当時の“ギタリストらしさ”とはまったく別のフィールドで自身の個性を確立したトム・ヴァーレイン。そのプレイスタイルはどのように生まれ、そして後進にどのような影響を及ぼしたのかを探っていこう。
文=長谷鉄弘 Photo by Chris McKay/WireImage/GettyImages
都会的でクールなプレイ・スタイル
トム・ヴァーレインが1970年代の“定番”や“王道”とは異なる一癖ある機材たちで編み出したのは、シングルコイル・ピックアップのクリーンな特性とナチュラル・オーバードライブ(※)のメタリックな質感をあわせ持つ鋭角的なトーンだった。
太くウォームな音色でブルージィなソロを弾くプレイヤーが人気を集めた1970年代にあって、60年代後半のヴェルヴェット・アンダーグラウンドやガレージ・ロックを想起させるトムのサウンドは異色だったに違いない。また、ブルースやR&Bといったルーツ・ミュージックからの影響をほとんど感じさせないそのトーンは、ニューヨークという都市のテンションとクールネスを体現しているようでもあった。
トムはあるインタビューで“レコードに合わせてギターを弾いたことが一度もない”、“ジャズは好きだけどジャズ・ギターは苦手なんだ。ジャズなら管楽器をよく聴くよ”と語ったが、確かに「Marquee Moon」の長いソロにおける間合い──プレイヤーの“呼吸”を感じさせる──やギタリストが頼りがちな手癖から遠く離れた独創的なフレーズは、ホーンによるインプロヴィゼーションをギターへ落とし込んだようにも聴こえる。エスノ・ミュージックを自己流で昇華した音律も、アルバート・アイラーやオーネット・コールマンらによるフリー・ジャズから影響を受けたものだろう。
ソロ・プレイに留まらず、歌のバックアップにおけるリチャード・ロイドとのコンビネーションも無駄を削ぎ落とした的確なもので、ヒリヒリするような緊張感に満ちた「Friction」から、「Guiding Light」のようなバラードの佳曲までを表情豊かに彩る手腕は見事だ。
トム・ヴァーレインが後世に残したもの
このようなトムのギター・プレイとテレヴィジョンのアンサンブルが多大な影響を与えたのは、同世代のパンク・バンドよりも少しあとに台頭するニュー・ウェイヴ~ポスト・パンク・ジェネレーションだったのではないか。
特にイギリスのモノクローム・セットやジ・オンリー・ワンズ、ザ・スミスら、時代が少し飛ぶがアメリカのピクシーズやソニック・ユース、R.E.M.らは、テレヴィジョンの都会的でクールなギター・サウンドを受け継いだ直系の子孫と言える。
また、アップタイトなニューヨークの空気感とでも言うべきものをギターで体現した点に着目すれば、アート・リンゼイやマーク・リーボー、ビル・フリゼール、ヴァーノン・レイドといったジャンルの異なるプレイヤーたちにもトムが落とした影を見出せるかもしれない。
トム・ヴァーレインのギターを生で聴くことはもうできないが、遺された音源の多くはアクセスが容易な状態にある。そのギターと歌、そして詩作は、今後もクリエイターを志す多くの人々を触発して止まないだろう。
脚注
※:1970年代のエフェクト・ペダルについては資料が少ないが、90年代にはマエストロ・エコープレックスを用いてチューブ・アンプの入力をプッシュしていたようだ。空間系ではエレクトロ・ハーモニックスのディレイやフェンダー・ディメンションIV(テル・レイ・エレクトロニクス社によるオイル缶エコー~ピッチ・モジュレーターのOEM)などの使用をインタビューで明かしている。
ギター・マガジン2023年5月号
『追悼 鮎川誠』
2023年4月13日(木)発売
2023年4月13日発売のギター・マガジン5月号には、ギタマガWEBの記事とは別のトム・ヴァーレイン追悼特集が掲載されています。