日本を代表するブルース・シンガー=永井“ホトケ”隆が、なんとインタビュー初登場! 今回はブルーズ・ザ・ブッチャー(blues.the-butcher-590213)のボーカル&ギターとして、彼らの記念すべき10作目『Feel Like Going Home』について話を聞いた。マディ・ウォーターズがテーマの本作で聴けるギターには、“歌うギタリスト”でなければ出せないグルーヴがある。そんな彼の“ギタリスト”としての側面を深堀りしていこう。
インタビュー=福崎敬太
塩次伸二が僕の耳元で、“永遠に聴いていられるな”って言った
通算10枚目となる『Feel Like Going Home』のテーマはマディ・ウォーターズです。ホトケさんは大学時代に、NHKのドキュメンタリーで『黒人の魂 – ブルース』という映像を観てブルースにのめり込んだそうですが、マディもその時に初めて観たんですか?
動くマディはそれが初めて。当時はブルースの映像なんてなかったから。あれは正月に放送していたんだけど、内容はNHKらしくお堅い、シカゴの黒人社会のこと、人種や経済的なことを描いていた。その中にマディのインタビューがあって、“黒人以外にはブルースは歌えない”って言ってたんですよ。その時には僕はブルースを歌おうとしてから凄くショックで(笑)。
ショッキングな一言ですね……(笑)。演奏シーンはどうでしたか?
マディがバディ・ガイとジュニア・ウェルズを従えて「Hoochie Coochie Man」を歌ってました。当時はオールマン・ブラザーズ・バンドのバージョンで知っていたけど、オリジナルは“こんな風に歌うんだ”って衝撃で。とにかく“何か凄いものを観ちゃった”っていう印象ですね。
今はもう亡くなってしまったけど、塩次伸二(ウエスト・ロード・ブルース・バンド/g)と服田洋一郎(ブレイクダウン/g)が僕の故郷に遊びに来ていて、3人でそれを観ていてみんなで“おぉ~”ってなった感じです。
この映像に限らず、塩次さんたちとブルース・ギターについて話をした思い出などはありますか?
ロバート・ロックウッド・ジュニアが日本に来た時に、塩次と一緒に観に行きました。もちろんアルバムは聴いていたんだけど、初めて目の前でロックウッドを、バックのジ・エイシズ──フレッド・ビロウ(d)、ルイス・マイヤーズ(g,harp)、デイヴ・マイヤーズ(b)──との4人でやっている音を聴いたんです。その時に塩次が僕の耳元で、“永遠に聴いていられるな”って言ったんですよ。
つまり、ロックとは違う絶妙なアンサンブルで、どの音もちゃんと聴けるし、音がそんなに大きくないからずっと聴くことができる。あと、チョーキングをあまりしない。T-ボーン・ウォーカーもあまりチョーキングしないじゃないですか。で、音もアンプ直結でエフェクターとかも使わない。
そのロックウッドみたいなギター・サウンドを“美しい”って思わないと、ブルースは好きになれないと思うんです。やっぱり、チョーキングのギュワ〜ンってやるのが一番だと思っている人は、ブルースを聴いてもつまんないんじゃないかな。特に、カントリー・ブルースなんかは素朴でプリミティブだから。
でも、やっぱりクラプトンでも、キース・リチャーズでも、ロバート・ジョンソンを始めカントリー・ブルースをよく聴いているわけで。そのあたりが、並のブルース・ロックの人たちと違う気がするんです。
で、遡るとクリームが出てきた頃くらいから、ギター・ソロが長い。ハッキリ言うとね、僕は歌が好きだから、長いギター・ソロに途中で飽きてしまう。でも、ジャズのマイルス・デイヴィスやソニー・ロリンズのインプロヴィゼーションで長いソロを吹いていても、全然長いとは思わない。“何だろう?”って考えたら、“展開があるかないか”なのね。
ところが、B.B.キングの前座をやらせてもらった時に彼のギター・ソロを聴いていたら、アップ&ダウンがある(注:1972年9月のB.B.キング大阪公演で、ウエスト・ロード・ブルース・バンドが前座を務めた)。イントロがあって、歌に入ったらほとんどギターを弾かない空白がある。その空白がブルース・ロックにはない。
確かにB.B.は歌の裏では弾かないですね。
当時僕たちはブルース・ロックをやっていたけど、塩次と“ブルースとブルース・ロックは美学が全然違う”っていう話をして、“ちゃんとブルースのほうにいかないと、このブルース・ロックさえできないんじゃないか”ってことになったんです。それで“ロックを捨てよう!”って思って、ロックのレコードを売って、ブルースのレコードを買うっていうところまでいっちゃった。だから僕は70年代中頃のロックはほとんど聴いてないんです(笑)。
“一番最初に好きになったマディのアルバムを作りたいな”って思った
ブルーズ・ザ・ブッチャーではギターも弾いていますが、ホトケさんのギター・プレイに影響を与えたギタリストはどういう人がいますか?
