マーティンのアコースティック・ギターを手に表情豊かなポップ・ナンバーを奏でる気鋭のSSW、竹内アンナ。彼女が、2年ぶりとなるニュー・アルバム『TICKETS』を完成させた。“旅”をテーマに制作したという1枚で、聴き手の心がウキウキと踊り出してしまう素敵な楽曲で彩られた会心作に仕上がっている。“この曲たちと色んな景色を見にいってもらえたら”と語る最新アルバムについて話を聞いた。「No no no(It’s about you)」のギター・ソロ実演動画とともに、楽しんでほしい。
取材:尾藤雅哉(ソウ・スウィート・パブリッシング) 譜例作成=石沢功治
竹内アンナが「No no no(It’s about you)」のギター・ソロを弾いてみた
“旅”がテーマのポジティブな作品
2年ぶりのフル・アルバムが完成しました。制作するにあたって、どのようなイメージを描いていましたか?
わりと漠然としていたと思います。正直、“制作期間はいつからいつまで?”と聞かれたらわからないくらい(笑)。というのも、2020年に1stアルバム『MATOUSIC』を出したあとに作り貯めてきたデモが中心になっているので、2年前に作った曲もあれば、つい先日作った曲もあったりするんです。その中で、“こういうアルバムにしたい”ってイメージがまとまってきたのは2021年の夏ですね。
その頃、ラジオで自分の好きな曲を選んでプレイリストを作る企画をやらせていただいたんですけど、そのテーマの1つが“旅”で、それが自分の中でキーワードになったんです。その企画で、“行ったことはないけれど、この曲を聴くと特定の景色が思い浮かぶ”っていう曲を集めたんですね。例えば、ザ・ビートルズの「Get Back」とか。「Get Back」って、行ったこともないイギリスの街並みが想起されるのと同時に、その曲を聴いてハマった小6の頃の自分を思い出すんです。初めて聴いた当時、ハマりすぎて連続して40回以上聴いたんですよ(笑)。
原体験なんですね。
あとは、くるりの「ハイウェイ」も。自分もくるりと一緒で京都の人間なので、“この曲を聴くと、京都の街を歩いていた時に見てきた風景をすごく思い出すな”って。そうやってプレイリストを作っていて、“パソコンに向かって音楽を聴いているだけなのに、色んなところへ旅ができるんだ”ってことに気がついたんですよね。
それから、なかなか外に出られない状況下でアルバムを作るなら、聴いてくれた人が、自分の好きな時に、自分の好きなところに旅に出られるような作品にしたいなって。
というのも、『MATOUSIC』は、リスナーの生活に寄り添える作品でありたいって考えて作ったアルバムで。だからタイトルも、“身にまといたくなる音楽でありたい”っていう気持ちから、“まとう”と“ミュージック”で作った造語なんです。でも、そのリリース直後にコロナによる自粛期間になってしまって。“寄り添いたい”と思っているのに、ライブもできず、リスナーの近くに行くことができない状況が続いたから、“寄り添うだけじゃもしかしたら足りひんのかも”、“もっとみんなの近くに行けるような音楽でありたい”といった思いが出てきたんです。
だから今作のイメージのスタート地点は、前作のリリース直後だと言えるかもしれません。

『TICKETS』は全体的に、ウキウキした感じの曲が多いと感じました。
できた曲を並べた時、自分でも“めちゃめちゃハジけてるな”と思いました(笑)。ポジティブなメッセージやメロディを詰め込んだ作品になったと思います。
リード曲の「手のひら重ねれば」のMVは、ウェス・アンダーソンの『グランド・ブダペスト・ホテル』のような世界観ですね。
まさにおっしゃるとおりです。監督さんやスタッフの皆さんと“どんな世界観のMVにしようか?”としゃべっていた時に、ちょうどウェス・アンダーソンの話が出て、“ああいうシンメトリーな世界観の中で何かくり広げられていったら面白い”っていうことで始まっていきました。
