真空管サウンドを現代の技術で再現する──アンプ・ブランドにとって昨今の命題とされてきたこの課題に、Hughes&Kettnerが1つの答えを出した。それが“スピリット・トーン・ジェネレーター(Spirit Tone Generator)”だ。彼らがたどり着いたこの技術は、真空管アンプ回路の各セクションが起こす“相互作用”を再現することで、そのサウンドや操作感までを実現するというもの。これにより軽量化やコストダウンなど様々な利点があるのだが、その革新性について理解できている人は少ないだろう。今回はこの画期的なテクノロジーの正体に迫っていきたい。
文=井戸沼尚也、編集部
Spirit Tone Generatorの基本を解説
スピリット・トーン・ジェネレーター(Spirit Tone Generator/以下STG)とは、真空管を使わずにトラディショナルなチューブアンプの“真空管マジック”を得ることができる、Hughes&Kettnerが開発したテクノロジーである。
チューブアンプの名機を生み出し、そのメリット/デメリットを知り尽くした彼らは、“真空管マジック”の正体に1つの結論を出した。それは、“シングル・サーキット・セクションとアンプ・ステージ間、そしてトランスフォーマーとスピーカー間の不思議な相互作用”から生まれるものだった……と言われても、何のことだかわからない人も多いだろう。まずはSTGを知るために、この概念を図式化した以下の画像を見てほしい。
つまり彼らは、真空管アンプならではの操作性やサウンドの正体が、チューブを使うことによる“各セクションの依存関係”にあると結論づけ、そのアクションを再現するためのシステムとしてSTGを開発したのだ。そして、この複雑でダイナミックな物理現象を、STGを軸にアナログ回路で再現することに成功した。
これによって、サウンドや弾き心地はチューブアンプの感覚を実現し、軽量/コンパクトで、かつ価格を抑えた製品やフォーマットを作ることが可能となった。
では、以下で具体的なポイントを見ていこう。
Spirit Tone Generatorにまつわる6つの注目ポイント
Spirit Tone Generator搭載モデル紹介
Hughes&Kettnerの担当者が語る、Spirit Tone Generatorの開発秘話
“真空管の回路によって生まれる結果の再現”ではなく、アナログな方法で真空管の回路そのものを再現しているのです。
2018年にBLACK SPIRIT 200を発表してから3年が経ちました。スピリット・トーン・ジェネレーター(以下STG)のサウンドについて、ユーザーからはどういった声が届いていますか?
当初の反応はとてもうしろ向きなものばかりでした。“真空管を使わずに真空管のようなサウンドが得られるテクノロジーを実現する”という約束は、その以前から多くのメーカーによってなされてきましたが、それまでに満足のいくものが少なかったのかもしれません。
しかし、実際に最初のBLACK SPIRIT 200が出荷されてからユーザーたちは興奮し、やっとその約束を叶える存在が出てきたことを証明できました。そしてこの反応は同時に、このテクノロジーが真空管アンプと競うのに十分なポテンシャルを秘めていることを証明してくれたのです。
今回はアンプそのものではなく、STGという技術について、日本のギター・ファンへ伝えたいと考えています。これはHughes&Kettnerの伝統的なチューブ・サウンドを再現する技術だと思いますが、まずは具体的にはどういった仕組みで動いているのかを簡単に教えて下さい。
STGの鍵となるポイントは極秘です。ただしはっきりと言えるのは、モデリング・アンプがやっているような“真空管の回路によって生まれる結果の再現”ではなく、アナログな方法で真空管の回路そのものを再現しているということです。真空管の中で生まれる複雑な相互作用は、トーンに躍動感を与え、それこそまさしく私たちが真空管のトーンを好む理由なのです。そしてSTGは、真空管の予測不能な挙動までも再現して生々しいトーンを生み出しています。
開発のスタートはどういうきっかけからだったのでしょうか?
