時代を描くフォーク・オーケストラ=ROTH BART BARONが、最新アルバム『無限のHAKU』を完成させた。コロナ禍の憂いに対して真摯に音で向き合うことで生まれた11の楽曲を収録。今回、中心人物であるフロントマンの三船雅也とバンドの表現に欠かせないギタリストである岡田拓郎に、作品制作について話を聞いた。ここでは前編に続き、後編をお届けしよう。
取材:尾藤雅哉(Sow Sweet Publishing)
すべての音を肯定してくれるのは
音楽界で灰野敬二と三船雅也だけ(岡田)
ロット(ROTH BART BARON)の曲作りの場合、フレーズと音、どちらが先ですか? 弾く楽器や音が変われば、引き出されるフレーズも変わると思うんですけど。
岡田拓郎 ロットは録音の時、毎回みんな自由だよね。“プリプロでやってたのと違うじゃん”ってこともある。ギター2人はもちろん、ドラムもベースもそうだし。決められたことを……ロットだと“何をやってほしい”ってまったく言われないんです。任せてくれる。プリプロの音源ももらったけど、ギターが入ってなかったしね。
岡田さんの部屋は空けてあるよ、みたいな。
岡田 そういう気遣いを感じました。アコギだけ入ってるんだけど、フレーズっぽいやつは全然入ってないから、“任せるよ”ってことなんだなと。
今回、今までと違う録り方をしていて。ロットのベーシック録りって、三船くんが歌ってギターを弾いて、西池達也さんが鍵盤を弾いて、ベースとドラムも僕も一緒にせーので全部録るんです。大体その時は“リズムが気持ち良かったらOK”って感じだけど、僕のギターなんて基本ぷかぷか漂う煙みたいなものだし、しかも9割方、その場で思いついたことをやるから……。
例えば、同じ曲を5テイクやったとしたら、次の曲のセッティングまでマイキングの調整とかをしている時間にPro Toolsを借りて、5テイク分の自分が即興的に録ったフレーズを全部組み立て直しているんです。“ここ、おもしろかったね”って。狙いとしては、手グセの良いところも、その瞬間に出てきた今まで弾いたことも考えたこともないフレーズも、レコードになる時はコントロールしてみたいというところで。
三船雅也 岡田くんはとんでもなく繊細な次元で、音の質感やテクスチャー、トーンを本能的、嗅覚的にグググッてコントロールする。プレイヤーとして反応が早いっていうか……指が脳と直通っていうか、心と直通になってるところがあるんです。本能的で、かつ1レイヤー、1レイヤー、かなり丁寧に組んでる。それを横から見て、いつもすげえなって思います。今回、いっせーので録ったことが多かったので、特に。
ベーシック録りの話が出たところでリズムに関して聞きたいのですが、「Ubugoe」のギターは、かなりうしろに溜めたタイミングで鳴らしていますよね。
三船 うちのリズム隊、楽しくなると先に行っちゃうタイプなんで、そこをなんとか俺たちがレイドバックさせるっていう(笑)。普通、ドラムがうしろに行くはずなんだけど(笑)。なのでうちのグルーヴは、そこがちょっとおもしろいんですよね。僕たちギターが感じてるうしろの感じとの絶妙なズレが、あの曲のヒントっていうか、コアになってるっていう。
岡田 あれも、エフェクターが制御不能な状態だったから……。
三船 Shallow Water(Fairfield Circuitry製)だっけ? あれもカナダのメーカーだよね。
岡田 そうそう。個人が作ってるペダルで、アタックが消えるコーラスみたいな。なんでそんなのを作ったかわかんないですよね。さらに“和音がバグるWhammyでコードを弾く”みたいな感じのやつだから、どうやったってタイムがおかしいし、みたいな(笑)。
三船 Shallow Waterは、弾く本人が消そうと思ってない感じでフィルターがかかっちゃうみたいで。単純にアレだよね、岡田くんはちゃんとオンタイムで弾いてるけど、エフェクターの計算処理が間に合ってないんだよね、たぶん。
岡田 なのでペダルの効果とリズム隊のグルーヴが合わさった相乗効果でそう聴こえているんだと思います(笑)。
なるほど。でも編集して鳴らすタイミングのグリッドを揃えちゃうと、面白味がないですもんね。
三船 そうなんですよね。やっぱきっちり揃えたらいいというものでもなくて。そこはかなり注意しました。揃えてみたこともあるんですけど、やり過ぎると、みんな同じ顔のインスタみたいになっちゃうんです。プレイヤーやバンドの個性が消えちゃうので、修正をどこまでやるのかっていう塩梅はすごく気を遣いました。
そこまで自由だと、ロットだと何をもってミスとするんですか?
