けているが、ボディ・エンド側は50円玉をネジで固定してストラップの落下を防止。

65年製のため、トランジション・ロゴが採用されている。
65年前半の個体のためヘッドはまだセミ・ラージで、トランジション・ロゴが採用されている。
弦の巻数は毎回同じで、巻弦の場合はペグの2つ半先を目安にカットしているとのこと。
弦の巻数は毎回同じで、巻弦の場合はペグの2つ半先を目安にカットしているとのこと。
入手してから3回ほどリフレットを行なっており、毎回ジャンボ・フレットを採用。
入手してから3回ほどリフレットを行なっており、毎回ジャンボ・フレットを採用。
ネック・サイドの3、5、7、12、15フレットの位置には、暗いステージでの視線性を高めるための蓄光テープが貼られていた。
ネック・サイドの3、5、7、12、15フレットの位置には、暗いステージでの視線性を高めるための蓄光テープが貼られていた。
激しいピッキングにより木部が削られ、その範囲は年々広がっている。
激しいピッキングにより木部が削られ、その範囲は年々広がっている。
プリセット・コントロールは使用しないため、スイッチがオンにならないように丸めたガムテープを詰めて固定。
プリセット・コントロールは使用しないため、スイッチがオンにならないように丸めたガムテープを詰めて固定。
ピッキングの際にピックが当たることを避けるため、フロント・ピックアップが下げられている。
ピッキングの際にピックが当たることを避けるため、フロント・ピックアップが下げられている。
フロント・ピックアップを同じく、リア・ピックアップもかなり下げられている。
もともとローズウッドが薄いラウンド貼りなのだが、リフレットの際の指板修正で削られ、現在はかなり薄くなっている。
もともとローズウッドが薄いラウンド指板なのだが、リフレットの際の指板修正で削られ、現在はかなり薄くなっている。
ネック・プレートに貼られた北海道“おびらメロン”のステッカーは吉村秀樹に貼られたもの。
ネック・プレートの北海道“おびらメロン”のステッカーは吉村秀樹に貼られたもの。
購入した時から6弦、5弦、1弦のサドルのネジがマイナス・ネジに交換されていたという。
購入した時から6弦、5弦、1弦のサドルのネジがマイナス・ネジに交換されていたという。
ボディ・エンド側のストラップがはずれないように50円玉をネジで固定。
ボディ・エンド側のストラップがはずれないように50円玉をネジで固定。
Fender/Jazzmaster

Interview

ジャガーで色んなことを試して
克服してからのジャズマスター。

あらためて、メインのジャズマスターを購入した時のお話を聞かせてもらえますか?

96年くらいかな。福岡にあった個人経営の小さな楽器店で買いました。全国に店舗があるような大きな楽器店ではなくて、ギターと、あとはちょこっとベースとアンプが置いてあるお店だったんですけど、そこでジャズマスターの前にジャガーを買っていたんですね。そのジャガーの1〜2年後くらいにジャズマスターを買いました。

なぜジャズマスターを選んだのでしょう?

そこの店長から“ジャガーと形が一緒だから違和感なく移行できるんじゃない?”と言われて。それと“上手になりたいなら良いギターを買うべき”みたいな、ありがたいお話をずっと聞かせてもらい、“じゃあ買います!”と勢いで買いました(笑)。

値段はおいくらでしたか?

お店に飾ってあったのが34万円くらいだったと思うんですよ。私はまだ会社員になって1〜2年目だったので、27万円まで安くしてくれて、凄いローンを組みました(笑)。

いいですね(笑)。今からすると物凄くお買い得です。

ですよね。その頃って、60年代のジャガーやジャズマスターだったら30〜40万円が妥当な値段でした。

当時、福岡の楽器店にビンテージ・ギターはたくさん置いてあったんですか?

