真空管サウンドを現代の技術で再現する──アンプ・ブランドにとって昨今の命題とされてきたこの課題に、Hughes&Kettnerが1つの答えを出した。それが“スピリット・トーン・ジェネレーター(Spirit Tone Generator)”だ。彼らがたどり着いたこの技術は、真空管アンプ回路の各セクションが起こす“相互作用”を再現することで、そのサウンドや操作感までを実現するというもの。これにより軽量化やコストダウンなど様々な利点があるのだが、その革新性について理解できている人は少ないだろう。今回はこの画期的なテクノロジーの正体に迫っていきたい。
文=井戸沼尚也、編集部
Spirit Tone Generatorの基本を解説
スピリット・トーン・ジェネレーター(Spirit Tone Generator/以下STG)とは、真空管を使わずにトラディショナルなチューブアンプの“真空管マジック”を得ることができる、Hughes&Kettnerが開発したテクノロジーである。
チューブアンプの名機を生み出し、そのメリット/デメリットを知り尽くした彼らは、“真空管マジック”の正体に1つの結論を出した。それは、“シングル・サーキット・セクションとアンプ・ステージ間、そしてトランスフォーマーとスピーカー間の不思議な相互作用”から生まれるものだった……と言われても、何のことだかわからない人も多いだろう。まずはSTGを知るために、この概念を図式化した以下の画像を見てほしい。
真空管アンプの動作
非真空管アンプの動作
Spirit Tone Generator搭載アンプの動作
つまり彼らは、真空管アンプならではの操作性やサウンドの正体が、チューブを使うことによる“各セクションの依存関係”にあると結論づけ、そのアクションを再現するためのシステムとしてSTGを開発したのだ。そして、この複雑でダイナミックな物理現象を、STGを軸にアナログ回路で再現することに成功した。
これによって、サウンドや弾き心地はチューブアンプの感覚を実現し、軽量/コンパクトで、かつ価格を抑えた製品やフォーマットを作ることが可能となった。
では、以下で具体的なポイントを見ていこう。
Spirit Tone Generatorにまつわる6つの注目ポイント
完全アナログ回路
STGは、デジタルによるモデリングではなく、アナログ回路で設計されているのがポイント。つまり、真空管の回路によって生まれる“結果”をデジタルで再現するのではなく、アナログのコンポーネントにより、チューブアンプと同様の物理的な相互作用、例えば、パワーアンプとドライバーの相互作用、ドライバーとEQの相互作用などをSTGを通して実際に起こしているのだ。
軽量、コンパクト
STGは12AX7管サイズのモジュールに収まっている。これを搭載することで、従来の真空管アンプには欠かせなかった大きく重い電源トランスなどがなくても、チューブアンプと同等のサウンドが楽しめる。200Wの大型アンプBLACK SPIRIT 200 HEADが約3.6kgと超軽量なのも、超小型アンプヘッドSPIRIT NANOシリーズが片手で持てるほど小さいのも、STGの功績によるものなのである。
SAGGINGコントロール
真空管パワーアンプをハードにプッシュするとチューブに高い負荷がかかり、電源電圧が急低下する(その結果、音量はやや下がり、コンプ感、歪みは増す)。この現象をサグという。SAGGINGはパワーアンプのサグをコントロールする機能で、ボリュームのレベルに関係なく心地良いコンプレッションとミドルを加えることができる。これにより表現の幅が大きく広がるはずだ。
慣れ親しんだ操作感と手軽さ
前述の通り、STGはデジタル・モデリング技術ではない。そのため、モデリング・アンプのようなプログラミングの必要は一切なく、慣れ親しんだアナログ・アンプと変わらない操作感で、望みのサウンドを手に入れることができる。また、リアルなチューブアンプの取り扱いのデリケートさ(振動に弱い、真空管が温まるのを待つなど)にわずらわされることもないだろう。
Black Spirit 200 Remote App for iPad/Android
BLACK SPIRITシリーズでは、リモート操作アプリとして“Black Spirit 200 Remote App”をiOS/Android版で提供している。Bluetoothで本体と接続すれば、すべてのパラメータをコントロール/モニタリング可能で、お気に入りのサウンドをプリセットとしてセーブしておくことも可能となる。さらに、クラウド上にアップされている著名ギタリストのセッティングもインストールできるのだ。
豊富な製品バリエーション
超コンパクトなSPIRIT NANOシリーズやフロア・タイプのAmpManシリーズ、クラウド上のプリセットをインストール可能なBLACK SPIRITシリーズが現在のラインナップである。STG自体のコンパクトさや、真空管を使っていないことでの汎用性の高さから、様々なスタイルの製品バリエーションを生み出し、“真空管の使い心地”を再現できるのも魅力の1つ。その可能性は未知数のため、今後の製品展開も注目だ!