舞台をエレベーターにしたのは、“エレベーターって、誰が乗ってくるかわからないよね”っていう話がきっかけで。実際の人間関係も誰とどこで出会うかわからないし、人との出会いなんて本当に偶然ばかりですよね。そういったところから、エレベーターの中で色々な人と偶然出会う中で、主人公が成長していくストーリーが描けたらいいなって。キャストさんにも参加していただいて、本当にカラフルなミュージック・ビデオに仕上がりました。
ボーカリストとギタリストが別々にいるようなアレンジ
「手のひら重ねれば」のサウンドについて触れていくと、アコギのメイン・リフが、管楽器のオブリっぽい役割で鳴らされているのが印象的でした。
この曲は、2年くらい前からデモがありまして。だからアルバムの中でも一番古い曲かもしれないですね。デモを作った時点で完成のイメージも固まっていたので、歌詞もほとんど変わっていません。すごく自信があったんですけど、スタッフさんに提出した時に、誰も何も言ってくれなくて(笑)。せめて良いか悪いかくらいは言ってほしかった(笑)。でも、ずっと“いつか形にしたいな”って思っていたので、2年越しにやっと形になりました。
アレンジは、デビュー時からお世話になっている名村武さんによるものです。何かがグイグイ前に出てくるというよりは、それぞれの楽器が、曲の中でうまく共存していますよね。
アコギはアンナさんのアイデンティティの1つに挙げられると思います。今作のアコギはどういう立ち位置ですか?
どの曲にもアコギが入ってるんですけど、全然弾いてない曲もあるんです。「ICE CREAM.」とかはほぼ弾いてなくて、ソロの時だけ登場するし。このアルバムでは、そういうアプローチが多いかもしれないですね。
今作では、トラック重視の曲と、生演奏した曲が半々くらいなんです。「一世一遇Feeling」なんて、ほぼほぼデモが完成したあとに、“そういえば、ギター入れてないね。どうしようか?”、“1曲目だし、さすがに入れとくか”って感じで最後にギターを足したくらいで。もちろん入れて正解だったし、“アコギだからこそ、なじんでくれたな”と感じています。
竹内さんの特徴の1つだと思ったのが、コードを分解しながら歌うようなソロ・フレーズを作るところです。
ライブで1人で音源を再現する時に、どうしても単音ソロだと物足りなく感じてしまうので、そういった意味でコード感を残したままのソロを作ることが多いかもしれないですね。どの曲も絶対に1人で演奏することはあるので、必ず最後は“弾き語りでやっても成立する形に”ていうのは意識して作っています。バッキングとかはあまり意識してないんですけど、ギター・ソロは、特にそのことを意識してて。ソロは曲の1つの特徴というか、“顔”になるから。ライブで再現したいって思いも強いので。
最後にギターを入れたという話に通じるかもしれませんが、各音の積み方も含めて、すごく完成度が高いと感じました。例えば、弾き語りも歌に合わせてただジャカジャカ弾くだけではないですし。
もちろんシンプルなアレンジも好きなんですけど、私の楽曲は歌とギターのリズムが全然違う曲も多くて、それをどれだけ自分の中で分離させられるか……聴いてる人が、“まるでボーカリストとギタリストが別々にいるみたい”って思ってくれるようなアレンジができたらいいなと思っているんです。
「YOU+ME=」の中盤に出てくる低音弦を使ったフレーズは、エレキで歪ませたらヘヴィなロック・リフになるようなフレーズですね。
ラップのところですね。あのフレーズはベーシストの方に考えていただいたんですけど、ベースで考えてもらったフレーズをそのままアコギで演奏しています。

弾き語りは、休符をどれだけ意識できるか
「Now For Ever」はAFRO PARKERの皆さんとのコラボ曲ですね。
始めにAFRO PARKERさんから候補トラックを3つほどいただいて、その中から、私が1つ選ばせていただきました。選んだトラックに私がメロディを付けて返して、それでラリーをくり返して作っていったんです。5、6種類くらいサビのメロディを作ったんですけど、トラックがカッコいいこともあって、レコーディング直前までサビメロが決まらなかったんですよ。
共作を通して、AFRO PARKERの皆さんから影響を受けたようなことは?
