現代の音楽シーンにおける最重要ギタリストの1人、クルアンビンのマーク・スピアーが、世界中の“此処ではない何処か”を表現した快楽音楽を毎回1枚ずつ紹介していく連載。
今回のアルバムは、マーヴィン・ゲイの『ヒア、マイ・ディア』。数多くのセッション・ギタリストたちが奏でた“職人的プレイ”が光る1枚だ。
文=マーク・スピアー、七年書店(アルバム解説) 翻訳=トミー・モリー 写真=鬼澤礼門 デザイン=MdN
*この記事はギター・マガジン2021年11月号より転載したものです。
僕は裏方の職人的プレイから学ぶことが多いんだ。
マーヴィン・ゲイによる実に美しい作品だ。ギタリストはみんな凄く著名なわけではないが、セッション・ギタリストとして何千ものレコーディングに参加してきた人たちばかりだよね。彼らが脚光を浴びることは少ないが、僕はそういう人のプレイを聴くのが大好きなんだ。今後はもっと評価されていくべきだと思う。彼らの演奏はどこかしらで耳にしたことがあるはずだしね。あと個人的に、派手なパフォーマンスも含めたロックのギター・ヒーロー的なあり方に興味がない。シンプルに良い演奏を味わいたいんだ。
彼らセッション・ギタリストの凄いところは、参加する作品ごとに新しいスタイルでプレイしていることだ。その都度都度、アーティストやプロデューサーの要求を的確にキャッチしてプレイをしなければいけないだろう? その献身的なマインドこそが、“曲をさらに良くする”というベストな演奏への近道だと僕は思うんだ。長い経験と豊富なインプット、そして“絶妙に場をわきまえる”ことで、何か新しいものを生み出すのさ。
このアルバムはまず、リズム・ワークが実に素晴らしい。彼らはマーヴィンをサポートしつつ、さらに彼を“飾り付ける”ことに成功している。“このギターのパートは凄いぞ!”ということではなくて、すべてのメロディ、テクスチャー、間の取り方が素晴らしいんだ。基本的に派手なことは何一つしていないけれど、いざそれを自分でプレイしてみようと思うとそうそう簡単なものじゃないことに気が付くよ。
こういう利他的なプレイは、70年代後半という時代がそうさせたのかもしれないね。ギターが立った派手なものよりも、全体でグルーヴするような音楽が当時は主流だったから。それと、裏方としてのギターのあり方が熟成されていき、職人としての腕が高いレベルに達したんだろうね。僕はギターに限らず、そういう職人的な演奏に触発され、学び続けているよ。