革新的ペダルを生み出し続ける
BEETRONICSの過去と未来
低く唸る羽音、致命的なショックを引き起こす神経毒、そして、とろけるような蜜の甘さ──“BEE(蜂)”を表わす象徴的なパフォーマンスを意匠に込める、米国カリフォルニアの新鋭ペダル・メーカー、ビートロニクス。ミュージシャンとしての経歴を持つパンプーリ兄弟によってもたらされるブランドの精神は、音像のみならず、外観や内部基板のアートワークを含むあらゆる物理フォーマットにおいても、挑戦的な遊び心で人々の五感を刺激してやまない。
よりシンプルに、より壮麗に。視覚効果を伴う隠者のインテリジェンスを、熱を帯びた毛羽立つルーミー・エフェクトに結びつける斬新なアプローチが、今、最もオルタナティブなペダルとして時代の注目を集めている。
自らを“King Bee of Crazy Effects”と称し、色鮮やかなBUZZの深淵から飛び立った彼らは、いかにして独自の世界観を手に入れたのだろうか? その歩みを振り返り、美しく危険な捕食者が生み出したイノベーションの真相に迫る。
文=今井靖 撮影=小原啓樹
創設者フェリペ・パンプーリ、バンドマンからのスタート
エフェクターの世界に危険かつスウィートなフレーバーを持ち込んだビートロニクス。その物語は、遥か南米の“情熱の国”……ブラジルはサンパウロの地より始まる。
“Abelha(アベリア=ポルトガル語で「蜂」の意味)”というニックネームの少年フェリペ・パンプーリが、ギタリストとしてのキャリアをスタートさせたのは12歳の時であった。元々ギターが好きな父の影響もあり、彼の家ではいつも身近に音楽が溢れ、フェリペと兄のダニエルが楽器に触れるのはごく自然な流れだったという。
17歳ですでにプロとしてステージに立っていたフェリペは、様々なバンドで演奏するかたわら、手作りの質素なスタジオでレコーディングや楽曲製作に奔走する毎日を送っていた。そして最初の転機は、2008年に兄ダニエルと共に地元で組んだクルス(CRUZ)というバンドによってもたらされた。結成してすぐにデモ・テープを作成し、それを米国のレーベルに配ったところ、なんといきなりそれが名プロデューサーとして知られるジェイ・バウムガードナーの目に止まったのである。
翌年、さっそくバンドのメンバーを引き連れてカリフォルニアに移住した彼らは、ジェイのレーベルと契約し、念願のメジャー・デビューを果たす。そして、その最初のレコーディングで訪れたノース・ハリウッドのスタジオが、フェリペにペダル・ビルダーへの最初のきっかけを与えることになろうとは、本人でさえ予測できなかったに違いない。
そのスタジオ──NRG Recording Stadiosは、ノー・ダウトやリンキン・パークのアルバムで知られる有名なレコーディング・ベースで、最新の音響設備はもちろん、自社で機材のカスタムや修理を行なうハウス・テックを備える技術部門でも定評のある施設であった。ブラジルではスタジオ機器の修理ができる場所が少なく、いつも機材の故障に悩まされていたフェリペは、自身でメンテナンスをまかなえる技術を身につけることの大切さを改めて思い知らされたのである。
のちにブランドの骨子となる、ユニークな制作過程を身につける
当時まだ電子工学の知識がなかったフェリペは、バンドのツアーをこなすかたわら、昼夜を問わずオンラインでエレクトロニクスの研究を独学で続けていた。その入り口としてペダルのDIYキットを組み立てながら、やがて彼は、身の回りの機材を可能な限り自分で作れるようになりたいと考えるようになっていく。最初に作ったのは、カラーサウンドのOverdriveのクローンであった。そうしていくつかの自作ペダルを作るうちに“誰にも真似できないペダルボードを作りたい”という欲求は日に日に大きくなり、いつしか彼の足もとには自作のペダルばかりが並ぶようになっていった。
そんなある日、知り合いのベーシストがそのうちの一台を試し、それを売ってほしいと言い出した。ペダルを売るつもりで作っていなかったフェリペは一旦それを拒んだが、あまりに何度も頼まれたため、しぶしぶ手放すことにしたのだが……それが、すべての始まりだった。翌週にはさらに数人の購入希望者がフェリペの元を訪れるようになり、気がつけば彼は、ペダル制作の時間のほとんどを自分以外のプレイヤーのために費やすようになっていたのである。
当時、ジェイの手引きで正式にNRGのエンジニア・スタッフとして働き始めていた兄のダニエルも、その作成を手伝うようになってはいた。しかし、それでも途切れることのないバック・オーダーを見て、2015年の夏に入った頃に、フェリペはより自身のオリジナリティを発揮するためのペダル・デザインを模索し始める。