Spirit Tone Generator搭載モデル紹介
BLACK SPIRIT 200 HEAD
最大200Wの真空管サウンドを重量3.6kgで実現!
アウトプット・パワーを最大200Wに設定できるうえ、20W/2Wにも切り替えられる大型のヘッドアンプ。しかし重量は約3.6kgと非常に軽量で、自宅からライブ会場やスタジオに持ち込む際の可搬性に優れている。
サギング・コントロール、8タイプのキャビネット・シミュレーションが可能なRED BOX AE +、空間系のビルドインエフェクトとノイズゲートを搭載し、128通りのプリセットが可能だ。専用アプリ“Black Spirit 200 Remote App”でリモート・コントロールもできる。
BLACK SPIRIT 200 COMBO
新開発エンクロージャーで4発キャビの音圧を
BLACK SPIRIT 200のコンボ・アンプ版。同HEADの機能はそのまま、200Wという大出力を支えるために、バスレフ型のエンクロージャーが新たに開発された。これにより、12インチ・スピーカー×1という仕様ながら、4発キャビネットのようなパワー感と音圧を実現。
真空管アンプの使い勝手を実現したこの大出力モデルで、サイズは445(W)×290(D)×450(H)mm、重量14.9kgというコンパクト/軽量な設計は驚きだ。
BLACK SPIRIT 200 Floor
MIDIボード一体型のフロア・タイプ・アンプ!
BLACK SPIRIT 200ヘッドとMIDIボードFSM432MK3が一体化した、フロアタイプのアンプ。BLACK SPIRIT 200ヘッドの基本性能はそのままに、外部エフェクターを接続するための2つのpre Loops、イヤー・モニターかFRFRスピーカーでギターの音にバンドの音をミックスするためのモニターIN機能、7つのプリセットにアクセスできる“direct 7”モードなど、さらなる機能が追加されている。
SPIRIT NANO SERIES
本格的なチューブ・サウンドを片手で持ち運び!
片手で持てる超コンパクトサイズながら、本格的なチューブアンプ・サウンドを再現するヘッドのシリーズ。クリーン〜クランチを得意とするSPIRIT OF Vintage 、ブリティッシュ・サウンド〜ブラウン・サウンドまでカバーするSPIRIT OF Rock、クラシックメタル〜モダンメタルに対応するSPIRIT OF Metalの三機種が揃っている。サイズからは想像できない50W出力を誇り、小規模なライブでも使用可能だ。
Hughes&Kettnerの担当者が語る、Spirit Tone Generatorの開発秘話
“真空管の回路によって生まれる結果の再現”ではなく、アナログな方法で真空管の回路そのものを再現しているのです。
2018年にBLACK SPIRIT 200を発表してから3年が経ちました。スピリット・トーン・ジェネレーター(以下STG)のサウンドについて、ユーザーからはどういった声が届いていますか?
当初の反応はとてもうしろ向きなものばかりでした。“真空管を使わずに真空管のようなサウンドが得られるテクノロジーを実現する”という約束は、その以前から多くのメーカーによってなされてきましたが、それまでに満足のいくものが少なかったのかもしれません。
しかし、実際に最初のBLACK SPIRIT 200が出荷されてからユーザーたちは興奮し、やっとその約束を叶える存在が出てきたことを証明できました。そしてこの反応は同時に、このテクノロジーが真空管アンプと競うのに十分なポテンシャルを秘めていることを証明してくれたのです。
今回はアンプそのものではなく、STGという技術について、日本のギター・ファンへ伝えたいと考えています。これはHughes&Kettnerの伝統的なチューブ・サウンドを再現する技術だと思いますが、まずは具体的にはどういった仕組みで動いているのかを簡単に教えて下さい。
STGの鍵となるポイントは極秘です。ただしはっきりと言えるのは、モデリング・アンプがやっているような“真空管の回路によって生まれる結果の再現”ではなく、アナログな方法で真空管の回路そのものを再現しているということです。真空管の中で生まれる複雑な相互作用は、トーンに躍動感を与え、それこそまさしく私たちが真空管のトーンを好む理由なのです。そしてSTGは、真空管の予測不能な挙動までも再現して生々しいトーンを生み出しています。
開発のスタートはどういうきっかけからだったのでしょうか?
