世界中がその才能に嫉妬する、今、最も想像力豊かなギタリストの1人──ブレイク・ミルズ。クリス・ワイズマンと多くの楽曲を共作した彼の最新作『Jelly Road』では、サステイナー搭載のフレットレス・ギターやゴム製ブリッジを採用したモデル、プリペアド・ギターなどを用いた実験的なパートも巧みに組み合わせた、美しく幻想的な音世界が味わえる。今回は、そのギター・アプローチやアレンジ、今作で共演したギタリストたちの話などを聞いてみた。
質問作成=福崎敬太 インタビュー/翻訳=トミー・モリー Photo by Scott Dudelson/Getty Images
G.ウェラーはとてもミステリアスなプレイヤーだよ
2022年の夏にインタビューをした時に“クリス・ワイズマンと一緒にアルバムを作っている”と言っていましたが、その前のストーリーとしてAmazon Primeのドラマ『Daisy Jones & The Six』での共演があったのですね(※1)。いつもと異なる音楽制作の現場だったと思いますが、どういった経験になりましたか?
ギター・プレイに特化した、あの時代(※2)の音楽を作るというのは、なかなか面白い経験だったね。かなりクラシックなやり方でギターを弾いていった感覚があったよ。
あの時代の音楽って“オマージュする”部分に面白さがあって、だからこそ現代の様々な音楽の中にも、60年代や70年代の音楽からの影響が見られるんだ。実際にあのプロジェクトのアルバムだって、1971年に作られた音楽のように感じるけど、作ったのは2021年なわけだしね。
いずれにせよ、普段僕が作るようなやり方とは異なる音楽で、フレッシュな体験だったよ。
※1:ブレイク・ミルズは『Daisy Jones & The Six』のエグゼクティブ・ミュージック・プロデューサーとして参加し、劇中バンドの音楽などを中心となって作曲した。
※2:物語は70年代という設定。
さて、前作『Notes With Attachments』はピノ・パラディーノとの共演で、今作『Jelly Road』は多くの楽曲がクリス・ワイズマンとのコラボレーションです。クリスとの共同制作はどうでしたか?
セッション・プレイヤーとして何かに参加する時もそうなんだけど、誰かとコラボレーションをする時は、相手の個性が収められたものに必ずたどり着くんだ。それはサウンドだけに留まらず、人間性も含めてね。
ピノとやった時も同じことで、僕もベースはプレイできるけど、やっぱり彼にしかないものが注入された音楽になった。
今回のアルバムでのクリスも、ほかの誰とも違う様々なものをもたらしてくれたよ。作曲のプロセスにおいて、僕は“このコード進行にクリスはどうアプローチするだろう?”と考えながら作ったところもあったし、クリス側でも同じ場面があったと思う。
あと、今作のレコーディングのために初めて一緒にスタジオに入ったのが、僕らが同じ空間に初めて入った瞬間でもあったんだ。だから制作を通じて互いのことを探り合っていた。うん、このアルバムをとおしてお互いをよく知った、と言うべきだね。
ギタリストとしては、G.ウェラーが「Suchlike Horses」で参加しています。彼の情報が日本にはほとんどないのですが、あなたから見てどのようなプレイヤーですか?
彼はとてもミステリアスなプレイヤーだよ。彼の『Pirate Songs of the Lower Islands』を初めて聴いた時、どうやってプレイされているのか半分以上想像がつかなかった。彼は1〜3弦と6弦を変わったチューニングにしていて、それによって特殊なサウンドで奏でていることがやっとわかったんだ。
ここサウンド・シティ・スタジオ(※3)で行なった半日でのセッション以来、連絡を取っていないけど、再び一緒に演奏したいね。
※3:『Jelly Road』が録音された米LAのスタジオ。
この「Suchilike Horses」は、G.ウェラーの幻想的なアコースティック・ギターと、あなたの様々な楽器が生み出すテクスチャーが美しく絡み合います。
イントロでG・ウェラーはかなりフリーな感じでプレイしていたはずだね。ピアノが入ってからのパートはそれと違ったコンセプトで、かなりアレンジをして形を作っていった。曲をサポートするイメージで組み上げていったかな。
この曲でのサステイナー搭載のフレットレス・ギターによるプレイは、クラシックのフルート奏者のようなアプローチだと感じました。このパートにはどのような役割を求めましたか?