まず、レディー・メイドな内部ボードへの作業に飽きていた彼は、そこにパーツに合わせた見た目も楽しいユニークな形状のオリジナル基板の導入を発案。エンクロージャーは、建築士の資格を持つ彼の妻のアイディアにより、鉄を折り曲げた頑強なラップ・アラウンド形状のハウジングが採用された。それはスプレー塗装とステンシルで装飾されたあと、ひとつひとつ仕上がりの異なるレリック加工が施され、さらに蜂蜜(ラッピング溶液)に一週間も漬け込むという手間のかかる工程で仕上げられた。
それが結果的にサウンドにも影響を与え、フェリペのペダルを特別なものにしていたことは彼らにとっても幸先の良い僥倖だったに違いない。そうした前例のない実験には膨大な時間がかけられたが、フェリペはその経費を流行りのクラウドファンディングなどで集めようとはせず、すべて自己資金によって賄っていた。それを可能とした、“失敗をしないための緻密な計画と慎重な作業”こそが自身のペダルのクオリティを維持していることを、彼はすでにその時に気づいていたのである。
ブランドの設立から今まで続く快進撃
やがて訪れたバンドの解散を機に、2016年7月、“Bee Yourself”のスローガンのもと、ついにフェリペとダニエルは自身のペダル・カンパニーを設立したのだった。ブランド名は、自作時代のペダルにフェリペの愛称である“蜂”にちなんだ“Abelhatronics”という銘を入れていた流れから、“BEETRONICS(ビートロニクス)”とすることが決まった。
最初のラインナップはOCTAHIVEとWHOCTAHELLの2つで、6ヵ月をかけて完売を目指すはずが、ウェブで先行販売したところたった1週間で在庫がなくなるという大人気ぶりであった。急いで生産体制の見直しを図った彼らは、妻や義理の妹も作成クルーに加わって増産を継続。2017年に初参加となったNAMMショウでは、OVERHIVEの試作機を出展するまでにこぎ着けたのである。
NAMMでの展示は、本物の養蜂家を招いてブースを作ったり、1トンものカスタム・ペイントのペダルを持ち込むなどのド派手なパフォーマンスが受けて大盛況となり、“カリフォルニアで生まれた新種の蜂”の存在は、ついに全米に知れ渡ることとなった。そしてこの年は、ブランドにとって最も大切な人物との出会いが訪れた年でもあった。それが、エレクトロ・ハーモニックスやピグトロニクスのデザイナーとして知られるペダル界の重鎮、ハワード・デービスとのコラボレーションである。
以前からその存在をよく知っていたフェリペはネットを通じて彼にコンタクトを取り、たちまち意気投合した2人が新しい歪みペダルについてアイディアを出し合うまでにそれほど時間はかからなかった。そうして完成した前代未聞のファズ/オーバードライブ・ブレンダー、ROYAL JELLYは、2018年のNAMMでお披露目され、ブランドのベストセラーとなる凄まじい売り上げを記録したのだった。
その顧客の1人であるロバート・キーリー(キーリー・エレクトロニクス主宰)が、NAMMでのライブ・デモンストレーションで聴いてすぐに購入し、シリアルNo.11のROYAL JELLYを手にいれたという話は有名だ。識者であるロバートによる絶賛は、フェリペにとって今までペダルにかけた情熱が本当の意味で価値を持った瞬間であり、その後のブランド継続における大いなるモチベーションとなったことは言うまでもない。
その年内に販売を開始したBUZZTERや、翌年のNAMMで発表したSWARMも順調に販売数を伸ばしたため、それまで作業スペースであった自宅が手狭になったことを受け、2019年にフェリペたちはついにシャーマンオークスに新しい工房を開くことにした。そこは念願のスタジオを併設したほぼ手作りの施設で、撮影やレコーディングもできるため、すぐに西海岸中のミュージシャンたちが訪れる拠点となった。
そこでフェリペは毎晩のようにギグを行ない、大好きなマエストロFuzz ToneやTone Bender、そして数々のビンテージ・アンプやギターに囲まれて新しいペダルを模索する日々を送っている。
2020年にはシンプルなデザインと手に取りやすい価格を両立したBABEEシリーズが発動。その第一弾となるFATBEEで再びハワードとのコラボを成功させ、さらなる新作のVEZZPAが軌道に乗った今も、ブランドの果てなき挑戦に終わりはない。
ビートロニクス。そのエフェクトの蜜はとろけるように甘く、サウンドは猛毒だ。今日も彼らのHive(巣)は、世界で最もクールな景趣を求めて活気と喜びに満ち溢れている。
BEETRONICS公式HP
https://umbrella-company.jp/beetronics.html
公式YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCdmJLSbRoXwmDBn9pMJPhTg
問い合わせ:アンブレラカンパニー
https://umbrella-company.jp/