2023年3月13日(月)発売のギター・マガジン4月号は、1月10日にこの世を去ったジェフ・ベックの追悼総力特集。ギタマガWEBではその導入として、まだ彼を詳しく知らないギタリストのために、押さえておくべき基本的な情報をお届けしよう。まずは活動時期ごとにまとめた簡単なバイオグラフィと、各時代の特徴を色濃くとらえた必聴名曲のプレイリストから。ジェフ・ベック好きの読者は、本誌発売前のウォーミング・アップとしてご一読いただければ幸いだ。
文/選曲=近藤正義 Photo by Watal Asanuma/Shinko Music/Getty Images
必聴名演プレイリスト
プレイリストは各時代を紹介したバイオグラフィに出てくる、その時期のジェフ・ベックの特徴が色濃く出た名曲をピックアップしてまとめたものだ。本文で下線が引かれている楽曲が収録されているので、ぜひ読みながら聴いてみてほしい。
ギタリストとしての始まり
ジェフ・ベックは1944年6月24日、英国のロンドン、サリー州ウォリントンに生まれた。50年代の少年時代に流行したロカビリー、ロックンロールに夢中になり、当然の流れとしてギターに興味を持つ。アートスクールに通い始めた16歳当時にはロックンロールだけではなくブルース、ジャズ、そしてギタリストのレス・ポールなどにも強い興味を示した。
ナイト・シフト~トライデンツ
学校仲間と組んだバンド、ナイト・シフトは次第に評判となり、61年にはローカル・クラブの仕事が入る。その頃、姉の紹介で同い年の少年、ジミー・ペイジと知り合い交流を深めている。そして本格的にプロを目指すバンド、トライデンツを結成。
自動車の修理工で生計を立てながらトライデンツで演奏していたジェフに転機が訪れたのは65年の初頭。エリック・クラプトンが脱退したヤードバーズは、腕利きセッション・ミュージシャンのジミー・ペイジに加入を要請したが、ジミーはジェフを推薦。このような経緯で65年3月、ジェフはヤードバーズに正式に加入した。
ヤードバーズ
ヤードバーズに加入してジェフはすぐさま本領を発揮。フィードバックやファズを用いたパワフルでアグレッシブなプレイは注目を集めた。ヤードバーズ時代にはたくさんのヒット曲を残したが、「オーバー・アンダー・サイドウェイズ・ダウン」のイントロのようにノンジャンルで無国籍、しかも個性的なフレーズは当時から既にジェフの真骨頂だった。「トレイン・ケプト・ア・ローリン」はエアロスミスもカバーする、ロックのクラシックとなった。
ソロ~第1期ジェフ・ベック・グループ
1966年の末、過酷な米国ツアーから脱走したジェフはヤードバーズを脱退。マネージャー/プロデューサーのミッキー・モストは「ハイ・ホー・シルバー・ライニング」、「タリー・マン」、「恋は水色」といったポップ・ソング路線でジェフを売り出そうとしたが、ブルース・テイストのロックをやりたかったジェフはロッド・スチュアート(vo)やロン・ウッド(b)と第1期ジェフ・ベック ・グループを結成。ブルース・ロックの名盤『トゥルース』を生み出す。ロッド・スチュアートのボーカルを活かした「レット・ミー・ラヴ・ユー」など名演揃いである。
第2期ジェフ・ベック・グループ
第1期ジェフ・ベック ・グループがウッドストックへの出演をキャンセルしたあたりで空中分解したあと、ジェフはヴァニラ・ファッジのティム・ボガート(b)、カーマイン・アピス(d)とバンドを組もうとしたが、ジェフの交通事故による入院でこの計画は頓挫。復帰後にジェフが新たに集めたメンバーが、第2期ジェフ・ベック ・グループだった。
このバンドでジェフが狙ったのはヘヴィなロックではなく、当時のニュー・ソウルの路線を大胆に採り入れた新しいサウンド。16ビートやエレクトリック・ピアノを採り入れたダニー・ハザウェイやスティーヴィー・ワンダーのようなサウンドは、当時のミュージック・シーンにおいて最も新しく革新的だったのだ。
ギターも過激に歪ませるのではなく、シャープで伸びやかなクリーン~クランチな音色。「ゴット・ザ・フィーリング」のように情緒豊かなリード・ギターだけでなく、「今宵はきみと」ではフィル・インやカッティングというジェフの渋いバッキングを聴くことができる。
ベック・ボガート&アピス
第2期ジェフ・ベック・グループのメンバーからリズム・セクションをボガート&アピスにチェンジしたことから始まったこのバンドは、ボブ・テンチ(vo)、マックス・ミドルトン(k)の脱退により結果的にトリオとなった。キーボード不在の編成にはジェフは最後まで反対していたらしい。しかし、いつの間にかマネージメントは最強のハードロック・トリオというキャッチフレーズで売り出し始める。
ジェフの初来日がこのバンドだったことや、「迷信」、「レイディ」など、ハイパワーな演奏とボーカル/コーラスにより、ジェフのキャリアの中では人気の高い時期である。
ソロ(1970年代)
ベック・ボガート&アピス解散後、当時のクロスオーバー・ムーブメントの影響を受けたジェフは、インスト・アルバムのアイディアを形にするため、マックス・ミドルトン(k)、フィル・チェイン(b)、リチャード・ベイリー(d)とセッションを開始する。