影響を受けた人……どうだろう。もともと大学に入った時は、ザ・ビートルズのカバー・バンドをやっていたので、その時はジョン・レノンでしたね。ジョン・レノンって、あまりソロを弾かないじゃないですか。でも、素晴らしいリズム・ギターを弾きながら歌を歌う。そういうスタイルがカッコ良いと思ったんです。
だから、僕はザ・ベンチャーズが嫌いだった。僕が中学生の頃くらいからビートルズとベンチャーズは同時に流行っていたんだけど、日本人はけっこうベンチャーズに行ったんですよ。でも、僕は歌がないとダメだから。
ブルースで好きなギタリストも、ジミー・ロジャーズ、エディ・テイラー、T-ボーン・ウォーカーとか、ちゃんとバッキングをやりながら歌う人。B.B.キングはオーケストラをつけて、歌の時はほとんど弾かないじゃないですか。あれは、自分の演奏のためには勉強にならない。
やっぱり、ウォーキング・ベースをガッガガッガ〜(注:シャッフルのリズム)ってやっている人が好きで。僕はガッガガッガ〜ってやって歌っていれば幸せなんですよ(笑)。ギター・プレイで影響を受けたかどうかはわからないけど、そういうリズム・ギターをちゃんと弾いて歌う人が好きかな。
となると、マディのボーカル・ギターというスタイルもホトケさんの中にあったりする?
やっぱりあると思う。最初はマディ・ウォーターズ・バンド、リトル・ウォルターやジミー・ロジャーズなどのシカゴ・ブルースあたりの人たちを聴いていたから。
そして今作のテーマはマディですが、これはどのように決めていったんですか?
僕は今72歳(2023年6月時点)で、“あとどのくらいやれるかな?”っていう難しい年頃になってきました。今年に入ってから鮎川(誠)君も亡くなったし、そういう同じ年代の人たちの訃報を聞くと、“やっとかなきゃな”みたいな気持ちが出てきて。やっぱり“一番最初に好きになったマディのアルバムを作りたいな”って思ったんですよ。
あと、タイトル曲の「I Feel Like Going Home」っていう曲が凄く好きで。みんなはシングル盤のもう片面、「I Can’t Be Satisfied」のほうが好きなんだけど、僕はなぜか「I Feel Like Going Home」を好きになって。
カバーの数も「I Can’t Be〜」のほうが圧倒的に多いですよね。
“この曲を練習したいな”と思ったんですよ。そしたらスライドで、“練習しなきゃ”って(笑)。この曲と「Honey Bee」はけっこう頑張ってスライドを練習しました。
「I Feel Like Going Home」のスライドは、オープンAですか?
オープンGで、2カポ。
ソロも脚色し過ぎない感じで、ダウンホームな雰囲気を感じます。
曲ができすぎているし、技もないし脚色できないから(笑)。
コンパクトな構成も、シングル盤に収まる長さを考えていた50年代当時の感じがあるというか。ソロはどういう風に考えて弾きましたか?
