現代の音楽シーンにおける最重要ギタリストの1人、クルアンビンのマーク・スピアーが、世界中の“此処ではない何処か”を表現した快楽音楽を毎回1枚ずつ紹介していく連載。
今回の1枚は、メキシコ系アメリカ人のアコーディオン奏者=スティーヴ・ジョーダンの『エル・ウラカン』。ワルツのビートに乗っかる陽気なボーカル、アコーディオンが奏でる軽快なメロディ・ラインなど、ファニーで愉快なサウンドを存分に楽しめる。
文=マーク・スピアー、ギター・マガジン編集部(アルバム解説) 翻訳=トミー・モリー 写真=鬼澤礼門 デザイン=MdN
*この記事はギター・マガジン2023年4月号より転載したものです。
スティーヴ・ジョーダン
『エル・ウラカン』/1989年
通称“アコーディオンを持ったジミヘン”のご機嫌ラテン音楽
テキサス出身のメキシコ系アメリカ人で、眼帯がトレードマークのアコーディオン弾きによるソロ・アルバム(かのドラマーとは別人)。ラテン音楽とアメリカのポップスが混ざった“テハーノ”な世界観で、ご機嫌なアコーディオンの演奏がロックやソウル/ファンクなどに溶け込んだ独特な作風。春先のうららかな気分にマッチする明るいムードがとにかく素敵!
ギャングの親分って感じで、なかなかキマっているよ。
とにかくご機嫌なメキシカン・ラテン音楽といった雰囲気だけど、このアルバムはテハーノ(メキシコから来た移民がアメリカの音楽と自身のルーツ音楽を融合させたもの)と表現させてもらうかな。彼はテキサス出身でアコーディオン界のジミ・ヘンドリックスなんて言われる人なんだ。とにかくセオリーに縛られない、ワイルドなプレイ・スタイルが特徴だよ。
このアルバムは、とても高いレベルでプロデュースと録音がされた良作だと思う。上品なメキシコ音楽であり、なおかつラテン独特のムードたっぷりのコーラス、明るいアコーディオンの音色、のほほんとしたワルツのビートなど、とてもファニーで愉快なサウンドでもある。ギターは伴奏でちょっと入っている程度だけどね。
本作で驚きなのは、スティーヴ・ジョーダン自身がほぼすべての楽器をプレイしていることだね。『オースティン・シティ・リミッツ』(アメリカのライブ・コンサート番組)で彼がプレイしていた映像がネットで観られるはずだけど、かなり驚くと思うのでぜひチェックしてほしい。
まだ70年代後半なのに、なんと彼はループ装置を用いて演奏しているんだ。曲の半分をプレイしたらループ再生し、自分はアコーディオンをプレイするのをやめてしまい、ドリンクを飲んだりしている。その有様がまるでギャングの親分っていう感じで、なかなかキマっているんだよね。
そして陽気な曲ばかりだから、裏庭でバーベキューをしながら聴くのにはもってこいだね(笑)。テキーラとビールとタコスが似合うよ。
マーク・スピアー(Mark Speer) プロフィール
テキサス州ヒューストン出身のトリオ、クルアンビンのギタリスト。タイ音楽を始めとする数多のワールド・ミュージックとアメリカ的なソウル/ファンクの要素に現代のヒップホップ的解釈を混ぜ、ドラム、ベース、ギターの最小単位で独自のサウンドを作り上げる。得意技はペンタトニックを中心にしたエスニックなリード・ギターやルーズなカッティングなど。愛器はフェンダー・ストラトキャスター。好きな邦楽は寺内タケシ。