米NPRが選んだ2021年のベストソング100に「鯱」が選出されたことで、世界的な評価も受けた折坂悠太の『心理』。山内弘太によるアヴァンギャルドなアプローチと、ストレートに鳴り響く折坂のギターを音源に封じ込めたのがエンジニアの中村公輔だ。特に「nyunen」では、折坂のガット・ギターを録音するために12本ものマイクを使ったということで、そのリアルな質感のこだわりを知るためにインタビューを敢行。折坂サウンドの秘密に迫っていこう。
インタビュー=福崎敬太 写真=本人提供
エレクトリック・レディランドとやり方は同じみたいになってる
中村さんのTwitterの投稿で、マイクを12本立てた「nyunen」のレコーディング風景の写真を見まして。今回はギターの録音について聞かせてほしいと思っています。中村さんは折坂さんのレコーディングを長く担当していますが、今作『心理』で求められたことはありますか?
“好きにやって下さい”っていう感じでした。前作の『平成』が終わってから、何曲かシングルの制作を挟んでいたので、それらをとおして折坂君の“こんなのがやりたい”っていうのを少しずつ擦り合わせて形にしていったんです。彼のやりたいことも見えてきていたし、ここまで来たら向いてる方向は一緒なので、彼も“好きにやってもらったほうが突き抜けたものができる”と思ったんでしょうね。なので、“アルバムでポン”っていう感じではなくて、レコーディングも長期的な活動の総決算みたいな印象でした。
で、折坂君は“やっちゃって下さい!”って言うのを口癖のように言ってたんですけど、“中村さんの裁量にお任せします”というよりは、“中村さんの中で「これをやったら面白いけど、突き抜けすぎだろ?」って普段の仕事ではリミッターをかけてやらないようなことも、全部チャレンジして下さい”みたいな意味合いで言っていましたね。これは他のメンバーにもそうだったと思います。
逆に“好きにやって下さい”と言われて考えたことは?
『平成』(2018年)の頃もそういう兆しはあったんですけど、特に最近になって“CDの時代が終わったな”って感じていて。“今さら?”って思う人もいると思うんですけど。で、日本ではそこまで意識されていないかもしれないですけど、海外だとそれによって音像から何から変化しているんですよね。
それはどういう変化なんでしょうか?
サブスクやYouTubeだと、音量の調整が配信側のプラットフォームで行なわれるようになっているんです。言ってみればそういうプラットフォームは試聴機みたいなものだと思うんですけど、昔は大きくてカッコ良い音のほうが売れるんじゃないかっていう発想で、CDは試聴機で聴いた時に派手に聴こえるようにバキバキに音圧を上げていたんですよ。
でもサブスクだと他の人の配信してる楽曲と音量感を合わせるために、音圧が高すぎる楽曲は自動的に音量を下げて再生されるようになってるんですね。
そうすると、CDでは飛び抜けてる部分を潰した分だけ音量が上がるから、パンチがあるように聴こえてたのが、サブスクでは逆に潰せば潰すほどプラットフォーム側で下げられて、単に詰まった感じの音で再生されてしまう。なので、“潰していって音数が多い音楽”っていうのが楽しく聴けない感じになってきたんですよ。
例えばどういう感じの音でしょうか?
一例を出すと、ギター・ロックで“両脇が壁!”みたいに上から下まで全部使ってガーッと出すっていうのが有効じゃなくなってきた。ウィーザーの『Pinkerton』(1996年)なんかは、音がうんと詰めてあって迫力があるのがカッコ良かったと思うんですけど、サブスクだとむしろ音数が少ないほうがパンチが出て聴こえちゃうんですよね。
CDだとピークさえ越えなければどれだけ潰して大きくしても大丈夫だったのが、サブスクだとそれが全部下げられる。だから、これまでは音圧がないと思われていたような、シンプルが楽曲のほうがラウドに聴こえちゃったりするんですよ。
具体的に、なぜそういう現象が?