あるところに行けばという感じで、ビンテージがたくさん置いてある楽器店はほかに2〜3店あったと思います。私が買ったお店は物凄く癖の強い店長がいたので、みんな玉砕されがちで(笑)。まずお店に入っても“いらっしゃいませ”もなく、店長がずっとギターを弾き続けてるんですよ。しかもめちゃくちゃ上手いんです。ずっと弾いてるから話しかけられない。

怖いですね(笑)。

超〜怖いですよ。店長が座っていたのが店の一番奥だったんですけど、奥に行くほど高いギターになっていくんです。

店長のまわりに良いギターがいっぱあるという(笑)。

そうそう、店長に近づくと値段が上がっていく(笑)。そのお店でジャズマスターを買った人が、あと2人くらいいるんですよ。どちらも福岡の大先輩のバンドマンで、店長から“良いジャズマスターが入った。あいつらに売ったやつより絶対にこっちのほうが良い!”みたいなことを言われて、“マジですか!?”と(笑)。たぶん嘘だと思いますけど、乗せられて買ってしまいました。

試奏した時の感想は?

“ボディが鳴るでしょ?”とか“ネックが響くでしょ?”とか言われたんですけど、“ほぉ〜……?”みたいな感じで、あんまりわからなかったですね。

そうだったんですね。このジャズマスターの前にビンテージ・ギターを試奏したことはあったんですか?

あったかもしれないですけど、ほぼほぼ弾いたことなかったです。ジャガーはメイド・イン・ジャパンで、その前は“Orville by Gibson”のレス・ポールを使っていましたね。

今、“Orville by Gibson”がけっこう値上がりしていますよね。

マジですか!? あのレス・ポールどこにいっちゃったんだろう……(笑)。私、ギターをいじるのがめちゃくちゃ好きだったんですよ。だからそのレス・ポールにビグスビーを付けたり、ジャガーも弦落ち問題があったので穴を掘ってレス・ポールのブリッジを載せたり、シングル・サイズのハムバッカーに交換したりしていました。

ひさ子さんがご自身でですか?

(両手を擦るジャスチャー)こうやってゴリゴリ穴を開けて(笑)。ちゃんとした電気ドリルとかを持っていなかったので、彫刻刀でやってましたね。そうやって色んなことをするのが楽しかったんですよ。

でも、このジャズマスターはほとんど手が加わってないですよね。

手を出すのが怖いからです(笑)! あんまりいじりたくないですね。

ということは、ジャズマスター特有の使いづらさはあまり感じなかったんですか?

そうですね。その前にジャガーを弾いていたので、問題点みたいなものがだいたい被るじゃないですか。ジャガーで色んなことを試して克服してからのジャズマスターだったので、何の問題もなかったです。ビンテージなのでブリッジのコマも良い感じに錆びていて、弾いていてネジが浮いてくるとかもなかったですね。

太い弦を張ると、
コンボ・アンプで鳴らしてるみたいなイメージ。

ひさ子さんはフロント・ピックアップを選択し、プリセット・スイッチがオンにならないよう固定していますが、当時からそのスタイルだったんですか?

プリセットは当時から閉じていましたね。曲によっては、たま〜にミックス・ポジションで弾く時もありました。

弦は何を使っていますか?

このジャズマスターを買った時からほぼ同じで、GHSのProgressivesです。値段が上がってる〜(泣)。

そうですよね(泣)。

弦の値段ヤバいですよね! 張り替えるのためらいますもん。“もう1回いけんじゃない?”みたいな(笑)。弦が切れるのって“張り替えてなかったからな”という時なので、なるべく交換するようにはしているんですけど、ついついためらって、弦が切れないような弾き方をしてしまいます(笑)。

触ったらもうすぐ切れそうだなってわかりますよね(笑)。ゲージはずっと同じですか?

最初は.009〜.046だったんですけど、だんだん指の先がカチカチになってきて、今は.010〜.046です。でも、あんまりわかんないんですよね。.009〜だと思って弾いていたら.010〜だったとか、その反対もあるので、“自分はどっちでもいいんだな”と思っています。

ジャズマスターには太い弦を張ったほうがいい、みたいな説もあるじゃないですか?

よく言われますよね。太い弦を張ると、響きがコンボ・アンプで鳴らしてるみたいなイメージはありました。.009〜だと中低域あたりが柔らかいイメージがありますね。

弦の巻数は毎回ほぼ決まっているんですか?