ジョージ・マーティンのプロデュースにより完成した『ブロウ・バイ・ブロウ』は75年にリリースされ、インスト作品にもかかわらずビルボード・アルバム・チャート4位という好セールスを記録した。泣きのバラード「哀しみの恋人達」はサンタナの「哀愁のヨーロッパ」と並んでギター・インストの名曲として今も聴き継がれている。
次作『ワイアード』ではナラダ・マイケル・ウォルデン(d)、ヤン・ハマー(k)ら元マハヴィシュヌ・オーケストラのメンバーを迎えて、攻撃的なハード・フュージョンを展開。「レッド・ブーツ」、「ブルー・ウインド」ではギターだけでなくすべての楽器パートにおいて度肝を抜く演奏が聴ける。
ヤン・ハマー・グループにジェフが加入する形のツアーを経て、1978年にはジェフ・ベック・ウィズ・スタンリー・クラーク名義の来日公演も実現した。スタンリー(b)との共演曲には、スタンリーのアルバムにジェフが参加した「ロックン・ロール・ジェリー」(『モダン・マン』収録/78年)、「ハロー・ジェフ」(『ジャーニー・トゥ・ラヴ』収録/75年)などがある。まさにフュージョン期のジェフはここに極まった。
ソロ(1980年代)
1980年にリリースされたインスト路線の第3作『ゼア・アンド・バック』はロック度の増したギター・インストで、激しいだけではなく「ファイナル・ピース」のような深淵な音色でもギターサウンドを印象づけている。ヤン・ハマーの曲でシンセのシークエンスを派手に使った「スター・サイクル」は後年になってもプレイされた人気曲。
そして80年代半ば、時代は産業ロック。大々的にジェフを売り出そうと企んだレコード会社はボーカル・アルバムを企画。ナイル・ロジャースやアーサー・ベイカーという売れっ子プロデューサーを起用したこのアルバム『フラッシュ』(85年)はファンの間では評価は低い。しかし、ジェフがプロデュースしたインスト「エスケイプ」とロッド・スチュアートとの共演で話題となった「ピープル・ゲット・レディ」は傑作。アルバムのリリース直後である86年に軽井沢で行なわれたサンタナ、スティーヴ・ルカサーとのジョイント・コンサートは大きな話題となった。
そして1989年、ジェフはテリー・ボジオ(d)トニー・ハイマス(k)と組んだベースレスのトリオで『ギター・ショップ』をリリース。「ビッグ・ブロック」のソリッドな重厚感、「ホエア・ワー・ユー」で披露されたハーモニクス音をアームで音程をコントロールする離れ技などで、完全に抜きん出た存在のギタリストとして認知されるようになる。
ソロ(1990年代:デジタル3部作)
その後、映画のサウンドトラック・アルバム『フランキーズ・ハウス』(92年)、50年代にジェフが夢中になっていたロカビリーのギタリスト、クリフ・ギャラップへのトリビュート・アルバム『クレイジー・レッグス』(93年)をリリース。「クレイジー・レッグス」で聴くことのできる高速フィンガーピッキングとカントリー系のフレーズには、ジェフのテクニックのルーツが詰まっている。
この時期、本格的なアルバム制作はなかったが、その代わりに莫大なセッション参加によりゲスト参加の音源を多数記録しており、その間にジェフのテクニックにはさらに磨きがかかった。
そして、充電した構想を一気に吐き出したのが『フー・エルス!』(99年)、『ユー・ハド・イット・カミング』(00年)、『ジェフ』(03年)だ。デジタル機器によるトラック・メイクを大胆に採り入れたこの3枚は“デジタル三部作”と呼ばれている。民族音楽のメロディをジェフ流に再現した美しい曲「ナディア」、21世紀以降のジェフのギター・トーンを極めた「JB’s Blues」など、驚異的な表現力はもはや他のギタリストの追従を許さない領域に突入した。
ソロ(2000年代)
21世紀になり、ジェフ・ベック はさらに精力的なツアーを展開。2007年からは新人女性ベーシスト、タル・ウィルケンフェルドをメンバーに迎えた『ライヴ・アット・ロニー・スコッツ・クラブ』(08年:CDとDVD)は大きな話題となる。ここで演奏された70年代のクロスオーバー・クラシック「ストレイタス」は当時のコンサートで定番曲となった。
2010年にリリースされたジェフにとって7年ぶりのスタジオ新作『エモーション・アンド・コモーション』では穏やかながらも研ぎ澄まされたギターで新境地を開いている。ジェフの神業テクニックで聴く「オーバー・ザ・レインボー」は絶品。この時期からはプリンスのバンドにいた女性ベーシスト=ロンダ・スミスが加入し、さらにツアーは増えていった。
デビュー50周年を飾った『ラウド・ヘイラー』(16年)ではロージー・ボーンズ(vo)、カーメン・ヴァンデンヴァーグ(g)と組んだユニットで尖ったロックを聴かせた。「ライト・ナウ」は、ワウ・ペダルを駆使した激しいナンバー。
そしてジョニー・デップと作った最新作『18』は2022年の7月に発表されたばかり。大半をカバー曲が占めるこのアルバムでは、ビーチボーイズの「キャロライン・ノー」、マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」などスタンダードな曲がジェフ流にクールにキメられていた。なお、ジェフはアルバム・リリースに伴い、同年11月まで大々的にツアーを展開していた。
『ギター・マガジン 2023年4月号 (追悼大特集:ジェフ・ベック)』
定価1,595円(本体1,450円+税10%)