コンプやマキシマイザーみたいなダイナミクスをいじるエフェクトは、ピョンと出てるピークのアタマを全部ナメしていくような感じなんです。それで全体の音圧を上げていく。音量が飛び出した部分を削った代わりに、ピークにゆとりができるから、その分だけ全体音量を上げて大きく聴こえる仕組みなんですね。
でも、サブスクだと“音量感が同じ”に揃えられちゃうので、コンプで潰した分だけ大人しくなっちゃって、スネアのアタックだとか、ギターのザクっととしたピッキングが“音圧戦争”の前の曲のほうがフレッシュに前に迫ってくるんです。
コントラストがはっきりしているやつのほうがワッと出てくる感じがあるんですね。
そう、最近も色々と聴き返してみて、70年代のロックとかハード・ロックみたいなシンプルなやつのほうが、バーンって前に出て聴こえてきたりすると改めて感じましたね。たぶん、ウィーザーが近作でハード・ロックっぽくなってるのは、その辺を試行錯誤して、今どういう音がカッコ良く聴こえるのかを探っているのもあると思っています。
あと、最近サブスクやYouTubeで色んな年代とジャンルの音楽の再生回数をひたすらチェックしてみたんですけど、最新音楽と同じくらい、オジー・オズボーンやブラック・サバスも聴かれているんですよ。今聴くとサブスク映えしてカッコ良いっていうのもあるけど、欧米では50〜60代が根強く聴いているっていうのがあって。
コロナ禍でお金を払える若者は減っているけど、音楽マニアのおじさんは元気にレコードを買ってるので、ピンク・フロイドがロック・チャートに戻ってくるっていうことがちょっと前にあったりしたんですよね。
新しい音楽だけがメイン・ストリームを形成しているわけじゃない、ということですね。
それに、欧米はまだ若者層がいますけど、日本だと50歳前後の団塊ジュニア世代みたいなところがボコんってあって、その下はキュッとシュリンクしちゃって全然いない。日本で音楽にお金を払うリスナーが減ってきた言われていますけど、団塊ジュニア世代の人口がめちゃくちゃ多くて、そこが若い時にCDを買っていただけだと思うんですよね。それで売り上げが膨らんでいたのが、だんだんライト・ユーザーが振り落とされていて、マニアみたいな人だけが残って。おそらくそこが現在のメインの購買層だと思うんですよ。若い人は買っていないというよりは、少ないんだと思う。
音楽が下火になってきてるみたいなことが言われてますけど、実は広告を打って若者に広く浅く大量に売るようなやり方が有効じゃなくなったってだけだと思うんですね。逆に耳が肥えた大人もちゃんと聴ける作品を作れば40~50代も聴いてくれるし、CDだったら瞬間的に売れればよかったのが、サブスクだとロングテールで聴かれたほうが有利なので、残るものを作ったほうが絶対いいと思うんですよ。
あと、極論かもしれないですけど、メインの40~50代の音楽好きのマニアが若い頃から聴いている音楽っていうのが、日本でよく聴かれているものだと思うんです。たぶん、シューゲイザーが定着してるのも、そのあたりが支持してることが大きいですよね。
独自の文化かもしれないですね。
そうなんですよ。その中でサブスクに何が合うかって考えた時に、ギターが壁なのはメリットを生かせないから、生のバンドでいま面白くなりそうな感じだと、ディアンジェロの『Voodoo』(2000年)だなって。
あれは音圧を稼ぐためにパツパツに音を積み重ねるんじゃなくて、タイミングを全部ずらして一個一個の音をデカく聴かせるってアレンジなんですね。鳴らせる箱の大きさが決まってるなら、キックとベースを同時に鳴らすより、キックだけ鳴らしたほうが大きく聴こえる。それを意識して、ああいう構造にしてるんだと思うんです。そういうやり方の音楽は、今サブスクに対応させてもカッコ良くなりそうだって感触がありました。
ただ、そういう風な音楽を作ろうとすると、音数を少なくして、かつ音色そのものがカッコ良くないと話にならない。なので、そこをちゃんとやりましょうっていうのが今回の作品ですね。
『Voodoo』のイメージがあったんですか。
『Voodoo』っぽくしましょうっていう話があった訳じゃないんですけど、個人的な意識としてはありました。折坂君の音源の良いところは、実はベーシックをクリックなしで一発録りでやってるっていうのもあると思っていて。というのも、『Voodoo』はあの年代なのに実はテープで録音しているんですけど、1980年前後のレコーダーがアナログからデジタルに移行する時期って、“デジタルになったから音が固くなった”ってよく言われていたじゃないですか。でも、色々なアーティストのレコーディング・データを調べてみると、アナログにこだわって録音している人もけっこういたんですよ。ただ、それでもやっぱり音が硬いのは変わらなかったりして。で、疑問に思ってさらに調べると、プリプロを打ち込みで行なったり、クリックを使って素材録りみたいなプロセスを踏んだ音源は、アナログ録音でも音が硬いって気づいたんです。
そんな話をレコーディング前にしていたら、折坂君が“録音した時にそれぞれの音を聴きながら演奏してる緊張感を生かしたいから、今回はタイミングの修正もゼロでいきましょう”って言い出したんです。
その宣言で緊張感が上がりますね……(笑)。
今回はアレンジ上で必要ないところを省く作業しかしていないのでテープにこそ録音はしていないけど、ジミヘンのエレクトリック・レディランドとやり方は同じみたいになってるんですよね。無駄な音も残したり、タイム間のヨレを残したりすることで、昔のロックにあったバイブレーションみたいなのを取り戻しつつ、それでも回顧に走らないで現代のサウンドにするっていうのが、今回のコンセプトだったと思います。
折坂君のギターは、実は一部ライン録りなんです。
ギターの録音はどのように?