決まっていますね。同じメーカーの同じ弦を買っているので、長さに誤差がないと思うんですよ。巻弦だと目的のペグの2つ半先で切っています。つまり6弦だと4弦と3弦の間ですね。で、1弦は先を5cmだけ切るみたいな感じです。

ジャズマスターはトレモロ・ユニットからヘッドの先までが長いので、1弦ってほとんど余らないですよね。

そうなんですよ。Progressivesって弦がちょっと長いんですけど、Ernie Ballだと1弦の切るところがないんです。しかもErnie Ballの弦って柔らかいじゃないですか? なので、たまにズルっとすべることがあるんですよ。Progressivesだとそれがないです。

弦高のセッティングはどうですか?

けっこう低めだと思います。チョーキングしても音が鳴るくらいの限界を攻めている……とまでは言わないですけど、わりと低め。ベタベタではないですね。

“やっぱりこの子だな”
みたいなものはありますね。

それとピックアップが凄く下げられていますが、なぜこのようなセッティングに?

単音とかを弾いた時、ピックがピックアップに当たるのが嫌で凄く下げています。ただそれだけです(笑)。音に影響が出ているのかもしれないですけど、そっちのことはあんまり考えてなかったですね。

それもご自身で?

はい。“ギュ!ギュ!ギュ!”っとネジを締めました(笑)。今どうなっているのかはわからないですけど、たぶん下に入っているスポンジがめちゃくちゃ劣化してると思うんですよ。前にオーバーホールに出した時に、もし粉をバラまくくらい劣化していたとしたら、交換してくれてるんじゃないかなぁ。

なるほど。メインテナンスは定期的に出しているんですか?

そんなに定期的ではないですけど、2年に1回くらいはフェンダーさんに出しています。ボリューム・ポットに“ザザッ”というガリが出ていたんですけど、クリーニングをしていただいて、今のところは収まっていますね。“またすぐに出ちゃうかもしれません”とは言われているんですけど。

ボリューム・ポットはオリジナルですか?

そうですね。買った時にどれくらいオリジナルだったかは謎なんですけど、中の配線材は変わってるって言われたことがあります。そのほかはだいたいオリジナルですね。ブリッジのネジはしっちゃかめっちゃかですけど。

ネジはひさ子さんが付け替えたんですか?

いや、もともと違うネジが付いていたんです。何個かマイナス・ネジになってるんですよ。

あ、本当ですね!

ひどいでしょう(笑)? 取れちゃったから前の持ち主が同じサイズのものを付けたんだと思いますけど。

リフレットもしていますよね?

この30年間で3、4回とかですかね。指板がもう薄薄でしょう? “あと1回が限度じゃないですかね?”と言われてプルプルしています。フレットの打ち替えが怖いです。

ラウンド指板の宿命ですよね……。ジャンボ・フレットですか?

そうです。買った時からジャンボが打ってあったんですよ。なので、“次に替える時も同じのがいいな”と思って。たまにジャンボじゃないフレットのギターを弾くと、スライドの時に“ドドドドドド”っていうのを感じます(笑)。

約30年弾き続けてきて、音の変化はありました?

どうだろう……そんなに感じないですけど、このメインを弾くと“最高だな”と思います。“やっぱりこの子だな”みたいなものはありますね。サブの62年があるじゃないですか? あれはほんのちょっとキャラクターが違うんですけど、それはそれで好きなんですよ。でもメインを弾くと、“やっぱり良いな〜”って思います。

NUMBER GIRLを始め、最近ではPEDROなど様々なプロジェクトでこのジャズマスターを使い続けていますが、その理由は?

レコーディングで、“これはジャズマスターでは無理かな”みたいな、よっぽど極端な時はほかのギターを持って行きますけど、ライブだと“あのジャズマスターじゃないんだ”と思われるのが残念かなと思って、これを持って行っちゃいます(笑)。

お客さん目線なんですね(笑)。

自分だったら“え、違うんだ”と思っちゃうかなと。プロジェクトによって、もし“違うギターで弾いてほしい”と言われれば、それは全然かまわないですね。あんまり持ってないですけど(笑)。