ムーンライダーズが、新作アルバム『Happenings Nine Months Time Ago in June 2022』を完成させた。10時間に及ぶ即興演奏をメンバー自身でエディットとミックスしたという1枚で、バンドの新たな魅力を浮き彫りにした意欲作に仕上がっている。アルバムの制作背景について、鈴木慶一(vo,g)と白井良明(g)に話を聞いた。
取材・文:尾藤雅哉(ソウ・スウィート・パブリッシング)
演奏していて“ゾーンに入る”場面は何度かありました──白井良明
長年活動を共にしてきた岡田徹(k)さんが、2月14日にお亡くなりになるという哀しいニュースがありました。
鈴木 彼の演奏が入った録音物としては、今回のアルバムが最後になってしまいましたね。昨年発表した『It’s the moooonriders』(2022年)の時も体の調子はあまり良くなくて、レコーディングの途中で帰ってしまったりして……。なので参加率はあまり高くなかったんです。
でも、今回のニュー・アルバムでは伸び伸びと弾きまくっています。今作は楽曲のエディットやミックスを自分たちでやったんですが、“あ、この音も岡田くんだったのか”って気づくことがとても多かったですね。
白井 今回も「Ippen No Shi(Session3)」や「Work without Method(Session4,Ver2)」、「Chamber Music for Keytar(Session4)」といった曲でファイン・プレイを披露していますね。あと、今回のレコーディングでは、突然“何か”を弾き出してくることも多かった。
鈴木 そうそう。先行して“何か”をやり出してましたね。
白井 もともと岡田くんは、オーソドックスなアプローチで丁寧にフレーズを作って、カチッと決めていくタイプなんですけど、今回のインプロヴィゼーション(即興演奏)に関しては、みんなが唖然とするようなプレイで切り込んでくる場面もありました。
その理由を僕なりに考えてみたら……これは想像ですけど、キーもリズムもなくて、譜面も見ないで演奏してOKという“自由さ”が、岡田くんに凄く合っていたんだと思います。
鈴木 そうだね。“ムーンライダーズでインプロをやると岡田くんが演奏する機会が増えるんだな”と思っていた矢先の出来事だったんでね……。大変残念です。
ではアルバムについて話を聞かせて下さい。資料には“10時間に及ぶ即興演奏をパッケージした”と書かれています。このアイディアは、どのように思いついたのですか?
鈴木 マネージャーの野田(美佐子)さんから“次のアルバムはインプロヴィゼーションを録音しちゃいましょうよ”って発言があって。で、6月の終わり頃に、2日間を録音に費やしたんです。
いざやってみると“面白いからどんどん録っていこう”って感じになって、インプロのセッションを10回やったんです。そのうちの8曲は、無調かつノー・リズム。残りの2曲は、これまた野田さんの意見でリズムやコードがあるアレンジの曲を録りました。
白井 要するに、残りの2曲は“ジャム・セッションをしよう”ってことだよね。
鈴木 そうそう。インプロヴィゼーションではなく“ジャム・セッション”みたいな感じだったね。
白井 僕としては、ムーンライダーズの面々が集まってインプロをやるっていうのは、凄く楽しい企画だし、新しい挑戦だなって思いました。インプロ・バンドとしては僕らは新人になる訳だし。
鈴木 そうそう(笑)。即興演奏で音楽やってる人たちは昔からいるので、そこにちょいと参入してみるということです。
白井 やっぱり真剣勝負の一発録音だったから、凄く緊張するのよ。そうやって緊張した状態で一生懸命演奏していると、ランナーズ・ハイみたいになってきたりするんだよね。演奏していて“ゾーンに入る”って場面は何度かありました。
鈴木 普通だったらテーマとなるフレーズやリフ、コード進行などをくり返しながら音楽を作っていくんだけど、今回は決まりごとが一切なかったから、本当に緊張感があった。何をやっても自由だからミスという概念もないんだけど、“自由の恐ろしさ”というのがあって。
相手の出した音に対してコンマ何秒で反応して、自分が音を出すか、それとも出さないかってことを瞬時に判断しなきゃいけない。“演奏する”というよりも“反応する”ってことだね。それを記録していくんだから、もう各々が裸になってすべてを晒してる感じだったね。
先ほど、エディットやミックスは曲ごとにメンバーそれぞれが担当されたという話がありましたが、作業はどのように進めていったのですか?