ギターに関しては一般的な録り方で、山内(弘太)君のギターは曲によりけりなんですけど、近いマイクとちょっと遠目に立てたマイクをブレンドして音を作っていくっていうのが1つ。「星屑」とかはそういう風に録っていますね。ちょっと古いノイマンのU67をオンで立てて、オフにU47。
あとは例えば「鯱」だと、“空気感は欲しいけどリバーブ感はいらない”みたいなイメージがあって。カキンと痛い感じにはなってないドライな音だけど、余韻や残響成分は短くてビートを感じられるようにしたい、っていう。そういう場合は、遠い音を混ぜるというよりは、近くても柔らかく録りたいので、AKGのC414っていうコンデンサー・マイクとロイヤーのR121っていうリボン・マイクを立てましたね。
リボン・マイクは人間の耳に似ているというか、近くてもそんなに痛い音にならないんですよ。例えばフェンダー・アンプのクリーンを録音する時に出てくる、ちょっとキーンとする成分みたいなところだけをうまく落としてくれる。そういう太い感じのリボンと、上下の空気感があるコンデンサーと、2本を混ぜて音を作っていく方向です。あと、なるべくイコライザーとかを使わないで、ブレンドしてバランスが良いところを探ったほうが、フレッシュで抜けのいい音になりますね。
楽曲ごとにマイクの構成はけっこう変えているんですか?
僕はだいぶ変えていると思いますね。最近のレコーディングだと、予算の都合もあるし、打ち込みの工程にも慣れちゃっているから、あまり変えない現場もありますけど、そこはちゃんとやるようにしています。
最初から欲しい音で録って、ミックスでは何もしないくらいのほうが、解像度も高いし抜けもある音になるんですよ。あとからエフェクターで加工できますけど、どうしてもフレッシュな音にならない。どこかに歪みが出てきたり、濁ってくるような面があるので、この帯域をイコライザーで上げたいなって思うんだったら、最初からそこが上がったマイクで録音したほうが仕上がりがいいんですよね。
なので、素材録りをしてあとでどうにかじゃなくて、極力最初からいい音になるようにマイクも変えていく感じですね。
マイク選びは、山内さんや折坂さんとギター・サウンドのイメージを共有して選ぶんですか?
そこは色々ですけど、一番大きく変えているのはドラムの音なので、全体に合わせる形でギターも作っていく感じが多いですね。ギターに関しては、極端な変化はさっき言ったくらいかな。で、折坂君のギターは、実は一部ライン録りなんです。というのも、生楽器が多いからスタジオのブースが足りなくなってしまって。ただ、どうしても同時に一発で録りたいから、モニターにはアンプ・シミュレーターに通したものを返しながら、ラインで録ったんです。それで、ミックスの時にリアンプして音を録り直しているんですよ。
リアンプなんですか!
そうですね。でも、折坂君のエレキ・ギターはクリーンめな音色っていうのが決まっていたから、それができたんです。クリーンな音とすごくディストーションがかかったような音はリアンプでもやりやすいんですけど、そこがもしクランチにひっかかった感じのクリーン・サウンドみたいな感じだったら難しいんですよ。アルペジオとかでも、ちょっと強く弾くと軽く歪んでいくような感じのサウンドってあるじゃないですか。ああ言うのはピッキングのニュアンスで歪みとクリーンを弾き分けてるから、“あとから良い感じに歪みをひっかけていく”っていうのは至難の技なんです。
マイク12本を使った「nyunen」は特例だと思いますが、ほかのアコギに関してはどのように録りましたか?
今回は重心を低くしたかったので、たぶんほとんどの曲でノイマンのU67とロイヤーR121を混ぜて作っています。60年代のモノラルで録っている時の距離感で立ててますね。
「nyunen」はとんでもないトラック数に……
そして本題の「nyunen」ですが……。
頭がおかしい感じ……ですよね(笑)。
(笑)。ギターとボーカルも合わせて一発録りなんですか?
いや、あの曲に関しては実はオーバーダブしていますね。ほかの曲はベーシックはほぼ一発で録っているんですけど、「nyunen」に関しては、ギターを12本のマイクで録って、ボーカルやほかのパートもせっかくなので同じ感じで録りました。なので、とんでもないトラック数に……。
確かに膨大になりますね(笑)。おそらく“結果的に”12本になったんだと思うんですけど、どういう狙いで増えていったんですか?