Hughes&Kettnerは今までに、アンプに利用できるテクノロジーはすべて扱ってきました。純粋なソリッドステート回路、真空管プリアンプとソリッドステートのパワーアンプによるハイブリッド回路、フルチューブアンプ、そしてZenTeraなどのモデリング技術まで扱ってきました。しかしそれでもトーンやフィーリングという観点から、私たちは常に真空管に戻ることになったのです。
そしてもちろん、真空管のデメリットもすべてわかっています。これはあくまでも前世紀の前半に発明されたテクノロジーに基いていて、信頼性が必ずしも高いわけではなく、グッドなサウンドを得るためにはラウドにプレイしなくてはなりませんでした。まだ真空管によるメリットを最大限提供するためのテクノロジーが必ずあるはずと考え、そこから私たちはリサーチを始め、“真空管の中で生まれる複雑な相互作用”がポイントだと発見したのです。
開発のポイントはどこでしたか?
まず、アナログ・テクノロジーこそが適切なフィーリングを得るためのキーポイントであることを突き止めました。ギターがアナログな楽器である以上、アナログなアンプこそがパーフェクトな相互作用を得るために最良な方法なのです。
ギターに張られた弦によって動かされる電子は、即座にアナログ・アンプのスピーカー・コイルを動かす電子にぶつかり、そこにはレイテンシーもなければロスもありません。ソリッドステートのアンプでもこれができますが、ほぼモデリング・アンプのような正確さで、常に予測可能で躍動感に欠けてしまうんです。
また、ハイブリッドなアンプだとプリアンプによる真空管のグッドなトーンは得られますが、真空管によるパワーアンプとの相互作用が丸ごと抜け落ちてしまい、全容の半分しか再現できません。パワーアンプによるサチュレーションを含んだスウィートな真空管のトーンを、どんな音量でもレイテンシーなしに再現する方法は果たしてあるのだろうか?ということがポイントとなり、すべてが始まりました。
まず前提として聞きたいのですが、従来の非真空管アンプではなぜこの“複雑な相互作用”がないのでしょうか?
非真空管アンプでも実現は不可能ではありませんが、かなり難易度が高いものとなります。基本的なノン・チューブアンプでは各パートは独立した回路のように機能するのが、基本的なソリッドステートの構造なのです。ただ、これはこれで良いものですよ! ハイファイなステレオやPAシステムのように正確さが求められるシチュエーションでは大きなメリットをもたらします。
例えばパワーアンプ部について、ノン・チューブアンプではパワーアンプとプリアンプを簡単に切り離すことができますが、これによって何ら違いを生むことはありません。パワーアンプがトーンを形成することはなく、ただ最大限に正確にシグナルを増幅させるだけなのです。しかし、こういったノン・チューブなパワーアンプにハードに負荷をかけると、“壊れた”ようなサウンドとなり、真空管アンプのようなハーモニックな倍音を作ることはできず、単にサイン波が矩形波に変わってしまう。一方、真空管のパワーアンプがハードにプッシュされる時は、アンプのパワー・サプライの電圧は下がり、全体がポジティブな方向に影響を受けるのです。
私たちは今でも真空管を愛していて、これからも真空管アンプを続けていくつもりです。
公式のアナウンスによると、“シングル・サーキット・セクションとアンプ・ステージ間、トランスフォーマーとスピーカー間の複雑な相互作用”が重要ということですが、これらは具体的にどういった作用で音にはどのように現われている部分なのでしょうか?
そのとおり、それらの相互作用は重要です。パワーアンプ部を例にとって話を続けましょう。誰もが体験したことがあるよく知られたことの1つに、パワー・サプライとパワー管の相互作用によってトーンが変化するといった事実があります。先述のとおり、真空管パワーアンプをハードにプッシュすると、ハーモニックな倍音によってサウンドがよりリッチなものとなります。これはまさしくエディ・ヴァン・ヘイレンが考案したブラウン・サウンドでやっていたことです。彼は“ヴァリアック(Variable AC/出力ボルテージを可変させる装置)”を用いて自身が所有するプレキシを110ボルトではなく、90ボルトもしくはそれ以下で音量を下げてプレイしていました。これは言い換えると、低い音量下での複雑な相互作用によるメリットを得ていたのです。
話は逸れますがこれはまさしく“SAGGING”コントロールが提供しているもので、倍音やコンプレッションの利いたトーンを得るためのものなのです。しかしこれをパワーアンプそのものではなく、STG内で実現させています。
この相互作用をSTGは実際に起こしているのですか? それともその作用をシミュレートしたサウンド・メイクをさせているのですか?