基本的にはイントロのフレーズで、マディとは違うことをちょっと弾いてるだけ。で、あれで2コーラス目を弾いたら、技がないのがバレちゃう(笑)。“今日の俺、調子いいじゃん”って調子に乗ってソロで2コーラス目に入ったりすると、“やんなきゃよかった……”ってことよくありません(笑)?
めっちゃわかります(笑)。
僕もそれが多いもんだから、1コーラスで終わらせて(笑)。
スライドの練習は、どういったことをしたんですか?
レコードを聴いて、一緒に弾いているだけ。今の子だと、譜面や映像とか色々観て勉強するんだろうけど、僕たちの時代はとにかく何回も聴いて耳で覚える感じで。だから、正確にはコピーできていないと思う。
練習で苦労したことは?
マディはまだマシだけど、ブルースにはチューニングがいい加減なのがあるじゃない(笑)? “これ、Eなの? E♭なの?”みたいな。そういうのは苦労しますよね。
スライドのみならず苦労しますね(笑)。
そのくらいかな。マディくらいだったらなんとかカバーできるんだけど、ライ・クーダーが大好きなブラインド・ウィリー・ジョンソンなんかは自分にはできない。ライ・クーダーも“できない”って言ってたけど。黒人の弾き語りブルースの人で、そういう凄すぎてコピーできない人はたくさんいますね。
リズムのとらえ方からして、わからないですよね。
そうそう。しかも、やっぱり歌ってるじゃない? “歌いながら、これ、弾けるんだ”みたいな。だから、クラプトンもキース・リチャーズも、ロバート・ジョンソンを最初に聴いた時に“2人いると思った”って、よくインタビューに書いてあるけど、僕も本当にリズム・ギターがいると思って聴いてましたよ。そういうことができるのにはビックリしますよね。
“できない”とは言わないで、とにかくトライはする
選曲については、どういうテーマがありましたか?
自分がやりたいものを。あとはメンバーが“このマディの曲もいいんじゃない?”と言ってくれたりして、“それもやろうか”と。僕は、誰かが“やろうよ“って言った曲を1回は必ずやってみる。“できない”とは言わないで、とにかくトライはする。
KOTEZ君が“これ、やりたい”って選んできて、“こんなギター難しい曲? めちゃ練習しなきゃいけないじゃん!”みたいな(笑)。でも、それがないと上手くならないと思っていて。人から新しい曲をやろうって言われないと、もうこの歳で練習なんかしないでしょう。
このアルバムでも、そのマディのスライドをちょっと練習したこととか、小さいことかもしれないけど個人的には成果があったかな。
アルバム全体の音で言うと、ノイズはなくても、当時の雰囲気に近い空気感を感じます。録り方やマイキングに何かこだわりはありましたか?
録音前にエンジニアの内田直之君に原曲を全部送っているけど、“このとおりにやってほしい”なんて言わない。“原曲はこれなんだけど、ちょっと聴いておいて下さい”って感じ。で、彼を信頼しているので、ほとんど口を出したことはない。今回はマスタリングも行かなかった。
お任せで(笑)。
内田君が“ホトケさん、こうしてみたんですけど”って言っても、その前とあとの差が僕にはわからない(笑)。あれはやっぱり専門職です。
でも、できあがったものを聴くと、その雰囲気を感じるんですよね。
そうそう。あと音のことで言うと、「I Feel Like Going Home」か何かで、沼澤君がシンバルとタムタムを使わなかったんですよ。レコーディングの時に、僕はもう自分でセッティングして、“沼澤君がなかなかセッティングしないな”と思って待ってたわけ。で、内田君に“そろそろやらない? ドラムのセッティング、まだかな?”って言ったら、“いや、あれらしいです”って。
沼澤君に“これなの?”って聞いたら、“原曲にシンバルは入ってません。タムタムもバスタムも……要するに、スネアとキックしかないです”って言うんですよ。
さすが……。
それでやってみて思ったのは、シンバルがないほうがビートがよく伝わる。シンバルにかぶって、スネアの音がちょっと遠くなる感じがする時がある。沼澤君はもともとシンバルをあまり叩かないんだけど、僕もあんまりシンバルを叩くドラマーが好きじゃない。
でも、それがまったくなくなって……本当にバスドラとスネアとハットの3つだけで、凄くビートがよく伝わる。もっとタイトになる感じ。“全曲これでもいいな”と一瞬思ったくらい……。まぁ、そういうわけにはいかず(笑)。“沼澤君、凄い発見をしたな”と思いましたね。
家で練習する時も歌ったほうが良いと思う
ホトケさんはエレキ・ギターもフィンガーピッキングで弾いていますが、そのルーツやきっかけは?