この曲に入っているままの状態を求めて使っただけだよ。この楽器はとても独特なサウンドを持っていて、ほかの楽器っぽさもあるけど、かといって何か特定のものというわけでもないんだ。君が指摘してくれたとおり、フルートのようなビブラートやブレス感もあるけど、フルートほどの正確な音程感があるわけではない。
で、この曲のスペースやタイム感から、夜明けちょっと前の、アニメに出てくるような星の光みたいに、実写とは少し違うような質感の光景が見えてきたんだ。超現実的で幻想的なカウボーイの世界って言うのかな? そんな情景を表現するのにピッタリな楽器だったと思うね。
「Purple Rain」へのリスペクトを込めたものになった
もう1人、プリンスの“ザ・レボリューション”などでも知られるギタリスト、ウェンディ・メルヴォインも、いくつかの曲で参加しています。
彼女が直感的にプレイすることでアルバムにどんな影響が生まれるか、ということに興味があったんだ。それで、彼女は世界が誇るリズム・プレイヤーだから、最初に「Highway Bright」と「Press My Luck」で弾いてもらった。この2曲は循環的なコード進行の曲で、セクションごとに細かく決めなくても済むこういう曲のほうが、彼女による抑揚の付け方が活きると思ったんだよ。
あとは「Skeleton is Walking」でも弾いてもらったね。
ウェンディはこの曲でも弾いているんですね。
この曲は彼女がプレイすることを想定して作ったわけじゃないけど、キーがB♭だったからね。プリンスの「Purple Rain」もB♭で、あの曲での彼女のコード・ボイシングはとってもラブリーだろう? だから僕らは彼女がプレイするB♭のコードが聴きたくてお願いしたんだ(笑)。
でも実際に彼女に話したら、“あなたたちは何のことを言ってるの?”って。僕がギターを手に取って“ほら、このコード・ボイシングで「Purple Rain」で弾いていたじゃないか。あれのことだよ”と見せても、“私がプレイしたのはそのコードじゃないわ”と言われてしまった。
彼女が実際にプレイしていたのはFsus2みたいな押さえ方で、僕らは実は間違っていたようなんだ。そこで実際に「Purple Rain」を弾いてくれた流れで、そのまま「Skeleton is Walking」のコード進行をなぞってギター・パートを作り始めてくれたんだよ。その場ですぐに録音をして、一発で彼女はキメてくれたね。
だから、この曲は「Purple Rain」へのリスペクトを込めたものになって、ギター・ソロもそれに敬意を払ったものになったんだ。
あのギター・ソロにはそんなイメージもあったんですね。これもフレットレス・サステイナー・ギターですが、「Suchilike Horses」でのアプローチとは違った、あなたのスライド・ギターに近いフィーリングがあります。
うん、これはたしかに「Suchilike Horses」と同じギターを使っているし、プレイの仕方も異なっていたと思う。カポを装着して、ほとんどワンテイクで弾いたけど、ひょっとしたらスライドもパンチインしたかも。この楽器でどんな音が出せるか実験をしたサウンドなんだ。
このフレットレス・ギターは、あなたにとってどんな存在ですか?
ここ数年僕はこのギターをよく弾いていて、ライブではほぼメインで使っている。スライドをプレイしてきたギター以上に使っているかもしれない。今まで僕がスライドで体験してきたことから、さらにその先に連れて行ってくれるような気がするんだ。
話は戻りますが、ウェンディが参加した「Highway Bright」では、クリスとあなたを含めた3人に、“プリペアド・エレクトリック・ギター”のクレジットが記されています。それぞれどのようなアプローチをしたのでしょうか?
僕らはチューニングを適当に変えて、弦と弦の間に彫刻に使うようなパテを挟んだんだ。銅像に雨が降りかかる時のようなランダムな雨音っていうのかな? ああいうのを目指していた。
曲のエンディングに向かうところは、彫刻が展示された庭園に足を踏み入れた瞬間を彷彿させるようなサウンドになっているんだよね。
また、いくつかの楽曲であなたとクリスは反転チューニング(注:Inverted Tuning/1弦にE音6弦、2弦にA音5弦……とレフティ用のように逆に弦を張ったチューニング)でプレイしていますが、これはどんな効果がありましたか?
