様々なアーティストとのコラボレーションやサポート・ワークなどの多岐にわたる活躍で、現代の音楽シーンにおける唯一無二の存在となりつつあるギタリスト、Kazuki Isogai(磯貝一樹)。そんな彼が気鋭のトラックメイカーのedbl(エドブラック)とともにアルバム『The edbl x Kazuki Sessions』を完成させた。アーバンでチルなトラックに、ジャジィなギター・ワークで華を添えた心地よい音世界を堪能できる素晴らしい1枚に仕上がっている。作品の制作背景について話を聞いた。
取材/文=尾藤雅哉(ソウ・スウィート・パブリッシング)
「Jazzy Fiddle (Interlude)」は
“すごく自分らしく弾けてるな”と思った
今回、エド・ブラックとの共作アルバムを発表しましたが、まずは制作に至る経緯から教えて下さい。
僕がSNSにあげていた動画を観たエドがコメントをくれて、それがきっかけでDMで連絡を取り合うようになったんです。そのやりとりの中で“一緒に曲作りができたらいいね”って話をしたら“ぜひやろう!”となり、僕がストックしていたギターのループ・フレーズやビートなど、素材をいきなり100個くらい送って(笑)。エドからも未発表のビートをもらって、それを聴きながら曲に仕上げていった感じですね。
そのデータのやり取りが始まった時期は?
もらったデータの日付が2021年の3月なので、1年半くらい前ですね。最近の制作は、国内外問わずリモートでRECすることがすごい増えていて。今回だとエドとは“一緒に”作品を作ろうってところからスタートしているので、お互いの“こうしたい、ああしたい”っていう意見を何度もすり合わせながら進めていきました。
僕のループにエドがアレンジを加えてくれたり、エドの持っていた素材に、僕がサンプラーなども使って、ギターやベース、ホーンを追加したり。結果としてお互いの個性が融合した素晴らしい作品に仕上がったと思います。
データのやり取りではあるけどバンドのようなやり方だったんですね。だから作品タイトルに“セッションズ”という言葉が入っていると。
そうですね。100以上ある素材の中から、お互いに好きなものをチョイスしていって最終的に12曲まで絞りました。もともとは全曲インストゥルメンタルでやっていくつもりだったんですけど、制作を進めるうちに“歌を入れたいな”ってアイデアが出てきたんです。
それで、エドの「Nostalgia」で歌っているタウラ・ラムの声がすごく好きだったので、彼女に何曲かトラックを投げて選んでもらったんです。そうやって完成したのがシングルカットした「Lemon Squeezy」ですね。自分のイメージしている曲を作ることができました。
そういうデータのやり取りでもバンドマジックが起きたという。
本当にそうですね。なので本人とは直接会ってはいないんだけど、“意外とエドとは相性がいいのかな”なんて思ったりしました(笑)。あとエドもギターを弾くんですけど、独特の音色なんですよ。
気になってステム(データ)で送られてきたギターの音のEQをアナライザーで確認してみたら、ローをかなりカットしていて。でもそれが打ち込みのビートに合っていて、エドの生み出す個性的なサウンドに必要な要素だということに改めて気がついたというか。
打ち込みで作ったトラックにギターを乗せる時、アンプで鳴らすリッチな音はアンサンブルに対して浮いてしまうという声も耳にします。
僕はアナログなタイプのギタリストでもあるので、アンプで鳴らすギターの音が一番カッコいいと思うんですけど……実際にマイクを立てて録るとちょっと合わないように感じることも多くて。
それよりも、何もかまさないでライン録音したような音のほうが馴染むというか、コシがないチープなギター・サウンドのほうが合っていたりするんですよね。僕自身はギタリストとして出したい好きな音があるので、“こういうギターを使いたい”、“このアンプを鳴らしたい”って気持ちがあるんですけど、こういう作品ではあまり使えない(笑)。
あと、いわゆるヒップホップ系のトラックや、チルな感じの曲って、ギターの技術を見せつける場所ではなく、あくまでも“音楽の一部分”みたいなプレイを求められるんですよね。
なるほど。でも、1人のギタリストとして挑戦しがいのあるテーマのようにも感じます。
そうかもしれないですね。最近、Creepy Nutsの作品でギターを弾いているんですけど、色んなアイディアが湧いてくるんですよ。DJ松永君とスタジオで一緒に作業する時、僕が彼の作ったトラックを聴いて思いついたアイディアをバーっと弾くんです。色んなパターンの4小節、8小節のループを延々とくり返す、みたいな。
それを松永君が組み立てていくんですけど、シンプルなフレーズだけでなくエレキ・シタールのバッキングのような“え? それいく!?”みたいなものも選ばれたりするので、僕もやっていてすごく面白いですね。
磯貝さんが打ち込みのビートをバックにギターを弾く際、どういうことを意識していますか?