サウンド面はもちろんなんですけど、それよりも歌詞にとても影響を受けました。私が土台となる歌詞を書いてお渡しして、MCのお二人にラップ部分を書いてもらって、またそれを返して……ラリーを長いことくり返して歌詞を書いたんです。サビの最後に、“まあ いっか これがいいんだ 合言葉は Na na na now for ever”っていうフレーズがあるんですけど、これ、実はもともと仮歌詞の予定だったんですよね。
私、“歌詞には必ず答えがなければいけない”っていう先入観があったみたいで、何を書いていいのかわからなくて。でも、お二人が出してくださったリリックの中に、“言葉じゃ言えないよ”っていうフレーズがあって。それを見た時に、“あ、それくらいラフでもいいんだ”って。“私たちは、そういう気持ちを言葉にしなきゃならないんだけれど、それでも言葉では表わせない気持ちもあるんだ”みたいな。そういうことに気づかせてもらったのが、すごく大きかったと思います。
本作には、シンセとユニゾンさせたフレーズがあったり、ボサノバのような複雑なコード・ワークがあったり、管楽器のオブリのようなフレーズがあったりと、アルバムを通して多彩なギターの表現がなされています。竹内さんの中で楽曲におけるギターの役割は?
うまく言葉にできないんですけど、デビューの時から、常にアコギが軸になっているってことは変わりません。曲の中であまり出番がなかったとしても、“アコギはここにいるよ”ってわかるフレーズを必ず入れるとか、逆にアコギが出っぱなしの曲だったら、そこまで目立ったことをしないとか。そういうことは考えていますね。
それに曲を作る時は、“弾きながら歌えるかな?”、“これ、ライブでできるかな?”は1回置いておいて、とりあえずそのCDの中ではカッコいいものを作りたいってことを優先させています。とは言っても、ライブでは実際にやらなきゃいけないので、そこからまた弾き語り用のアレンジに直したりもしますし、リリースしてからツアーまでの間に何とか再現するみたいな、力技の時もあって……ちょうど今がそういう時期なんですけど(笑)。
今作で、特に難しい曲は?
「我愛me」ですね。レコーディングでギターを2本くらい重ねていて、しかもめちゃくちゃややこしいフレーズを弾いているんです。だから今、“これをライブで再現するにはどうしたらいいんだろう……しかも1人で”って頭を抱えています(笑)。
でも、観てくれてる人も、“この曲、1人でこうやるんだ”みたいな驚きもあると思うので、それをモチベーションに。以前、「Free! Free! Free!」を出した時なんて、1人で再現できなかったからルーパーやサンプラーを導入したこともあったんですよ。それでも最近になって、ギター1本でもやるようになりました。もちろん今も機材に助けてもらったりするんですけど、今作では、やっと1本で何とかなる感じになってきたかなとは思いますね。
生のギター1本と向き合うというのが、ご自身の表現にプラスに働いていると感じるのは、どんなところですか?