Hughes&Kettnerは今までに、アンプに利用できるテクノロジーはすべて扱ってきました。純粋なソリッドステート回路、真空管プリアンプとソリッドステートのパワーアンプによるハイブリッド回路、フルチューブアンプ、そしてZenTeraなどのモデリング技術まで扱ってきました。しかしそれでもトーンやフィーリングという観点から、私たちは常に真空管に戻ることになったのです。
そしてもちろん、真空管のデメリットもすべてわかっています。これはあくまでも前世紀の前半に発明されたテクノロジーに基いていて、信頼性が必ずしも高いわけではなく、グッドなサウンドを得るためにはラウドにプレイしなくてはなりませんでした。まだ真空管によるメリットを最大限提供するためのテクノロジーが必ずあるはずと考え、そこから私たちはリサーチを始め、“真空管の中で生まれる複雑な相互作用”がポイントだと発見したのです。
開発のポイントはどこでしたか?
まず、アナログ・テクノロジーこそが適切なフィーリングを得るためのキーポイントであることを突き止めました。ギターがアナログな楽器である以上、アナログなアンプこそがパーフェクトな相互作用を得るために最良な方法なのです。
ギターに張られた弦によって動かされる電子は、即座にアナログ・アンプのスピーカー・コイルを動かす電子にぶつかり、そこにはレイテンシーもなければロスもありません。ソリッドステートのアンプでもこれができますが、ほぼモデリング・アンプのような正確さで、常に予測可能で躍動感に欠けてしまうんです。
また、ハイブリッドなアンプだとプリアンプによる真空管のグッドなトーンは得られますが、真空管によるパワーアンプとの相互作用が丸ごと抜け落ちてしまい、全容の半分しか再現できません。パワーアンプによるサチュレーションを含んだスウィートな真空管のトーンを、どんな音量でもレイテンシーなしに再現する方法は果たしてあるのだろうか?ということがポイントとなり、すべてが始まりました。
まず前提として聞きたいのですが、従来の非真空管アンプではなぜこの“複雑な相互作用”がないのでしょうか?
非真空管アンプでも実現は不可能ではありませんが、かなり難易度が高いものとなります。基本的なノン・チューブアンプでは各パートは独立した回路のように機能するのが、基本的なソリッドステートの構造なのです。ただ、これはこれで良いものですよ! ハイファイなステレオやPAシステムのように正確さが求められるシチュエーションでは大きなメリットをもたらします。
例えばパワーアンプ部について、ノン・チューブアンプではパワーアンプとプリアンプを簡単に切り離すことができますが、これによって何ら違いを生むことはありません。パワーアンプがトーンを形成することはなく、ただ最大限に正確にシグナルを増幅させるだけなのです。しかし、こういったノン・チューブなパワーアンプにハードに負荷をかけると、“壊れた”ようなサウンドとなり、真空管アンプのようなハーモニックな倍音を作ることはできず、単にサイン波が矩形波に変わってしまう。一方、真空管のパワーアンプがハードにプッシュされる時は、アンプのパワー・サプライの電圧は下がり、全体がポジティブな方向に影響を受けるのです。
私たちは今でも真空管を愛していて、これからも真空管アンプを続けていくつもりです。
公式のアナウンスによると、“シングル・サーキット・セクションとアンプ・ステージ間、トランスフォーマーとスピーカー間の複雑な相互作用”が重要ということですが、これらは具体的にどういった作用で音にはどのように現われている部分なのでしょうか?
