第3回:フォーク・リバイバルと呼応した、最初の黄金時代 『今ふり返る、ギルド・ギターズの正しい歴史』 第3回:フォーク・リバイバルと呼応した、最初の黄金時代 『今ふり返る、ギルド・ギターズの正しい歴史』

PR

第3回:フォーク・リバイバルと呼応した、最初の黄金時代 『今ふり返る、ギルド・ギターズの正しい歴史』

ギルド・ギターズの誕生から現在までをふり返る短期連載『ギルド・ギターズの盛衰と復活の歴史』。第3回は、1956年の工場移転の経緯と当時加入した未来を担う重要メンバー、そして1960年代頃のフォーク・リバイバルがもたらした最初の“黄金期”にフォーカス!

文=長谷鉄弘 デザイン=三本昌樹 Photo by Michael Ochs Archives/Getty Images

ホーボーケン工場への移転と、重要メンバーの加入

ギルド・ギターズにとって記念すべき最初の社屋はニューヨーク・マンハッタンにあったが(第2回参照)、過密都市の一隅は木工品の製作に適した場とは言い難く、夏にも窓を開けられないなどの致命的な欠点を抱えていた。さらに1950年代も半ばになると、アル・ドロンジを含む経営陣は、大きな発言力を持つようになった労働組合(ユニオン)との対立という、皮肉にも1952年のエピフォン社が直面していた状況(そしてギルド創業のきっかけのひとつになったもの)と同じ問題にも悩まされるようになった。

これらの問題を、アルは生産拠点を移転することで解決しようとした。1956年に、彼はハドソン川を挟んだマンハッタンの対岸=ニュージャージー州ホーボーケン(Hoboken)地区にあった“ノイマン・レザーズ”ビル(※1)の一画を新工場として確保し、同年末に稼働を開始する。

ノイマン・レザーズのビル

この工場は結果的に10年ほどしか使われなかったが、当時はまだ若かったギルドが飛躍的な成長を遂げるうえで大きな役割を果たすことになる。改善された労働環境が生産数の増加につながっただけでなく、1950年代末~70年代のギルドを牽引していくことになる主要な人物たちがこの“ホーボーケン期”に同社の門を叩いたのだ。

例えば、イタリアで楽器製作を学び、のちに個人製作家としても成功するカルロ・グレコ(1959年入社)、工場長として木材の品質管理体制を確立したボブ・ブロムバーグ(1956年入社)、ポルトガル出身のベテラン木工職人であったジュリオ・コスタ(1964年入社)らが、この時期に加入している。彼らはのちに、ギルドが“第一の黄金時代”を築くうえでそれぞれ大きな役割を担う、重要人物へと育つこととなる。

そんな彼らの多様なルーツは、移民がもたらす活力により驚異的な経済成長を遂げた戦後アメリカの写し鏡であり、ギルドが欧州とのコネクションを長く保ち続けた要因でもあったろう。実際に1950年代~60年代前半の同社は、フラットトップの高級器に見られるバック・ストライプの寄木細工やコルブ(Kolb)社のチューナー/ペグ、アーチトップに見られる“ハープ・テイルピース”などのパーツにドイツ製を用いた経緯がある。

※1:ドイツのマイクロフォン・メーカー“Neumann”と同名の皮革業者が入居していたこのビルは、ニューヨーク周辺における移民社会の広がりを想起させる。

新しい音楽の潮流と主力製品の変化

1950年代後半~60年代前半にかけてのギルドは、ホーボーケン工場と優れたスタッフを得て大きく成長した。この頃、アメリカではおもに戦後から始まった民衆音楽のルーツを見直す運動=“フォーク/ブルース・リバイバル・ムーブメント”が最盛期を迎えており、イギリスで産声を上げつつあった新しいロック・ミュージックとも呼応しながら、第二次世界大戦前~終戦直後に生まれた世代のミュージシャンたちが続々とレコード・デビューを果たしている。

彼らによる新世代のポピュラー・ミュージックは、同世代を中心とするリスナーたちに熱狂的な反応をもって受け入れられ、結果として“民衆の楽器”であるギターに対する需要の急激な増加を喚起した。

ギルド製品は創業当初から中~高級器の価格帯に属しており、リーズナブルなブランドと比べれば需要増の影響は少なかったと思われるが、それでも資料から読み取れる年間総生産数は1957年以前が約500~1,000本だったのが、1961年には約4,000本、1963年には10,000本近くに達している。

また、1950年代のギルドではフル・デプス・ボディを持つアーチトップ=ジャズ・ギターが生産本数の大きなウエイトを占めていたが、1960年代に入ると“F”や“D”といったフラットトップ・アコースティック群、スターファイアー・シリーズ(1960年~)を始めとするシンライン・ホロウ・ボディ・エレクトリックの比重が増したのも音楽シーンの流行と合わせて見逃せない変化だ。

1960年代半ば〜後半にかけては“再発見”されたミシシッピ・ジョン・ハート(F-30)やニューヨークのフォーク・シーンで活躍したデイヴ・ヴァン・ロンク(F-50R)らがギルドのフラットトップを弾き始めており、彼らの存在がブルース〜フォーク・シーンにおける同社の知名度を高めたのかもしれない。

Mississippi John Hurt
1963年7月に米国議会図書館でレコーディングをするミシシッピ・ジョン・ハート。手にしているのはF-30。
GUILD/Fシリーズ

著者プロフィール

長谷鉄弘(ながや・てつひろ)◎1970年生まれ。『ギター・マガジン』、『ギター・グラフィック』(いずれも小社刊)などの編集部員を経て1996年に独立。現在はライターとして、『ギター・マガジン』や『アコースティック・ギター・マガジン』、『The Effector Book』(シンコーミュージック)などに寄稿。

GUILD/Electric Guitar
GUILD/Acoustic Guitar