三船 自己申告制ですね。“今日ダメだったわ”って自分で言う。
岡田 灰野敬二さんが“僕はすべての音を肯定する”って言っていたインタビューがあるんですけど、三船くんもまったく同じこと言ってましたね(笑)。すべての音を肯定してくれるのは、音楽界で灰野敬二と三船雅也だけです(笑)。
三船 僕のハードルが高くなっちゃうじゃん(笑)。15人編成とかやってるとね、それぞれが出す音をすべて受け入れるっていうか……そもそも受け入れられる音を出す人だからこそ、一緒にステージに立とうと思うんですけど。それを受け入れられない人だったら、選ばないです。しかも、本当にやってほしいところはちゃんとディレクションしてるから。それ以外のところは、根幹の楽曲もすごくシンプルなので、何が乗っても大丈夫だと思ってます。
何がミスって……その人が思い切りステージとか、演奏で楽しめなかったらミスなんじゃないですかね。悔いが残ったりとか。音源やライブを通して、リスナーに伝えることができなかったら、それはミスなんじゃないですかね。そういう感じかな。
そもそもライブとかレコードも、その時の記録です。失敗やミスの明確な線引きは音楽にはないんだろうけどれも、それを製品にした時の完成度みたいなところが一般的な尺度になってはいますよね。
三船 もちろん、上手い下手とか、ミスがあったりとかはあると思います。でも、楽曲が持つべきトーンや質感、ギターに至ってはその和音、どのコード感にしてどの弦を弾いて、どの弦を弾かないのかとかの選択など、そういったものをちゃんと間違えないで選ぶっていうのは、けっこうシビアに判断していますね。適当にやっていいわけじゃないし。
「Eternal」ではブリッジ部分の弦をヒットした金属的な響きでギターを鳴らしていますね。
岡田 使ったのがJaguarなんで、ギター全部を使ってあげようって感じで。この曲はギター・シンセ+Jaguarでやったんですけど即興でやってるから、あんま覚えてない……逆再生とかしたのかな?
三船 やってたかも。
岡田 僕はギタリストとして、“初見で譜面を読めるおじさん”じゃないから、そういうったものを求められていない現場に呼ばれることが多くて。さらにロットだったら特に、映画の“汚し屋”って言うんですか? 着物とか美術を汚す役みたいな、そういうつもりでいるんです。
それに僕はポストプロダクションが得意なミュージシャンだと思ってるから、ロットのライブの時は“リアルタイムにポスト・プロダクションをやる”みたいな意識がある。その“やってる自分も何が起こるかわからない”みたいなスリリングな感覚を、録音作品に入れ込めたらというのは今回意識してた点で。アルバムで聴けるグラニュラーやモジュラー・シンセみたいな音はみんなでせーので録ってるベーシック録音の時にリアルタイムで操作しました。
三船 岡田くんは、同じ演奏のくり返しでも、音色を変えていたり、フレーズを変えていたりとかしていて。それによって、自分たちの中でも本当に微妙な違いなんですけど、楽曲の印象が変わる。同じ青でも、ちょっと濃淡を加えていく感じっていうか。
岡田 2人ともめちゃくちゃポスト・プロダクションが好きで、それをやるのは前提です。プラモデルを作り込むみたいな感覚が近いと思ったりするよね。タミヤの戦車をどこまで汚すかみたいなの、好きじゃん?
三船 確かにね。汚しのテクスチャーね。しかもプラグインを使ったデジタル上で汚さないで、アナログでやるという。
岡田 そう。アナログの粒感は何物にも変えられないし、やっぱりつまみは指先でコントロールしたいよね。
この流れで、制作で使った機材についてお伺いします。
三船 僕はギブソンのJ-200。たぶん2000年代くらいのモデルです。“ピックガードが上下2つ付いてるボブ・ディランみたいなやつが欲しいな”と思って手に入れました。フォーク・ミュージックとカントリー好きなんで。ブリッジがチューン・オー・マティックなので音が少しジャリッとしてて、あまりローが鳴り過ぎないところがすごい使いやすい。
岡田さんのギターは?