なんでしょうね……どの曲に関しても“常に自分の中で納得する演奏を残したいな”って思いがありますね。あと僕のギターに関しては、独特の間(マ)があると感じていて。今回の作品を聴いてもらうとわかると思うんですけど、けっこうルーズなんですよ。ちょっとレイドバックしてる感じのイメージというか。
うしろに溜まる感じ。
そうですね。もちろん曲に合わせてジャストに弾いたり、突っ込んで演奏することもありますけど、自分の作る音楽に関しては特に溜めることが多いです。今回のアルバムでは、タイム感に関しても“すごく自分らしく弾けてるな”って思ったんですよ。特に「Jazzy Fiddle (Interlude)」は、すごく良いテイクが録れましたね。それ以外だと“ラフなんだけど、カッコいい”というところも目指しています。
プロデューサー的な視点で楽曲を客観的に見ると
曲が本当に必要とする音しか残らなくなる
レコーディングで使った機材に関して教えて下さい。
基本は、黒いD’AngelicoのAtlanticがメインです。自分の思い描くタッチのイメージとバッチリ合うギターなんですよね。ほかにはIbanezのセミアコや1966年製のGibson ES-330、MOMOSEのJMタイプも使いました。アンプは使ってなくて、ほとんどAmpliTube 5やGUITAR RIGといったプラグインで音作りをしています。
今回のアルバムを聴くと、サステインが減衰していって、音が消える瞬間までギターを鳴らしきっているような印象を受けました。
嬉しいです。僕がギターを演奏する時は、“ブレスをしっかり取る”ということを意識しているんです。ギターはサックスと違って、息継ぎをしなくても手が動けば延々とフレーズを弾き続けることができてしまう。なので常に呼吸をするようにギターを弾くことを心がけていて、ずっとフレーズを弾き続けることはあまりないんですよね。
特にインプロでセッションする時は、だらしなく音を伸ばすこともあれば、意識して音をパッと切ることもあったり……そうやって緩急をつけるイメージで演奏しています。
作品を制作するうえで、一番重要視していたのは?
今回の作品には、エドと一緒に“Kazuki Isogai”っていう名前が出るから、“絶対に僕の色は出したい”と思っていました。そこで意識したのは、曲の顔となるようなリフやメイン・テーマとなるフレーズの部分。エドの作るカッコいいビートにハマる、存在感のあるギターを弾こうと心がけていましたね。
「Worldwide」や「Cinco」のメイン・テーマでは、微かに揺れているサウンドが耳に残りました。
使ったエフェクトは、たしかロータリー系だった気がしますね。普段は、あまりエフェクトを使わないんですよ。あとはコーラスとモジュレーションをかけるくらいかな。
原音に淡い色をつけるような使い方だと感じました。
実は自分でトラックを作り始めるまでは、アンプに直接プラグインした“素の音”が好きだったんですよ。でもビートの中のバッキングって、少しだけコーラスをかけたり、音を揺らしたりすると、ちょっとボリュームを小さくしても抜けて聴こえてきたりするんです。なので、ちょっとしたフックとしてエフェクトをかけたりすることはありますね。
最近のライブでも単音でカッティングする時は、けっこうコーラスを踏んで弾くことが多いです。本当は素の音で弾きたいんですけど、シーケンスが流れるような曲だとレンジがぶつかって埋もれてしまったり、逆に目立ちすぎちゃったりするから、芯を残したまま音を“細く”したい時にコーラスやロータリーをかけてみるというのが自分の中で流行っています。装飾音みたいな立ち位置で鳴らすアルペジオなんかでも、ちょっとキラッとするように微調整するイメージというか。
今回エドと一緒にアルバムを作ったことで自身の表現の可能性は広がりましたか?
大きく広がりました。本当にここ数年、様々なアーティストとコラボしたり、自分でもトラックを作るようになったことで、色んな音が聴こえるようになったんです。なので細かい部分にもこだわれるようにもなりました。
例えば1オクターブ上で同じフレーズをうっすらと弾いてキラキラした感じを演出したり……見た目ではわかりにくいけど“素材に塩振ってます”、“隠し包丁入れてます”みたいな(笑)。“これがあるからこっちの音が引き立つんだよ”って部分も楽しみながら音楽を作れていますね。それはライブでは表現できないところだし、スタジオ・ワークだからこそこだわれる部分だと思います。
プレイヤー、コンポーザー、プロデューサーと異なる視点から音楽を作れているんですね。
そうですね。一歩引いたプロデューサー的な視点を持つことで、楽曲を客観的に見ることができるんですよ。そうすると曲が本当に必要とする音しか残らなくなるんです。色んなアイデアが出てくるんですけど、削っていくことも多いんですよね。
では、1人のギタリストとして成長を感じるポイントはどんなところですか?
つい先日のライブなんですけど、自分の中で“良いタッチ”でギターが弾けたという瞬間があって。それはシンガーのNao Yoshiokaさんのステージだったんですけど、ハムバッカーのリア・ピックアップでロー・ゲインのクランチ・サウンドを作って指で弾いた時に、僕のイメージしている理想的なタッチでプレイできたんです。ジョン・スコフィールド的な、独特のタッチ感。僕自身“めっちゃ気持ちよくギター弾けるじゃん!”みたいな感じだったので、こないだ30歳になったんですけど、“年々、ちゃんと成長出来てるな”って実感しました(笑)。
制作を振り返って一言お願いします。
とても素晴らしいアルバムになったと感じています。直接会ったことのない人とメールだけのやり取りで、ここまで音を一緒に作れたのは、自分の中でも新しい発見でした。実はこれを機に、次回作も一緒に作り始めているんですよ。
現在、世界的なトレンドにもなっているサウス・ロンドン・シーンのクリエイターと一緒に音楽を作れているのは、自分にとってすごく刺激的なことなんですよね。
作品データ
『The edbl x Kazuki Sessions』
edbl、 Kazuki Isogai
配信/2022年4月29日リリース
―Track List―
01.Worldwide (feat. JPRK)
02.Ethereal
03.Lemon Squeezy (feat. Taura Lamb)
04.Cinco
05.Tides (feat. Rachel Jane)
06.Could It Be U (feat. Kieron Boothe)
07.Jazzy Fizzle – Interlude
08.Afrique (feat. Otis Ubaka)
09.Surface (feat. INIMI)
10.J.K. – Interlude
11.Máfia
12.Left to Say (feat. JPRK)
―Guitarists―
Isogai Kazuki(磯貝一樹)、edbl