去年の秋、初めて弾き語りツアーをしたんです。ワンマン・ツアーを全部弾き語りでやるのは初めてでした。普段、1人でライブをやる時にはルーパーやサンプラーを使うんですけど、そのツアーは本当にギター1本だけだったんですよね。そこで改めてギターと向き合うことになって、“アコギって、手強いな”と思いました。すべてがさらけ出されるというか、指のタッチ1つで曲の表情が変わる。“あ、もしかしたら、私は全然この子のことをわかってなかったかも”みたいなことにも気づくことができたので、そのツアーがあったことが、自分のプレイにとってすごく良いポイントになりました。
それと、一昨年に、J-WAVEが主催する『TOKYO GUITAR JAMBOREE』で、初めて両国国技館で演奏させてもらったんです。360度お客さんに囲まれたステージで、ステージ上にはギター1本と私、みたいな。そんな状況は人生で初めてで、“恐怖と自分のせめぎ合い”みたいな、本当に戦ってる感じでした。演奏が終わったあと、膝から崩れ落ちてしまいましたね(笑)。
ほかにも、デビューしてちょっと経ったくらいの時に、MARTINさんのイベントに出させてもらったことがあるんですよ。鈴木茂さんとか小倉博和さんとか、本当に錚々たるミュージシャンと一緒に出演することになったんですけど……やっぱりギターのイベントだったので、お客さんがみんな私の手元を見てて(笑)。お客さんの視線と、自分のギターをどれだけ出せるかの戦いでシビレました。やっぱり終わったあと、膝から崩れて泣いてましたね(笑)。
弾き語りということでいうと、今回のアルバムでは「いいよ。」が唯一の弾き語りのナンバーですね。
できあがった曲を並べた時、“本当にアゲアゲなラインナップだな”って思ったんです。でもテーマ“旅”なので、“旅の途中で休憩したくなる時もあるだろうから、肩の力を抜いて聴けるアコースティックな曲が欲しいね”ということで、この曲を入れました。この曲はサウンドのイメージ先行で作っていきましたね。
ギター1本で自分の音楽を表現するときに気をつけているところは?
余白をすごく大切にするようにしています。「いいよ。」はおとなしい曲ですけど、歌でもギターでも、休符にどれだけ意識をかけられるかを大切にしました。音数の少ないアレンジって、弾き語りならではのものだと思うんです。音が鳴っていない時間って怖くなりますよね。会話とかでも、話が止まっちゃったらそれを埋めたくなることがよくあると思うんですけど、そこをグッとこらえて。“「潔く休む」ってことをどれだけできるか”は、弾き語りの時は特に大切にしてます。

マーティンOMJMと、同じ目線で会話ができるようになってきた
制作に使用したギターは、普段からメインで使っているマーティンのOMJMですか?
メインはすべてOMJMです。そこに、マーティン00-18を重ねた曲もありますね。その2本だけでこのアルバムはできてます。弾き語りツアーの時はD-28も持っていって、3本の中から曲によって変えたりもしていたんですけど、改めてOMJMを弾いてみると、すごいキラッとした粒立ちの良さを感じて。“やっぱり、これメインで弾いていきたいな”って感じたので。
弾き込んできたことで音が変化してきたんですかね。
どうだろう? 手に入れた当初は“弾かせていただいてる”みたいな感じがあるというか、ギターのほうが上だったんですけど(笑)、“やっと同じ目線で会話ができるようになってきたかな”、“仲良くなれてきたかな”という感じ。このアルバムでも、それを感じてもらえるんじゃないかなと。
アルバムを振り返って、どんな作品になったと思いますか?
『TICKETS』っていうタイトルにもあるとおり、部屋の中にいても、お出かけしていたとしても、音楽1つで自分の好きな場所に一瞬で飛んでいける。それが音楽の素晴らしさだと思うので、ぜひこのアルバムを聴いて、みんなが行きたい場所とか、時間……過去でも、これから起こるかもしれない未来でも、どこでもいいんですけど、この曲たちと色んな景色を見にいってもらえたらなと思います。
それに、作った時期がバラバラの曲が揃っていて、歌い方やギターのアプローチも変わっているので、“この1枚で、私の2年の遍歴みたいなのも旅してもらえるんじゃないかな?”みたいな(笑)。そう思います。
作り終えたことで見えてきた、次の表現の可能性などは?
何ができるかな……? アルバムのリリースツアーもあるので、その中でまた曲が作れたらいいなって思いますね。“ツアーという旅で得たことを、早い段階で皆さんにまたお届けできたらいいな”って。せっかくたくさんの場所を回らせてもらうので、インプットしたものを、その都度その都度で曲のピースにしていけたら面白いんじゃないかなって。楽しみですね。