異才のギタリスト=鬼怒無月が率いる轟音インスト・ロック・バンド、COILが、実に約20年ぶりとなるアルバム『ROCK’N’ROLL』をリリース。火を噴くような熱いギター・プレイが炸裂する快心作で、4人のメンバーが一丸となって、フルスロットルで突っ走っていくという趣の1枚。最近は改めて自身の演奏フォームを見つめ直しながら、一層プレイに磨きをかけているという鬼怒に新作の話を聞いた。
取材/文=関口真一郎 本人写真=中垣美沙 ライブ写真=yamasin
基礎に忠実な弾き方をすればちゃんと良い音が出るんだと気がつきました。
まずは約20年ぶりとなる新作の制作にいたった経緯から聞かせて下さい。
1つはコロナ禍が大きかったんだと思います。生演奏の仕事とかが次々となくなって、けっこう時間ができた時期に、ドラムの田中栄二君が“アルバムを作りませんか?”と言ってくれたんですよ。“じゃあ、作るか”と。ただ、それから実際に動き出すには2年くらいかかっているので、それは2020年くらいの話ですね。
それまでアルバム制作の話はなかったんですか?
漠然とはあったんですけど、なかなかきっかけがなくて。ここ数年は大尊敬するギタリストの有田純弘さんに言われて、右手のピッキング・フォームを変えてみたり、左手の運指を見つめ直したり、色々とやっていて。
それはこのコロナ禍の影響が大きかったのでしょうか。
いや、そういうことを始めたのはコロナ禍の前ですね。5〜6年前かな。イチからというのは言い過ぎですけど、それによって僕のプレイ・スタイルを10のうち4ぐらいまで作り直した感じがあって。というのも、これまでひたすら独学で基礎をぶっ飛ばして、自分が“良い”と思う弾き方をしてきたんですよ。それこそ70年代までのロック・ミュージックとかギターのあり方って、そうだったじゃないですか。
でも、今では音楽学校があったり、ネットに色んな情報が溢れていて、昔より明らかにギター・プレイヤーの平均レベルが上がってると思うんです。たまにちょっと寂しいというか、もっとめちゃくちゃなヤツはいないのかなと思ったりもしますけど(笑)。そこで自分も、今までごまかしていたようなことを、きちんとできるようにしたうえで個性を出せるようになったら、もっと良いんじゃないかなって思って。
どなたかに習ったりしているんですか?
たまに習いますね。それこそ僕の一番の先生は有田さんなんですよ。
有田さんとの出会いが自分の演奏を見つめ直すきっかけになったのですね。
有田さんとバンドをやるようになってからですね。FRET LANDには有田さんと竹中俊二君という素晴らしいギタリストがいるのですが、その2人と音楽を作る際に“これはオレの個性だから”みたいなことを言っていたら、話が進まないわけですよ。このトリオでは、凄い難しいフレーズをしっかりと弾けるようにして、なおかつそれをフォーク・ギターの良い音で鳴らす必要があったので。
そうなると“ピッキング・フォームから見直さなきゃいけない”というところにも気がついたんです。僕は昔、逆アングルで弾いていたんですけど、有田さんから “日本人がドレッド・ノートのフォーク・ギターを逆アングルで鳴らしきるのは無理だから順アングルに変えなさい”って言われて。
そうしたら、エレキ・ギターでも音が良くなったと言われるようになったんです。実際に録音したものを聴いても、前よりも低音が出てるんですよ。それまでは“なんで低音が出ないのかな”と思っていたんですけど、やはり基礎に忠実な弾き方をすれば良い音が出るんだと、この歳になって初めてわかりましたね。
“自分にとってのロックンロール”という意味も込めました。
そんな中、田中さんからアルバムを作りませんかと誘われたんですね。
そうですね。COILはギター・インストなので、ギターで“良いもの”を弾かないと何にもならない。今までは勢いと個性だけで突っ走ってきたところがあるんですけど、もうちょっと多くの人に訴えかけられるギター・ミュージックを生み出したいと考えながら作り始めました。
ここ数年の成果を形にしようと。
そうですね。それは僕自身でもあるし、バンドがこれまでやってきたことの集大成としてもそうですね。収録曲は、以前からあったものもけっこう入っているんですけど、「Boogie Boy Starship」と「Blood Moon Drive」の2つは新しい曲なんです。“ストレイ・キャッツみたいな雰囲気にしてみよう”とか、“シンプルな8ビートの曲を作ってみよう”と考えて、あまりひねらずに作りました。
アルバム・タイトルの“ROCK’N’ROLL”は、その2曲の印象と、“自分にとってのロックンロール”という意味も込めて決めたんです。僕は歌が歌えないし、詞を作ったりもできないので、そういう意味では純粋なロックではないのかもしれないですけど、気持ちとしてはそんな感じです。
確かに、鬼怒さんが参加されているほかのユニットと比べると、かなりストレートな印象を受ける1枚です。
もともとプログレ・シーンで育った人間なんで、“他人がやってないことをやらないと”っていうふうにどうしても考えちゃうんですよ。なので、今回はできるだけストレートにしてみました。
鬼怒さんほど多くのユニットを同時進行されている方は、なかなかいないですよね。
そうかもしれないですね(笑)。
それぞれのユニット用に曲を書き分けているんでしょうか?