中学生の頃に家でギターを弾いて歌っている頃から、いちいちピックを持たないで、いつも指で弾いていて。さっきも言ったみたいに、ソロを弾くタイプじゃないので、和音が弾ければ別に良かったから。そうやって指で弾いてるうちに、今のバンドでギターを弾く羽目になって、そのままという感じです。
それまではステージでギターを弾いたことがない、いわゆる歌だけのスタンダップ・シンガーだったから。それが、一緒にやっていた浅野祥之君が亡くなったり、塩次も亡くなったり、大村憲司さんも“一緒にバンドやろうか”って言ってたところで亡くなってしまって。“下手だけど、もう自分で弾かなきゃ、しゃあないかな”って。だから、家で弾いているスタイルでそのまま弾いているんですよ。
ただ、ある時“これ、ピックじゃないとできないな”っていうのが出てきて、今も1曲だけなんとかピックでやってるのが、リトル・ウォルターの「Everything’s Gonna Be Alright」っていう曲。で、ピックで弾く練習をしたんだけど、オルタネイト・ピッキングが綺麗にできない。速く弾くっていうことも自分の頭にないし、ほとんどダウンで弾いてしまうのでピックはいらないんですよ。
フィンガーピッキングの魅力はどういうところにありますか?
やっぱり指で弾いてると、本当に少しだけ出音が遅れるよね。ちょっと押す感じになっちゃったりする時があって、それが凄く良いなって思ってます。
「Honey Bee」にもありましたが、親指で押してピッキングしてからハンマリングするフレーズは、指じゃないとブルースっぽいリズム感が出ないですよね。あのタイム感がシカゴ・ブルースやそういう時代のグルーヴ感を生んでいると感じました。
そうなんですよ。例えば、Eでシャッフルのリズムを切ってる時に、曲が盛り上がっていくと自分も興奮して力が入ってくる。そうすると、“ガッガガッガ”だったのに“グァッガグァッガ”って……大袈裟に言うとね。あとから聴くと“そうなってるんだな”と思う。それが独特のグルーヴ感みたいになってるから、指弾きはブルースをやるにはオススメです。
では最後に、日本の若きブルース好きのギタリストたちに一言お願いします。
できるなら、歌を歌ってほしい。歌いながらギターを弾くっていうスタイルが、ブルースをやるのに一番カッコ良いと思っています。そのうち歌えるようになるし、歌いながらやったら、人のバッキングをやる時にもシンガーの気持ちがわかると思う。またそれでうまくなるんじゃないかな。
だから、家で練習する時も歌ったほうが良いと思う。できれば、ステージで1曲でも、2曲でも歌ってほしい。あとブルース・バンドを作ってほしいですね。
作品データ
『Feel Like Going Home』
blues.the-butcher-590213
P-VINE/PCD-18904/2023年6月28日リリース
―Track List―
- I Feel Like Going Home
- Honey Bee
- Gone To Main St.
- Tell Me Mama
- Can’t Hold Out Much Longer
- Why Are People Like That
- Baby, Please Don’t Go
- Trouble No More
- Last Night
- Forty Days & Forty Nights
- Walking Thru The Park
- Too Late
- Mannish Boy
―Guitarist―
永井“ホトケ”隆