白井 今回のアルバムでは、僕と慶一くん、夏秋(文尚)くん(d)、(佐藤)優介くん(k)、ダブさん(Dub Master X)がミックスを担当したんですけど、10回やったセッションの中からやりたい曲を選び、それぞれが好きなようにエディットしながら完成させていく感じでしたね。
鈴木 人によってエディットのやり方は違っていて。私なんかは基本的にセッションが始まってから終わりまで使っているけど、例えば優介くんがミックスした「SKELETON MOON(Session1)」は、30分の演奏を15分弱に縮めていたりする。というのも、演奏は“無調かつノー・リズム”なので、“ここに何か音が欲しい”って時には、時間軸として終盤に鳴っていた音を前のほうに持ってきたりもしたそうです。良明さんは、1回のセッションから2曲作ってるしね。
白井 ミックスするために録った音源を聴いていたら、演奏に波があるんですよ。山あり谷あり。その中の“谷の部分”を切り取ってみたら、すでに1曲できあがっていたんです。で、そのあとになってまた誰かが次の音を出し、それに反応して違う曲が生まれていく。そんな風にして、僕の場合は2曲作れた感じですね。
良明さんがミックスを担当したのは、どの曲ですか?
白井 3曲目の「Work without Method(Session4,Ver2)」と5曲目の「Chamber Music for Keytar(Session4)」です。僕が担当した曲に関して言えば、ミックスもインプロ的に即興でやった感じですね。
鈴木 私は「Ippen No Shi(Session3)」のミックスを担当したんだけど……今回、レコーディングしてから半年後に聴いたというのが良かったと思います。演奏している時は夢中だったけど、期間が空いたことで冷静に向き合うことができましたから。
白井 あと、ミックスをやっていて気づいたことがあって。今回は、音のかぶりが凄かった。僕はブースに入ってレコーディングしていたけど、慶一さんや優介くんなんかは、色んな古典楽器をスタジオの中にズラーっと並べて演奏していましたからね。
鈴木 そうそう。優介くんと私は、スタジオの中をあちこち飛び回って演奏していたんですよ。ティンパニやグランカッサ、グロッケン、ヴィブラフォン、マリンバを含め、大量の楽器が置いてあって、どこに行って何をやってもいいよって感じだったから、エンジニアはマイクのセッティングが大変だったと思う。ミックスを担当したダブさんも、“音の回り込みが多くて大変です”なんてことを言ってたね。
良明さんは、どのようなイメージでレコーディングに臨んだのでしょうか?
白井 みなさんは色んな楽器を演奏していましたけど、僕はとにかく“エレキ1本だけで行こう”と思っていました。というのも、僕はギターと集中して向き合ったほうが、インプロの世界に深く飛んでいけるような感覚があったんです。なので使ったギターは、基本的にレス・ポール・スペシャルだけでしたね。
慶一さんは、先ほど色んな楽器を使ったと話していましたが、今回の作品においてギターという楽器をどのように鳴らそうと考えていましたか?
