現代の音楽シーンにおける最重要ギタリストの1人、クルアンビンのマーク・スピアーが、世界中の“此処ではない何処か”を表現した快楽音楽を毎回1枚ずつ紹介していく連載。
今回は、マッシヴ・アタックと共に、90年代前半のUKでのムーブメント、“トリップ・ホップ”を牽引した音楽ユニット、ポーティスヘッドのデビュー・アルバム『ダミー』。数多くのクリエイティブなアイディアが、マークの琴線に触れた一枚だ。
文=マーク・スピアー、七年書店(アルバム解説) 翻訳=トミー・モリー 写真=鬼澤礼門 デザイン=MdN
*この記事はギター・マガジン2021年8月号より転載したものです。
ポーティスヘッド
『ダミー』/1994年
トリップ・ホップを象徴するブリストル・サウンドの金字塔
マッシヴ・アタックと共に、90年代前半のUKでのムーブメント、“トリップ・ホップ”を牽引した音楽ユニットのデビュー盤。サンプリングを駆使したダークなトラックが印象的な本作だが、ジャズのバック・ボーンを持つギタリスト、エイドリアン・アトリーのプレイもドープ。ブリストル・サウンドのイメージを決定づけ、その後のエレクトロニカ・シーンにも大きな影響を与えた1枚だ。
ダークでヴァイブがあり、取り憑かれるような妖しさもある。美しいよ。
94年に出たポーティスヘッドのファースト・アルバムで、いわゆるトリップ・ホップの名盤の1つだよね。このアルバムで僕が語りたいのは、「サンプリング」という手法の可能性についてだ。この作品はご存知のとおり、サンプリングが多用されたアルバムだよね? それで、何がポイントかというと、この『Dummy』は従来の手法である「過去に存在していた誰かの音源」をサンプルしたのみならず、彼らは自分たち自身のサンプリングもしているんだ。これって、意外と思い付かないアイディアだよね。だって自分の演奏はサンプリングなんかせずに、弾いてレコーディングすればいいじゃないかって普通は思うだろう(笑)? そういう裏の発想というのは実にクリエイティブで、賞賛に値するよ。
彼らは、一度録音したものをレコード盤にプレスしていて、それをDJにスクラッチでプレイさせているんだ。ベス・ギボンズも自身の声をサンプリングしているね。僕らクルアンビンは生音のバンドではあるけど、こういうサンプリング・カルチャーにも大きな影響を受けていて、そこからヒントを得ることも多いんだ。
このアルバム全体のプロダクションについては、まずシンプルに、音楽的に素晴らしい。純粋にメロディが美しくて心を突いてくるよ。そして、とても「テクスチャー的」であるのも大好きだ。具体的なパートやフレーズうんぬんというより、テクスチャー、つまり音の世界観のようなもので魅せるというかね。で、その1つの世界観の上にさらに別のテクスチャーを重ねているところもある。実に素晴らしいよ。間違いなく現在でも影響を与え続けている作品だし、僕は今でもこのアルバムを聴いているね。お薦め曲をあえて挙げるなら、1曲目の「Mysterons」かな。ダークでヴァイブがあり、取り憑かれるような妖しさもある。とにかく美しい必聴盤だね。
マーク・スピアー(Mark Speer) プロフィール
テキサス州ヒューストン出身のトリオ、クルアンビンのギタリスト。タイ音楽を始めとする数多のワールド・ミュージックとアメリカ的なソウル/ファンクの要素に現代のヒップホップ的解釈を混ぜ、ドラム、ベース、ギターの最小単位で独自のサウンドを作り上げる。得意技はペンタトニックを中心にしたエスニックなリード・ギターやルーズなカッティングなど。愛器はフェンダー・ストラトキャスター。好きな邦楽は寺内タケシ。