岡田 録音の時は気分で変えていたんですけど……今回はいつも使っている65年製のJaguarがメイン。あと、GuyatoneのGold Foilピックアップをフロントに搭載した66年製テレキャスターや72年製のストラト、フラットワウンドを張ったHarmonyのフルアコなんかも使いました。
三船 ほかにも僕はHarmonyのStellaっていう60年代の初心者セットのパーラー・ギターをかなり使いました。最初、ナイロン弦を張っていたんですけどレコーディングの途中でスチール弦に変えて、それに2020年代のエフェクターをつないだりして。あとZEN-ONのGold Foilがフロントとリアに付いたビザール・ギターなんかも使いましたね。Gold Foilがこんなに鳴ってるアルバム、なかなかないと思います。
岡田 アルバムで鳴っているギターの50%、Gold Foilの音だね。
三船 ライ・クーダーかブレイク・ミルズか、ロットしかいないと思う。あと、岡田拓郎のソロか。
岡田 僕はGold Foilリストだからね。いいピックアップだよね~(笑)。
三船 繊細な音で、ホントに素晴らしい。繊細で。今回はZEN-ON、TEISCO、Guyatone、Harmonyと、いろんなブランドのGold Foilが鳴ってます(笑)。
ではアンプやエフェクターは?
三船 僕のアンプは59年のTweed Bassmanのリイシューです。真空管やスピーカーも変えたりして、すごい改造しちゃって。それにJ-200を突っ込んで鳴らしています。エフェクターは何を使ってたかな? Chase Bliss AudioのMOODとblooperといった新しいエフェクターは色々と試しましたね。歪みはオーソドックスにCrowther AudioのHot CakeやRAT、ハンドメイド系モデルとかかな。
岡田 Hologram Electronicsのペダルは、2人とも使い倒しましたね。
三船 僕が使ったのはMicrocosmですね。岡田くんはInfinite Jets。このペダルを使わせたら岡田くんは世界で5本の指に入るギタリストだと思います(笑)。
岡田 Infinite Jetsは試奏動画がめちゃくちゃカッコいいから買ったんだけど、マジで制御不能なんですよ。“友達になるまでが大変”系エフェクターでした。でも高かったし使いこなせないのも悔しいから、4、5年は使ってやっと慣れてきたかな。
あと僕が個人的に素晴らしさを再発見したのがLine 6のDL4。飛び道具系だと、あれくらい足下で直感的に扱える機材が一番好きかも。名機だよね。
三船 ルーパーとして優秀。あんな直感的に操作できるペダルはないよね。
岡田 ディレイ機能はほぼ使わないんですけどね(笑)。ループを倍速にしたり遅くしたりとか……なんでルーパーにそんな機能を付けようと思ったんだろう?って感じだよね。
三船 blooperがそれに近いのかな?
岡田 まさに!
ちょっと癖があるほうが燃えるタイプなんですか?
岡田 どうだろう……そこは自分ではあまり認めたくない(笑)。
三船 新旧のいろんな要素がミックスされてたハイブリッドというか……全然違う角度からいろんな要素をくっ付けていくと、また新しいアイデアがドンドン出てくるんですよね。
“エンド・オブ・コロナ”の中で鳴る
ギターの音ってなんだろう?(三船)
ここまで話を聞いていると、ロットって、どういう表現も受け止められるバンドなんだなって思いました。
三船 そうですね。特に2021年は、Blue Note Tokyoだったり、COTTON CLUBだったり、いわゆるロック・バンドっぽくないステージでのライブもたくさんこなしていて。それで演奏面も、ライブのアプローチも、『無限のHAKU』って音源も、あまりジャンルを意識してないんですよね。
もともとはフォーク・ソングが好きだけど、個人ビルダーの人たちが作った最新のエフェクターやギターをディグったりするし、その情報を岡田くんと共有して、“何が新しいんだろう?”とか、“E-Bowに変わる新しい表現方法はないかな?”とか、お互いネタを見せ合ったりとかして。常に新しいものと古いもの、両軸で取り入れている感覚はあります。今の自分から見たら、何十年も前の表現も新しいことだし、今のビルダーが作るペダルのアイデアも新しいことだから、自分にとっては両方新鮮。それをどっちも感じながら漂っている感じですよね。
使い方がわかんないエフェクターを買って“失敗したかもしれない”って不安に思いながらもちゃんと自分の血肉にして、それによって自分の枝葉が広がる。だから、経験に落とし込むことが大事だなって思います。
大事ですよね。ネットなどを使えば良くも悪くも“正解とされているもの”に簡単にアクセスできる時代ですしね。使い方がよくわからない機材でも自分なりに工夫しながら使い方を考えたら、別の新しい表現ができたかもしれないのに。
三船 だから最近、“ネットの向こう側”についてすごく考えるようになっています。YouTubeで紹介されてることだけが正しいわけじゃないし、画面に映らないところに新しい音や未知な表現がうごめいていると思っていて。正解はまだたくさんあって、それらはインターネットでも追い切れていない。