鈴木 レコーディングの時は、ペダルボードに色んな種類のエフェクターを用意していました。すべてを使うかどうかは別として、例えばメロトロンの音が出せるやつ(Electro-Harmonix製MEL9)とか。私の場合、ちょっとアンビエント系でフワーンとした音を鳴らすことも多いですから。
演奏中は、“曲にならないように”ということを意識していました。──鈴木慶一
「SKELETON MOON(Session1)」は、文字どおり“ファースト・テイク”を収録した楽曲ですね。
白井 みんなでスタジオに集まって、全員で音を出した最初のテイクです。
鈴木 どんな音楽が生まれるか、誰もまったく予想がつかない状態で始まったので、非常に緊張感に溢れた面白いものが録れたと思う。すべての機材のセッティングが終わり、マイクのチェックもOKというタイミングで、ついつい近くにあったグロッケンとか何の気なしに触っちゃうと、そこからセッションが始まってしまったり……(笑)。
“ちょっと待って! 1回座ろう”と椅子に腰を落ち着けて、私がいきなりギターを“ガーン”と鳴らして、そこからの出たとこ勝負でできあがった曲ですね。で、始まり方はもちろん大事なんだけど、演奏の“終わり方”っていうのも色々ありまして。インプロヴィゼーションの終わり方って独特なんだよね。ここらで終わりかと思ったら、“まだ引っ張ってる人いる!”とか(笑)。
白井 そうだね。みんな“自分の音で締めたい”っていう(笑)。
鈴木 『It’s the moooonriders』(2022年)の「私は愚民」でやったインプロの時も同じで、なかなか終わらないから最後に“終わりじゃ~!”って言って終わらせたりしたよね(笑)。その声も聴こえる。
白井 全員がお互いに空気を読み合っている瞬間って楽しいんですよ。“終わっていくな、終わっていくな、最後はどうなるのかな?”って。
鈴木 で、誰かが音を出しちゃったりすると……また始まっちゃう(笑)。
なるほど(笑)。ということは、今回のセッションに関して、あらかじめ設計図のようなものを用意したりは……?
白井 何もないです。
鈴木 3回目のセッションになってきたくらいのタイミングで、“アコースティック楽器で始めよう”とか“室内楽的にしていこう”みたいな話はあったけどね。あと、“次は3人くらいで始めよう”って言ってるのに、全員がドンドン入ってきたりして(笑)。
白井 統制取れてねえなあ(笑)。
即興とはいえ、演奏を続けていくうちにアンサンブルがシェイプアップされて、だんだんと“曲”になっていく場面もあったのでは?
鈴木 ありましたね。だから私自身、“曲にならないように”ということは意識していました。みんなが同じように考えていたかどうかはわからないけどね。“なんか曲になりそうだな”って感じた時は、あえてそうならないように逃げていったりもしました。
白井 やっぱりセッションも2、3、4曲目になってくると、お互いの個性がよりわかってくる。そうすると、相手の出方に合わせることもできちゃうから、即興でやっていたとしてもどんどん“整理された音楽”になっていきかねないからね。
「Work without Method(Session4,Ver2)」では、慶一さんのアコースティック・ギターによるメカニカルなフレーズに良明さんのエレキが重なり、それがまた徐々にズレていく展開が凄く印象的でした。
白井 そうそう。調もリズムもない中で、そういう場面を狙って生み出すというのが“即興演奏でグルーヴを作る”っていうことなんだと思います。
今回のアルバムを完成させたことで得た手応えは?
鈴木 1つのバンドで何十年も一緒に活動してきたメンバーとインプロで作品を作るってパターンは、あまり例がないと思うんだよね。しかも、プレイ・スタイルをよく知っているはずなのに、“あれ? こんなフレーズを弾いたりするんだ”って新たな発見もあったりして。50年以上の付き合いになっても、まだまだわかんないところがあるんだなって、新鮮な驚きがありましたね。
白井 新人バンドとして、最初の作品を作ったような嬉しさがありますね。
鈴木 そうだね。だからファンの方々の反応や、音楽ライターの方々がこの作品をどのように受け止めるか、ちょいと楽しみなんですよ(笑)。
白井 ここからは、なかなか長い道のりですよ。インプロ道の(笑)。
制作を振り返ってみて、印象に残っているハイライト・シーンはありますか?
鈴木 自分でミックスした「Ippen No Shi(Session3)」では、曲の終盤で良明さんがギターで“ガーン!”と行ったあとに、私がさらにギターをフィードバックさせてるんだけど……物凄く良い感じのフィードバックが出せましたね。ミックスの時に聴き返して、自分でもビックリしました(笑)。
白井 僕のハイライト・シーンは、「Stairway to Peace(Session8)」。E-BOWとボリューム・ペダルで1分くらいの大きなフレーズを作って、それをループさせて。それに対して、三度か五度くらい上のフレーズを重ねてハーモニーを作っていくのを延々とやり続けるという。ここは自分的にハイライトですね。
では、お互いのハイライト・プレイは?