ノリです(笑)。ただ、あのコーラスとアコギの音をオーソドックスなセッティングで録ると、本当に普通になっちゃうと思ったんですよね。ほかの曲と一緒に収録することを考えると、不自然になってしまう。あと、無駄なところも全部キャプチャーしていって、ノイズも込みでグッとくるような音にしていけば、生ならではの空気感が出せるんじゃないかっていう話をしていて。だから、通常は“ここはノイズだから切りましょう”ってなるようなところも、積極的に残していく方向でやっているんですよ。切れるけど切らない、なんならそこを強調して足していく、くらいの感じで。
それだけでマイクが増えていくんですか?
ギター・サウンドを全体でキャプチャーするオフ・マイクと、オンで録るっていうのはよくあるじゃないですか。それ以外にも、マイクを立てる位置によってトーンの違いがあるんです。イコライザーと同じようなイメージで、例えばホールの音が大きすぎてモヤモヤするからちょっとネック寄りに寄せたり、エンジニアはマイクの位置で調整するんですよね。スクラッチ・ノイズが大きすぎるから少しホール寄りに寄せるとか。あとは、高域が歪まないで上までフワッと抜けるマイクとか、中域がザラっとするようなマイクみたいに、マイクの使い分けを曲によって考えていくんですよ。
で、バンドだとアンサンブル上の楽器ごとの役割などによってもマイクを選んでいくんですけど、今回は“ギターを1つの楽器じゃなくて、色んなところから色んな音が鳴っているものとして、それぞれを良い感じに録れるマイクを置いていって、あとから組み合わせて1本の楽器として作ったらどうなるだろう”と思ったんです。
なるほど……。
例えばギターのネック寄りにキレイな音で録れるマイクを置いたら弦の音とかをクリアに録れるし、中域のところにザラっとする存在感のあるマイクが立っていたら60年代っぽい感じのフォーキーな音が録れる。キックのところに立てるようなマイクで、ボディの“ウォッ”っていう存在感を押さえてみたり。
まさに“ギターは小さなオーケストラ”という感覚ですね。
ただ、それは諸刃の剣みたいなところがあって。マイクの本数を立てれば立てるほど、位相が悪くなるんですよ。近くにマイクがあると抜ける周波数が出てきて、フェイザー的なおかしさが出てきたりするので、そのあたりは混ぜ具合とかで工夫しましたね。結果的に、マイク使って録ったようには聴こえない感じになっていると思うんですよね。ちゃんと近くで録ったような匂いもあるし、エアー感もありながら聴かせたいところをフィーチャーするっていうことができたんじゃないかな。
ギタリストだと“弾いている人しかわからない”っていう感覚があると思うんですけど、なんとなく弾き手が聴いている音のような感じがしましたね。
それはあるかもしれない。自分で弾いている頭の近くから録ったりすると、耳と位置が同じだから聴いている感じで録れるはずなんですけど、意外と違うなって思う時があるんですよね。っていうのも、やっぱり機械は入ってきた音をそのまま録るけど、人間の耳は“聴きたいものにフォーカスしていく”感じで聴いているんですよね。そういう意味ではエアー感みたいなところを押さえたうえで、普通に弾いている時みたいに“楽器のこの音が聴きたい”っていうところが前に出てくるような感じでやっているから、確かに自分で弾いている時の感じに近いんだと思いますね。
では最後に、『心理』のギター・サウンドで中村さんの個人的なお気に入りのポイントは?
なんだろうなぁ……そう言われると「nyunen」になりますかね。でも、ほかのギターの音も、基本的に全部良い音で録らないと話にならないので(笑)。好みの方向で録れていますし、全部お気に入りです。こちら側で空間系とかを使ってアヴァンギャルドな方向にした音もあるんですけど、基本的にはオーソドックスにビンテージ・ロックみたいな感じで録っているので。柔らかく、気持ちよく聴ける感じだけど、ロックのヴァイブスがあるような感じで録れてよかったなと思います。
作品データ
『心理』
折坂悠太
ORISAKAYUTA/Less+ Project./ORSK-016/2021年10月6日リリース
―Track List―
01. 爆発(ばくはつ)
02. 心(こころ)
03. トーチ
04. 悪魔(あくま)
05. nyunen
06. 春(はる)
07. 鯱(しゃち)
08. 荼毘(だび)
09. 炎 feat. Sam Gendel(ほのお)
10. 星屑(ほしくず)
11. kohei
12. 윤슬 (ユンスル) feat. イ・ラン
13. 鯨(くじら)
―Guitarists―
山内弘太、折坂悠太