そのとおり、それらの相互作用は重要です。パワーアンプ部を例にとって話を続けましょう。誰もが体験したことがあるよく知られたことの1つに、パワー・サプライとパワー管の相互作用によってトーンが変化するといった事実があります。先述のとおり、真空管パワーアンプをハードにプッシュすると、ハーモニックな倍音によってサウンドがよりリッチなものとなります。これはまさしくエディ・ヴァン・ヘイレンが考案したブラウン・サウンドでやっていたことです。彼は“ヴァリアック(Variable AC/出力ボルテージを可変させる装置)”を用いて自身が所有するプレキシを110ボルトではなく、90ボルトもしくはそれ以下で音量を下げてプレイしていました。これは言い換えると、低い音量下での複雑な相互作用によるメリットを得ていたのです。
話は逸れますがこれはまさしく“SAGGING”コントロールが提供しているもので、倍音やコンプレッションの利いたトーンを得るためのものなのです。しかしこれをパワーアンプそのものではなく、STG内で実現させています。
この相互作用をSTGは実際に起こしているのですか? それともその作用をシミュレートしたサウンド・メイクをさせているのですか?
複雑な相互作用を様々な箇所で詳細に行っています。デジタルなプロセスではなく、実体のアナログなコンポーネントによる物理的な相互作用です。STGに目をやると20本のピンがあります。シグナルはこれらを単純に通るのではなく、アンプの各ステージと相互作用します。この方法のみにより、真空管の複雑で予測不可能な挙動が得られるのです。
実際に“真空管マジック”を起こさせるための開発で最も苦労した部分はどういった点ですか?
STGを発明したベルンド・シュナイダーには真空管アンプを設計してきた経験が40年以上あります。彼はソリッドステートでの実験から始め、真空管の回路のように機能する新たな回路をデザインしたのですが、最大のチャレンジは“使える形”へと作り上げることでした。12AX7管サイズのモジュールに収まり、信頼性のある方法で製造可能で、様々な製品やフォーマットでも使えるようなものにしなければならなかったのです。クリアなビジョンとトーンを頭の中に持っていたベルンド・シュナイダーという天才なくして、これは実現していなかったことでしょう。
汎用性の高い技術となったわけですね。
STGはアンプ・ヘッド、コンボ・アンプ、そして画期的なAmpManと様々なフォーマットで使うことができて、コンパクトなペダルボード上でさえ本物のアンプを実現可能です。また、SPIRIT NANOシリーズはこのテクノロジーによって、小さくて軽量かつお求めやすい価格でのアンプに、新たなレベルのクオリティのトーンが実現できることを示したグレイトな代表例でしょう。真空管のパワーアンプをフルで鳴らした時に得られるトーンをどんな音量でも実現する製品はほかにないでしょうね。
STG搭載アンプは、実際の真空管アンプで名機を作っているHughes&Kettnerが作っているからこそ信頼できるものだと思います。改めて真空管が生み出すサウンドの魅力、そしてSTGでどういった部分が再現できたのかを教えてもらえますか?
私たちは今でも真空管を愛していて、これからも真空管アンプを続けていくつもりです。我々にとってSTGはラインナップへの新たな参入であり、真空管の代替ではありません。真空管にはこれからも存在し続ける理由があり、ユーザーの好みの真空管によってトーンをカスタマイズすることが可能です。特にTriAmpのようなアンプではソケットにフィットする真空管ならどんなものでも使うことができて、スウィートな高音とスムーズなローエンドを持つ6L6管をアグレッシヴなミドルが特徴のEL34とミックスし、そしてソロをプレイする時は一対のKT88管を使うことも可能です。これらはSTGにはないトーンと言うことができます。
では最後に、日本のギター・ファンへメッセージをお願いします。
真空管が持つ美しいトーンを知り、そしてデジタル製品のサウンドやフィーリングに違和感を抱いてきたすべてのギター・プレイヤーたちのために、STGは作られました。プログラミングは一切必要ありませんし、すべてのコントロールはあなたが慣れ親しんできた真空管アンプと同様に使うことができます。信頼性が高く軽量で、プレイヤー自身が電車や地下鉄で持ち運ぶことも可能です。真空管が暖まる時間を待つ必要もなく迅速にセットアップできますし、近所迷惑を気にして音量を下げる際にもサウンドの妥協を強いることはありません。
STGによってあなたは妥協することを終わらせてくれるでしょう。真空管アンプと同じトーンとフィーリングを得ながらも、モデリング・アンプの信頼性と使い勝手を手にすることでしょう。
そしてこれは、BLACK SPIRITシリーズで展開しているダウンロード・プラットフォーム“Cloud of Tone”のアーティストたちによるプリセットにインスパイアされたいと願うモダンなギタープレイヤーたち、AmpManを用いて自身のペダルボードでサウンドを完結させたいと願うもっとトラディショナルなプレイヤーたちの両者にピッタリなものと考えています。