白井 何と言っても、慶一さんとガチでギターを弾き合った「SKELETON MOON(Session1)」の冒頭ですね。
鈴木 良明さんのハイライト・シーンは、さっき話にも出た「Stairway to Peace(Session8)」のエンディングで延々と鳴ってるループ。あと「Jam No.2 in Z Minor and Major(Session10)」かな。良明さんは自分で“デヴィッド・ギルモアみたいなフレーズ”って言っているんだけど、私はデング・フィーヴァー(※在米カンボジア人のチャウム・ニモルがボーカルを務めるアメリカの6人組サイケデリック・ロック・バンド)ような雰囲気を感じましたね。
白井 「Jam No.2 in Z Minor and Major(Session10)」は、優介くんが最初に弾いたコードがDmだったから……“Dということはデヴィッド・ギルモアだな”みたいなイメージからアプローチしていきました。
“無調かつノー・リズム”の曲に対して、お二人は何の音をガイドにしてギターを弾きましたか?
鈴木 ガイドはないんですよね。
白井 うん。ガイドはないよね。普段のライブだったら、ドラムとかを聴いて発想を広げたりもするけど、今回はそんなもんじゃなかった。
鈴木 “どこを押さえたら何の音が鳴るか?”ってことも考えてない。なんなら手元を見ないで弾いてると思う(笑)。しかも、そこで手癖的にリズムを刻んじゃったりすると、なんか歌のバッキングみたいになっちゃうんで、そうではないことをやろうって。
白井 だから今後のライブでもね、これまで作ってきた我々のオリジナル曲は、そういう自由な考え方でドンドン溶かしていったほうがいい気がしています。
鈴木 そうだね。今回の作品でアプローチしたことが、“既存の曲にどのように反映されるか?”というのが今から楽しみなんです。曲を解体していくことになるかもしれないし。
白井 そうそう。そういうライブは楽しそう。
鈴木 もともとライブは、録音物と同じように演奏してないんですよ。リハーサルを数日やっていると、ドンドン変わっていってしまう部分も多いですから。
なるほど。改めて、作品制作を振り返って一言お願いします。
鈴木 長年、リズムや和声を中心に音楽を作ってきた我々ですが、そこから解放されたことで“これからどうなっていくんだろう?”っていうのが、新人バンドとしては面白いところですね(笑)。
白井 今回の作品で、ムーンライダーズは新人インプロ・バンドとして、新しい領域に入った感じがします。なので、音楽にはロックとかクラシックとか色んなジャンルがあるけれど、そういうものにとらわれずとも素敵なギターが弾けますよっていうメッセージを送りたいですね。
鈴木 あと、今回のアルバムにはレコーディングした10曲の中の6曲が収録されているんですが、まだ4曲残ってるんですよ。すでにミックスが終わっている曲もあるので、“vol.2も行っちゃおうぜ”って思ってます。けっこうアバンギャルドな曲が多いんですよ。
白井 あと、ラテンっぽい曲もあったよね。
鈴木 あったね。チューブラー・ベルズを使ってラテンなリズムをやった曲とかね(笑)。なので、ぜひvol.2が出たら、そちらも合わせて聴いていただきたいですね。
今回の制作を終えて、ギターという楽器が持っている表現の可能性について、お二人はどのように感じていますか?
白井 ギターは、物凄く弾き手の人間性が出る楽器だと思う。自分が納得するサウンドを追求して音色を研ぎ澄ませていくと、スーッと音楽の深いところまで入っていける感覚があります。そうやって自分自身が曲の中に溶けていけるようになれたらいいな。
鈴木 そうだね。“ギャーン!”って弾いた時に、“おお、いい音だな”って感じたら、自然と手が次の音に向かって動き出しますから。音を出すだけで何かしら新しい発見をしたりするのが、ギターという楽器の面白いところだと思います。でも、ずっと背負っていると、肩のバランスの悪さで腰が痛くなるけどね。
作品データ
『Happenings Nine Months Time Ago in June 2022』
ムーンライダーズ
コロムビア/COCB-54351/2023年3月15日リリース
―Track List―
- Ippen No Shi (Session3)
- SKELETON MOON (Session1)
- Work without Method (Session4,Ver2)
- Stairway to Peace (Session8)
- Chamber Music for Keytar (Session4)
- Jam No.2 in Z Minor and Major (Session10)
―Guitarists―
白井良明、鈴木慶一