気持ちとしてはあまり変わらないんですけど、バンドごとにコンセプトはあります。例えばBONDAGE FRUITは、アンサンブルの可能性をひたすら追求するということに重きを置いていて。逆にFRET LANDは、僕が好きなブルーグラス・ルーツのコンテンポラリー・ミュージックをやりたくて始めたバンドです。
好きな音楽をやりたいと思った時に、“僕の周りには素晴らしいプレイヤーがいるから、自分で作っちゃえば良いんじゃないか?”ってなったんですよね。振り返ると、僕のやりたいことをやるために、ひたすらバンドが増殖していますね。
変にひねるのが僕の個性なんですけど、昔よりもひねらないようにしました。
COILのコンセプトはやはりロック・ギターですか?
そうですね。それと、ある種ジャズに近いとも思っていて。純粋に演奏で聴かせるというか。それがジャズっていうことなのかはわかんないですけど。それでいて、ロックを聴いた時と同じ感情を感じてほしい。
アルバムは猛烈にエネルギッシュな演奏が目白押しですが、レコーディングはスタジオ・ライブのような形式で行なわれたのでしょうか?
そうです。いわゆるアナログ一発録りですね。
1曲目は先ほどもお話があった「Blood Moon Drive」。ヘヴィなリフが印象的です。
この曲のイメージはモトリー・クルーですね。これまでは全然聴いていなかったんですけど、試しに聴いてみたらけっこうカッコ良いなと。開放弦を使うリフなんかも印象的でしたね。
ああいうリフって、ロックの定番じゃないですか。意外とそんなイメージでリフを作ったことがなかったので、この曲はそういう部分を意識しました。開放弦を使った指の動きから考えついたリフですね。
2曲目の「Selva Oculta」はブルージィなメロディが印象的ですね。
この曲はジェフ・ベックのギターをイメージしました。ただ、昔のジェフってそんなに好きじゃなくて。ちょっとフュージョンぽいじゃないですか。あれがちょっと苦手で……。でも、『Jeff Beck’s Guitar Shop』を聴いた時に、もの凄くカッコ良いなと。聴いた感じがロックだなって。
鬼怒さんにはやや珍しいというか、ペンタトニック・スケールを基調とした演奏になっていますね。
そうですね。そのあたりはここ何年かの研究の成果というわけではないですけど、ペンタトニックのボックス・ポジションってあるじゃないですか。キーがAの時はこの音を使うみたいな。それを作曲の時に思い出して。そうしたアプローチが凄く新鮮に響きましたね。
鬼怒さんのアドリブにはかなり複雑なフレーズもありますが、コードの分解などを考えていたり?
いや、そんなこと全然考えてないです(笑)。
鬼怒さんなりのアドリブのメソッドがあるんでしょうか?
基本的にはその曲のキーのスケールを弾いてますね。ジャズの理論とかも勉強はしたんですけども、まったく身につかなくて。
ギターは独学ですか?