すでに書かれたパートでも、反転チューニングで実験することで違った雰囲気になる。スタンダード・チューニングのギターのうえに、それとほぼ同じようなパートを反転チューニングでダビングするだけでも、特別なテクスチャーを作り出すことができるんだよ。実際、「Skeleton is Walking」はその方法で録音しているね。
あとは、メロディやベースの音を際立たせる役割もあったんだ。「Jelly Road」のメイン・ギターは反転チューニングなんだけど、ゆっくりとレイキングするようなピッキングをする時に、コードのルート音の聴こえ方が少し異なってくるんだよ。
アップ・ストロークだと一番高い音で終わり、ダウン・ストロークだと最も低い音で終わることになるだろう? この曲ではダウン・ストロークをプレイしていたから、ベース音をペダルさせているようなサウンドになっているんだ。
“リズム”はボーカルに活力を与えるものであるべき
先ほど話に出た循環進行の「Press My Luck」は、A♭-E♭-B♭-E♭というシンプルなコード進行ですが、深みのある響きが印象的です。コード進行についてはどのように考えていますか?
「Highway Bright」や「Press My Luck」みたいにコード進行が循環している曲では、Iのコードから始まっていないんだ。「Highway Bright」はV、「Press My Luck」はIVのコードから始まっているけど、そういったトニック以外から始まる進行によって、常に落ち着いたものとは異なった面白さが出るよね。
では、リズムに対する考え方は?
リズムはボーカルに活力を与えるものであるべきで、そこに向かって歌いたいと思えるような、面白いものであるべきだと考えているよ。
普段僕は自分の曲でコードを掻き鳴らすことがあまりなくて、フィンガーピッキングでプレイすることが多い。親指とそれ以外の指を異なるリズムで動かすことで、抑揚のあるダイナミクスを生み出しているんだ。
1つの楽器がコード伴奏をするようなアレンジではなく、アンサンブル全体でテクスチャーを作っていく手法も多いですが、クラシックのオーケストラからの影響などはあるのでしょうか?
カッコつけてイエスと答えたいところだけど、現実的にはそう答えられるほどのトレーニングはしていないね(笑)。多くの楽器に囲まれた環境でこれまで弾いてきたから、どういうパートがうまく絡み合うかが推測できているんじゃないかな?
キーボードやギターがどう鳴ってくるのか、リズム的な観点で考えたらどうなるのかといったことは、自然と把握できている気がするよ。複数のギターがある時は、自動的に僕の頭脳がプロダクションの観点からアプローチしていると思うな。
オーケストレーションを考える力を、音楽の製作やアレンジに応用しているのだろうけど、クラシックの世界をとおらずにそれを身につけてきたのだろうね。
そういったオーケストレーションの中で、楽器の音色はどのように決めているのでしょうか?
最終的にアルバムで聴けているものの多くは、何かを排除していったことの副産物だったりするんだ。“この曲にはフレットレス・ギターがピッタリだ!”とか“ナイロン弦のギターを使うべきだ”って、常にわかっているわけじゃない。ほとんどの場合、自分の近くにある楽器を手に取って、そこから始まっているだけだよ。
それでいて何かが違うとか、意図した感覚が伝えられてない、面白さが足りないと思うようであれば、“このスチール弦のマーティンはちょっとブライトな気がするから、ナイロン弦に代えてこのパートをもう一度プレイしてみよう”、“それが良くなるのか悪くなるのか、とりあえず聴いてみてから考えよう”っていう感じだね。
このアルバムではナイロン弦のテクスチャーをかなり使っていて、それは曲がそういったものを求めていたからだと思うんだ。
昨年はピノ・パラディーノとの来日がありましたし、クリスと『Jelly Road』の楽曲を日本でもプレイする機会を願っています。
もちろん! それに関してどうにかならないかと動いているところでもあるんだ。ピノとのライブは、僕がツアーでプレイしてきた中でも最高の経験の1つになったからね! 日本でのステージは、オーディエンスと一体になって、僕たちとお客さんで同じページを読んでいるように感じられた。その場にいる誰もが、そこにあるべきもののような感覚があったんだ。
日本にはそう遠くはない内に戻りたいと思っているよ。僕たちのアルバムに興味を持ってくれてありがとう!
作品データ
『Jelly Road』
ブレイク・ミルズ
輸入盤/2023年7月14日リリース
―Track List―
- Suchlike Horses
- Highway Bright
- Jelly Road
- Skeleton Is Walking
- Unsingable
- Wendy Melvoin
- The The Light Is Long
- Breakthrough Moon
- There Is No Now
- Press My Luck
- A Fez
- Without an Ending
―Guitarists―
ブレイク・ミルズ、クリス・ワイズマン、ウェンディ・メルヴォイン、G.ウェラー、カイル・トーマス