ブルーグラス・シーンで頭角を現わしてきたフラットピッキングの若き天才、モリー・タトルが多岐のジャンルにわたる全10曲に挑んだカバー・アルバム『…but i’d rather be with you』をリリース。ザ・ナショナル、ランシド、ヤー・ヤー・ヤーズという意外な選曲でも驚かせるカバーが、彼女の存在をブルーグラス以外のファンにもアピールすることは必至だろう。今回のインタビューでは意欲作となったアルバムについてはもちろん、彼女のバックグラウンドやプレイ哲学についても聞いた。
取材=山口智男 翻訳=トミー・モーリー 写真=Zach Pigg & Chelsea Rochelle
デヴィッド・グリアーは
最も影響を与えてくれた人だと思う。
全10曲がカバーという今回の『…but i’d rather be with you』はリモートで完成させたそうですね。
この春の自宅待機期間中に作ったのよ。ベーシックな機材をそろえてから、いくつか私のお気に入りの曲をレコーディングして、今回、アルバムをプロデュースしてくれたトニー・ベルグに送ったの。彼はロサンゼルスに住んでいて、彼が自宅にスタジオを持っているセッション・ミュージシャンたちに送ってくれた。何度もファイルを送り合いながら、完成させたんだけど、こんなにメールのやり取りをしたのは初めてじゃないかしら(笑)。
トニー・ベルグに送った録音データというのは、あなたのギターと歌以外のパートはどの程度まで入れていたんですか?
私は歌とギターしかレコーディングしていないわ。それが各曲の骨格となった。だからソロのアレンジなんかは自分で考えたけど、それ以外のパートは各ミュージシャンたちがそれに対して加えていく形でやってくれたのよ。
そういう作り方に最初、不安はなかったですか?
時折ストレスに感じることはあったけど、トニーと参加してくれたミュージシャンたちのことを完全に信頼していたわ。彼らがやってくれることはすべて素晴らしいサウンドになるってわかっていたから。それよりも気がかりだったのは、私は今まで自分の曲だけを自分のアルバムでレコーディングしてきたから、カバー・アルバムを出すことをみんながどう思うかってことだった。だから、ファンからの温かいレスポンスの数々には驚かされたわ。もちろん、いい意味でね。
ここであなたのキャリアを振り返らせて下さい。お父さんの影響で、8歳の時にギターを弾き始めたそうですが、どんなきっかけがあったのでしょうか?
学校で友達がギターをプレイしているのを聴いて、両親にギターをねだったのよ。
ギターのどんなところに魅力を感じたのでしょうか?
昔から私は音楽をプレイすることに憧れを持っていたんだけど、ギターはたくさんのスタイルの音楽でプレイされているでしょ? それに歌の伴奏をするうえでグレイトな楽器ということに魅力を感じてきたわ。
その後、お父さんやご家族と一緒におもにブルーグラスのシーンで活動を続け、今ではフラットピッキングの若き天才と謳われています。ギター・プレイはブルーグラスからの影響が一番大きいのでしょうか?
そうね。私のプレイはフラットピッキングのスタイルにかなり深く根づいていると思う。だからほかのスタイルの音楽をプレイする時でも、それが私のボキャブラリーとなっている。フラットピッキングはひとつの技術として私のギター・プレイに絡みこんでいるけれど、フィンガーピッキングやクローハンマー・スタイルでギターを弾くこともあるわ。
影響を受けたギタリストは?
デヴィッド・グリアーはブルーグラスのギター・スタイルという点で、恐らく最も影響を与えてくれた人だと思う。クロスピッキングについては、彼から本当にたくさんのことを学んだわ。それにトニー・ライスとクラレンス・ホワイトからも影響を受けた。デヴィッド・ロウリングスも私がずっと好きなプレイヤーのひとりで、彼のソロを学ぶためにたくさんの時間を費やしたわね。彼のプレイスタイルからもずいぶん学ばせてもらったわ。
今回、カバーしている楽曲の幅広さから想像すると、どこかのタイミングでエレクトリック・ギターも手に取ったんじゃないかと思うのですが。
ここ何年かエレクトリック・ギターを弾いているんだけど、ライブでプレイしたことはまだないわ。でも、新作の「Something’s On Your Mind」(カレン・ダルトンのカバー)ではエレクトリック・ギターをプレイしている。
ギターの腕を上達させるうえで、どんなことをやってきましたか?
もう何年もの間、ルーティーン的な練習を行なっている。スケールやアルペジオのドリルを行なってから、新曲を覚えてそれに合わせてインプロヴァイズしてみるっていう。あとは、ほかの人とプレイしてきたことも上達するために役立ったと思うわ。
そのルーティーン的な練習は今も続けているんですか?
今でもやっているけど、必ずしも毎回まったく同じにやっているわけではないわね。
ギターはカメレオンみたいな楽器
今回のアルバムでは、ザ・ナショナルの「Fake Empire」やローリング・ストーンズの「She’s A Rainbow」の印象的なピアノ・フレーズや、ヤー・ヤー・ヤーズの「Zero」のエレキ・ギターのフレーズをアコースティック・ギターにアレンジしています。そんなふうに昔から、いろいろな曲のさまざまな楽器のフレーズをアコースティック・ギターで弾いていたのですか?