独学ですよ。なのでスケール・アウトしたフレーズみたいなものが得意になっていきました。とにかく変な音を弾けば良いんじゃないかと。アウトする理論も色々ありますけど“とにかく変に聴こえれば良いんじゃないか”みたいな。そういう変なフレーズはもの凄く練習したので、それが使えるところではけっこう使っちゃいますね。
そうした独学で培ってきたメソッドに加えて、今回はオーソドックスなスタイルも織り交ぜてみたということですね。
そうですね。だからといって、これから“ペンタトニックしか弾きません”っていうわけじゃなくて、ペンタトニックだけでも、聴いている人がグッとくるようなものを弾けるように頑張りたいっていう。なので、変にひねるのが僕の個性ではあるんですけど。昔よりもひねらないようにはしましたね。
人前で生演奏をするというのが性に合っているんですよ。
3曲目の「渤海」にしてもそうですが、本作はエフェクターが活躍していますね。鬼怒さんにはあまりエフェクターのイメージはなかったんですが。
そうかもしれないですね。ギタリストにとってエフェクターを使うのも、ある種の技術じゃないですか。自分はそういうところから逃げてきたような部分もあって。ジェフ・ベックにしろ、ジミヘンにしても、当時の最先端のエフェクターを使っていたわけだし、自分もそういうものを使えるようにしてみようかなと。
「渤海」のフランジャーの音は、竹中俊二君に誕生日プレゼントでもらったZOOMのマルチ・エフェクター(MS-50G)です。そこに入っていたADA製フランジャーのモデリングですね。
今回のアルバムで使ったギターは?
1998年くらいに入手して以来ずっと弾いている、ヴァンザントのSTタイプのみです。
エフェクターはどんなものを?
メインの深い歪みはXotic製RC Boosterと、Shin’s Music製Over Driveを直列にして作っていて、クランチはXotic製BB Preampです。また、どれかの曲でエレクトロ・ハーモニックス製のRam’s Head Big Muff Piも踏んだりしましたね。ワウはBOSS製のPW-10 V-Wahで、ディレイは同じくBOSSのDD-500。曲によってはMS-50Gの音を足したりしました。
アンプは?
Jazz Chorusです。現場にあれば、迷わず使いますね。
Jazz Chorusの魅力はどんなところでしょう。
クセがないこと。それと、音が聴こえやすいことですね。エフェクター・ボードを使えば、自分のイメージする音にすぐたどり着けるので凄く扱いやすいです。
それでは、音作りのポイントも教えて下さい。
基本的にVOLUMEは2にして、EQ系は大体真ん中です。最近ピッキング・フォームを変えた影響か、思っているよりもローが出ているので、BASSツマミを絞ったりすることもありますね。それと、周りではあまり使っている人を見かけないんですけど、リバーブのフット・スイッチをわりと使います。
ピックはどんなものを使っていますか?
ジム・ダンロップ製のピックをよく使います。エレキはTortex Standard 0.88mmで、ナイロン弦ギターを使う時はBig Stubbyの3.0mmですね。
使用弦も教えて下さい。
このアルバムのレコーディングの時はアーニーボール製のSUPER SLINKY(.009~.042)を使いました。それまでは.010のゲージ(REGULAR SLINKY)を張っていたんですけど、低音弦の音がベースのハイ・ポジションのように聴こえた時期があって、なんとなく色気がないなと。以前、灰野敬二さんと話をしていた時に、.009~にしているという話を聞いたので、今回のレコーディングでは.009〜試してみました。でも、最近のライブでは.010~に戻してます。
鬼怒さんにとってライブの魅力とは?
やはり人前で生演奏をするというのが性に合っているんですよ。あと何より、人と一緒に演奏するのが楽しいですよね。
インスト・ミュージックの楽しさとは?
よりギターが弾けるということ(笑)。そこにつきますね。
LIVE INFORMATION
「COIL“ROCK’N’ROLL”」公演情報
日程
2023年01月19日(木)元住吉Powers2
OPEN 18:00/START 19:30
2023年01月20日(金)柏StudioWUU
OPEN 19:00/START 19:30
2023年01月22日(日)所沢音楽喫茶MOJO
OPEN 18:00/START 19:00
チケット
鬼怒無月オフィシャルHPをご覧下さい。
作品データ
『ROCK’N’ROLL』
COIL
COIL/COIL-001/2022年11月25日リリース
―Track List―
- Blood Moon Drive
- Selva Oculta
- 渤海
- King’s Lomatia
- TARDIS
- Boogie Boy Starship
- 8630-R
- Big Loud Bang
- Blessed
- Earthman
―Guitarist―
鬼怒無月