連載:『Player』盛衰記 第28回|大きな転機となった『楽器の本 1976』その③ 連載:『Player』盛衰記 第28回|大きな転機となった『楽器の本 1976』その③

連載:『Player』盛衰記 第28回|大きな転機となった『楽器の本 1976』その③

2023年に惜しまれつつ休刊した音楽雑誌『Player』。楽器を扱う専門誌として『ギター・マガジン』とは良きライバル関係にあっただけに、その不在はやはり寂しい。音楽業界や楽器業界を盛り上げ、読者に大きな影響を与えたその偉大な55年に敬意を表して、元編集長の田中稔氏にその歴史を綴ってもらう。隔週更新。

文=田中 稔

第28回
大きな転機となった『楽器の本 1976』 その③

前回と前々回は、『Player』の大きな転機となった『楽器の本 1976』の巻頭記事に関して紹介した。書籍が発行された70年代半ばというと、無料のEメールが登場する20年も前の話で、もちろんインターネットなどは普及しておらず、アメリカのギター・シーンや音楽シーンの情報が日本にダイレクトに伝わってくる状況ではなかった(インターネットが生活インフラになったのは、2000年代に入ってからのこと)。

そんな70年代半ばに、アメリカ各地を取材してまわり、楽器や音楽の最新情報を日本のギター・ファンにいち早く届けた書籍が、プレイヤー別冊『楽器の本 1976』だった。今回はその「パート3」として、メイン記事の1つである「楽器カタログ記事」に関して紹介しよう。

70年代のアマチュア・ギタリスト達は、常に楽器の情報に飢えていた。憧れのギタリストがどんな楽器を使用しているのかを知るには、レコード・ジャケットに掲載されている写真や音楽雑誌のインタビュー記事、ピンナップなどに頼るしかなく、楽器そのものの情報自体も限られていた。当時は、ギブソン、フェンダー、マーティンといった世界的なトップ・ブランドの製品は一流のプロ・ギタリストが使用するもので、アマチュア・ミュージシャンが手を出せるものではなかった。楽器店には一部の国産ブランドの製品カタログは置かれていたが、海外ブランドのカタログはほとんどなく、唯一あったのは当時日本の輸入代理店が製作した有料のギブソン・カタログくらいだったように記憶している。

この『楽器の本』のコンセプトは、“楽器の最新情報を日本のユーザーに届ける”ということが最大のテーマであり、使命でもあった。編集部は、楽器をカタログ形式で数多く紹介する“豪華な楽器カタログ”をイメージした。

『楽器の本』には、当時日本で発売されていた楽器が数多く掲載されている。エレクトリック・ギターやベースのカタログ記事が30ページ(メーカー広告含む)、アコースティック弦楽器が32ページ(広告含む)、その他、アンプ・PA・マイク関連が31ページ、エフェクターが6ページ、ドラム関連が13ページ、キーボード関連が10ページ、管楽器関連が8ページなど、トータル324ページの中の1/3強が楽器カタログ記事で占められている。

記事の前半は、エレクトリック・ギター/ベース類、アンプ類、エフェクター類、途中にいくつかの特集記事を挟み、アコースティック・ギターやバンジョー、マンドリン、さらにドラム類、電子キーボード類、管楽器類と続いている。製品紹介はアルファベット順のブランド毎に掲載されているが、国内ブランド/国外ブランドというカテゴリー分けはしていない。基本的に各ブランドを1~2ページで紹介し、ギターの場合だと1ページに6~7本の製品写真とそのスペックをカラーで紹介している。また、記事の対向ページや前後のページに同じブランドの広告が組み合わされている場合が多い。

製品紹介記事と広告とをカップリングで掲載するというスタイルは、当時広告部長だった島田伸一さんが提案したもので、広告の営業活動に大いに役立った。長年「ミュージックトレード」誌でキャリアを積んだ彼のアイディアは見事に功を奏し、『楽器の本』には30ページを優に超える広告が出稿された。当時の広告掲載料がいくらであったかは定かでないが、膨れ上がる制作費を予想を超える広告掲載料でカバーできたのと同時に、広告出稿を前提とした本作りが『Player』のスタイルとなった大きなきっかけであったことは間違いない。

ギター、エフェクター、キーボード、ドラムなどバンド関連の製品に関しては、日頃の『Player』誌にもよく登場しており、スタッフの知識も十分あったが、こと管楽器や特殊な楽器に関しては知識を持ったスタッフもおらず、さらにメーカーや輸入代理店とのつながりもなかったため、担当者は頭を抱えていた。しかし、ここでもまた島田さんが業界誌で培った知識やコネクションが大いに役立ち、彼のアドバイスを受けながら編集作業を進めた。

『楽器の本』を制作していく過程で、編集部内では“楽器をどこまで取り上げるのか”という議論が何度か交わされた。“『楽器の本』なんだから、ギターばかりではなくできる限り幅広いジャンルの楽器を紹介したい”ということで意見がまとまり、結果的に管楽器もパーカッションもペダル・スティール・ギターもフィドル(バイオリン)もアコーディオンもPAもハーモニカも楽器ケースも小物も登場する324ページの豪華な書籍が完成した。

『楽器の本 1976』の中面
右ページにフェンダーの製品紹介、左ページに広告を見開きで掲載。製品紹介には、当時新製品だったスターキャスターが掲載されている。広告はUSAで制作したビジュアルを採用。
『楽器の本 1976』の中面
グレコの見開き広告。70年代半ばというと、いわゆるコピー・モデルが一世を風靡した時代だった。左上のギタリストは四人囃子の森園勝敏。手にしているギターはオリジナル・モデルのMR。
『楽器の本 1976』の中面
当時人気があったグヤトーン・アンプの製品紹介記事。アンプはモノクロページだが、このほかに別のページでグヤトーン・ギターをカラー見開きで紹介している。
『楽器の本 1976』の中面
ギターだけではなく、バンジョーやフラットマンドリンといったアコースティック弦楽器も掲載されている。70年代はギブソン、フェンダー、モーリスなどからもバンジョーが発売されていた。
『楽器の本 1976』の中面
『楽器の本』にはもちろん電子ピアノやシンセサイザーなどの鍵盤楽器も数多く掲載されている。当時はフェンダー・ローズ・スーツケース・ピアノが人気の現行モデルだった。
『楽器の本 1976』の中面
パール・ドラムの製品紹介もカラー見開きで掲載。ラディック、ファイブス、グレッチ、プレミア、タマ、ハイマックスなどの製品が、カラーで大きく掲載されている。

著者プロフィール

田中 稔(たなか・みのる)

1952年、東京生まれ。

1975年秋にプレイヤー・コーポレーション入社。広告営業部、編集部にて『Player』の制作を担当。以来編集長、発行人を経て1997年に代表取締役就任。以降も『Player』の制作、数々の別冊、ムック本を制作。48年間にわたり『Player』関連の仕事に深く関わった。

以後はフリーランスの編集者として活動し、2025年4月、クラプトンに魅せられた10人のE.C.マニアのクラプトン愛を綴った『NO ERIC, NO LIFE. エリックに捧げた僕らの人生.』(リットーミュージック発刊)を制作。2025年9月、電子マガジン「bhodhit magazine(バディットマガジン)」の名誉編集長に就任。

アコースティック・ギターとウクレレの演奏を趣味としている。