ほかの楽器のパートをアコースティック・ギターにアレンジしてレコーディングしたのは今回が初めてだけど、それ自体は昔から好きでよくやっていたわ。ギターってとてもカメレオンみたいな存在の楽器で、いろんな楽器のサウンドを置き換えてプレイすることが可能なのよ。
ランシドの「Olympia, WA」とキャット・スティーヴンスの「How Can I Tell You」は、ギターのボディを存分に響かせたプレイが印象的でした。プレイあるいはレコーディングではどんな工夫をしているのでしょうか?
これらの曲では2本のギター・トラックをレコーディングしているわ。ワンテイクを録ったあと、まったく同じプレイをもう1度レコーディングしているのよ。そうすることでかなりフルサウンドなパートになっていると思う。ギター・トラックはSHUREのSM 57とSM 7Bでレコーディングしたわ。
「Zero」の流れるようなギター・ソロが素晴らしいです。ブルーグラス・スタイルのソロを作る時はどのように考えるのですか?
基本的には、録音したいと思えるものが出てくるまで、ひたすらインプロヴァイズするのよ。「Zero」のようなソロの場合、気に入るものが出てくるまで、たくさんのテイクをプレイしていたわ。
ブルーグラスのギター・ソロは、コード・トーンを展開していくのがポイントのひとつだと思うのですが、どういうアプローチを考えていますか?
ソロをプレイする時、私はコードの音をかなり意識しているわ。基本的な1、3、5度に対してスケールの何番目の音を入れるのか考えたうえで、コードにハマるメロディをプレイしている。そうすればほかの音も取り入れてカラーやテンションを作り出せるようになるのよ。
開放弦の使い方もポイントだと思います。ギター・ソロにおいて開放弦をどのような意識で使うべきか、アドバイスをお願いします。
確かに開放弦はたくさん使わっているわね。私は開放弦を鳴らし続けるのと同時にメロディをプレイするのが好きなの。そうすることでコード感が出せる。それに、開放弦を挟むとネック上の移動もしやすいしから、例えば開放弦をプレイしている間に左手をハイポジションに移動させたりするのも良いわよね。
日本でプレイできる日が来たら、
私の夢が叶うことになるわ!
今回、アコースティック・ギターのアレンジを考えるうえで意識したことや大事にしたことは?
曲ごとに異なる、さまざまなムードを作ること。そして、私のギター・プレイをさらに新たな方向へと突き進めていくことを意識したわ。
レコーディングであなたが使ったギターを教えて下さい。
Pre-war Guitars Co.のギターをすべての曲で使っていて、「Something’s On Your Mind」だけCollingsのホロウ・ボディのエレクトリック・ギターをプレイしているわ。
今回のアルバムはブルーグラスを含むアメリカーナのファン以外にも幅広いリスナーにアピールできる作品だと思うのですが、ファン層を広げるという狙いもあったのでしょうか?
このアルバムが新しいファンに届くことも願っていたけど、おもに考えていたのは“この難しい時代に何かを誰かと共有すること”だった。今こそまさに音楽が人々にとって大切なものだと思っていて、新たな音楽をこうやってリリースできたことをとてもうれしく思っているわ。
カントリーから出発しながら、カントリーだけに止まらないテイラー・スウィフトのようなアーティストについてはどう思いますか? あなたが今後活動する上で参考になることはあるでしょうか?
異なるジャンルにも足を踏み入れ、さまざまな作品を作り出すアーティストたちに、確かに私は影響を受けている。今回カバーした人のひとりであるアーサー・ラッセル(「A Little Lost」をカバー)も、びっくりするくらい幅広い音楽スタイルの曲を作ってプレイしてきた。彼は私の大きなインスピレーションの源よ。アーティストとして自分の内なる声に耳を傾け、新たなことにトライするのは難しいけど、やりがいのあることだと思っているわ。
今年はもう1枚、オリジナル曲だけのアルバムを作る予定があるそうですね。
どんなサウンドになるのか、今の段階ではまだわからないわ。今もたくさん曲を作っていて、次のアルバムで伝えたいことを模索しているところよ。
現在はCOVID-19の影響で海外へ行くのも難しくなってしまいましたが、日本であなたのステージを見られることを楽しみにしています。ぜひ日本のギター・ファンにメッセージをお願いします。
近い将来、安全になって、みんなに会える日を楽しみにしている。もし日本で音楽をプレイできる日が来たら、私の夢が叶うことになるわ!
作品データ
『…but i’d rather be with you』
モリー・タトル
BSMF/BSMF-6193/2020年9月18日リリース
―Track List―
01.Fake Empire
02.She’s A Rainbow
03.A Little Lost
04.Something On Your Mind
05.Mirrored Heart
06.Olympia, WA
07.Standing On The Moon
08.Zero
09.Sunflower, Vol. 6
10.How Can I Tell You
―Guitarists―
モリー・タトル、トニー・バーグ