複雑な相互作用を様々な箇所で詳細に行っています。デジタルなプロセスではなく、実体のアナログなコンポーネントによる物理的な相互作用です。STGに目をやると20本のピンがあります。シグナルはこれらを単純に通るのではなく、アンプの各ステージと相互作用します。この方法のみにより、真空管の複雑で予測不可能な挙動が得られるのです。
実際に“真空管マジック”を起こさせるための開発で最も苦労した部分はどういった点ですか?
STGを発明したベルンド・シュナイダーには真空管アンプを設計してきた経験が40年以上あります。彼はソリッドステートでの実験から始め、真空管の回路のように機能する新たな回路をデザインしたのですが、最大のチャレンジは“使える形”へと作り上げることでした。12AX7管サイズのモジュールに収まり、信頼性のある方法で製造可能で、様々な製品やフォーマットでも使えるようなものにしなければならなかったのです。クリアなビジョンとトーンを頭の中に持っていたベルンド・シュナイダーという天才なくして、これは実現していなかったことでしょう。
汎用性の高い技術となったわけですね。
STGはアンプ・ヘッド、コンボ・アンプ、そして画期的なAmpManと様々なフォーマットで使うことができて、コンパクトなペダルボード上でさえ本物のアンプを実現可能です。また、SPIRIT NANOシリーズはこのテクノロジーによって、小さくて軽量かつお求めやすい価格でのアンプに、新たなレベルのクオリティのトーンが実現できることを示したグレイトな代表例でしょう。真空管のパワーアンプをフルで鳴らした時に得られるトーンをどんな音量でも実現する製品はほかにないでしょうね。
STG搭載アンプは、実際の真空管アンプで名機を作っているHughes&Kettnerが作っているからこそ信頼できるものだと思います。改めて真空管が生み出すサウンドの魅力、そしてSTGでどういった部分が再現できたのかを教えてもらえますか?
私たちは今でも真空管を愛していて、これからも真空管アンプを続けていくつもりです。我々にとってSTGはラインナップへの新たな参入であり、真空管の代替ではありません。真空管にはこれからも存在し続ける理由があり、ユーザーの好みの真空管によってトーンをカスタマイズすることが可能です。特にTriAmpのようなアンプではソケットにフィットする真空管ならどんなものでも使うことができて、スウィートな高音とスムーズなローエンドを持つ6L6管をアグレッシヴなミドルが特徴のEL34とミックスし、そしてソロをプレイする時は一対のKT88管を使うことも可能です。これらはSTGにはないトーンと言うことができます。
では最後に、日本のギター・ファンへメッセージをお願いします。
真空管が持つ美しいトーンを知り、そしてデジタル製品のサウンドやフィーリングに違和感を抱いてきたすべてのギター・プレイヤーたちのために、STGは作られました。プログラミングは一切必要ありませんし、すべてのコントロールはあなたが慣れ親しんできた真空管アンプと同様に使うことができます。信頼性が高く軽量で、プレイヤー自身が電車や地下鉄で持ち運ぶことも可能です。真空管が暖まる時間を待つ必要もなく迅速にセットアップできますし、近所迷惑を気にして音量を下げる際にもサウンドの妥協を強いることはありません。
STGによってあなたは妥協することを終わらせてくれるでしょう。真空管アンプと同じトーンとフィーリングを得ながらも、モデリング・アンプの信頼性と使い勝手を手にすることでしょう。
そしてこれは、BLACK SPIRITシリーズで展開しているダウンロード・プラットフォーム“Cloud of Tone”のアーティストたちによるプリセットにインスパイアされたいと願うモダンなギタープレイヤーたち、AmpManを用いて自身のペダルボードでサウンドを完結させたいと願うもっとトラディショナルなプレイヤーたちの両者にピッタリなものと考えています。