だからこそ、実際に指先でツマミをいじったり弦を弾いたりをして、自分たちの血肉にしていくってことに特にフォーカスしたのが、このコロナ禍の2年間でした。失敗して痛い目を見たりすることもあったかもしれないけれど、逆に誰にも手に入れられない感動を手に入れたりとか。そういう小さい積み重ねを、実体験を通してしてる。それが岡田くんと僕の共通してるところかもしれないですね。
岡田 ネットによって“社会的に決められた答え”みたいなものがわかり過ぎちゃうっていうか……ネットにあるものがすべてじゃないのに、ある種、選択肢や価値観が1つだけのような状態なことが多いと思うんです。ギターの選択だったり、エフェクターの使い方だったり、音楽の作り方だったり。
だけど三船くんも僕も、別の道を常に追い求めてる。例え僕の音楽と三船くんの音楽が違ったとしても、なんかウマが合うのは、そこが共通しているからかなって。バンドとしても、ロットはいわゆる“バンド”とは違う別の道を探してると思うし。そういうところが4~5年一緒にやって実りつつあるっていうか、バンドの全体でも共有できてきて、良い状態になってきてるなっていうのは……すごくありまんなぁ。このまま、自分を信じてがんばろう(笑)。
三船 突然の“ありまんなぁ”(笑)。ギタマガの読者や若いギタリスたちが、ツーッて泣いてくれるといいな(笑)。
岡田 これまで虐げられてきた音楽を作っていたような人たちだから、ギタマガでこうやってしゃべれるようになれて嬉しいね(笑)。
三船 そうですね、すごく嬉しい。でも本当にこの2年間、ギターを弾く喜びが帰ってきたっていうか……ギターは“心と直通している楽器なんだな”っていうのを再認識できた2年間で。ここ3作のアルバムは、すごく楽しくギターを弾けました。
今回すごく良かったのは、岡田くんの「Ubugoe」のギターの音を“あのギター、ヤバいっすね”って言えた人は1人もいなかったこと。誰もギターと認識しなかったっていうのは……それゆえに岡田くんはMステでソロ・パートなのに自分を映してもらえないという、ちょっと哀しい思いもしたんですけど(笑)。でも、それは誰もまだ聴いてなかったってことだから、それをちゃんと楽曲にできたって、“やったな”と思ってて。
岡田 そうだね。
三船 これこそが、何かを乗り越えた瞬間なんだろうなと思った。そのためだけに楽曲を作ってるわけじゃないけれど、まだ新しいアイディアは転がってるし、ギターでできることがたくさんある。次の作品もまた変な音をたくさん入れたいなっていうのはささやかな僕の目標です。
それに、いろんな楽器がある中で、鍵盤とかを選ばなくてよかったなって最近思うんです。鍵盤は鍵盤で楽しいし、大好きな楽器ですけど、ギターでよかったって思う時がたくさんある。僕は音源にギター・ソロが入ってないタイプの人間なんですけど、でも、ギターに関しても自分がまだやっていないことにたくさん気付いていきたいし、それを楽曲に落とし込んで、曲として人を感動させたりとか、喜ばせたりとか、時には悲しませたりとかをやりたいなって思ってますね。
まだ全然わかんないですけど、ポスト・コロナの匂いがしてくる中で、“エンド・オブ・コロナ”の中で鳴る新しいギターの音ってなんだろう?とか、音楽ってなんだろう?とか、日本で鳴っている音楽って何だろう?とか……それを考えながらまた新しい作品を作りたいし、ライブをやりたい。次はどういうギアが増えてるのか全然わかんないですけど、それも自分自身、楽しみだとも思っていて。そういう部分を止めずに作り続けていたいので、リスナーの方にもそこを楽しみにしてもらいたいなと思います。
作品データ
『無限のHAKU』
ROTH BART BARON
SPACE SHOWER MUSIC/PECF-1187/2021年12月1日リリース
―Track List―
01. Ubugoe
02. BLUE SOULS
03. あくま
04. みず/うみ
05. Helpa
06. HAKU
07. Eternal
08. EDEN
09. 霓と虹
10. 月光
11. 鳳と凰
12. 霓と虹 (Rostam Remix)
―Guitarists―
岡田拓郎、三船雅也
INFORMATION
■ROTH BART BARON Tour 2021-2022『無限のHAKU』
2022年2月5日(土)札幌 モエレ沼公園”ガラスのピラミッド”
2月6日(日)札幌 ペニーレーン24
2月11日(金)福岡 BEAT STATION
2月12日(土)熊本 早川倉庫
2月13日(日)鹿児島 SR Hall
2月18日(金)大阪 梅田 CLUB QUATTRO
2月19日(土)香川 高松 DIME
2月20日(日)広島 CLUB QUATTRO
2月25日(金) 名古屋 THE BOTTOM LINE
2月26日(土)仙台 darwin
<Tour Final>
4月9日(土)東京 国際フォーラム ホールC
TICKETS NOW ON SALE
https://www.rothbartbaron.com