個性的な魅力で多くのギタリストたちを虜にする“ビザール・ギター”を、週イチで1本ずつ紹介していく連載、“週刊ビザール”。今回は、ビザール界のワールド・スタンダード=ダンエレクトロから、最も切ない(?)PRO 1を紹介しましょう! このうえなくシンプルさを追求した本器が持つ哀愁、そして無骨さ。これを弾きこなすのは“プロ”級のウデが必要ですよ!
文=編集部 撮影=三島タカユキ 協力/ギター提供=伊藤あしゅら紅丸 デザイン=久米康大
DANELECTRO
PRO 1
合理性が生み出した圧倒的な機能美
ビザール・ギターの中でもとりわけ一般的知名度の高いブランドのひとつがダンエレクトロ。その要因は言わずもがな、ジミー・ペイジやジャック・ホワイトなどの著名ギタリストによる使用などが大きいだろう。
そんなダンエレの中でもカルト的人気を誇るモデルが、このPRO 1。1963〜1964年頃の短期間製造されていたモデルで、同時代に販売されていたダンエレクトロ製シルヴァートーン1457などと同様のアンプ内蔵ハードケースとセットで売られていた。
また、デヴィッド・リンドレーが2ピックアップのモデル=PRO 2を使っていたことでも、この形を知る人がいるかもしれない。ただ、何が“PRO”なのか……。それは、プロじゃないと弾きこなせないその無骨さにあるのかもしれない。
1ピックアップ、1ボリューム、1トーンと漢らしい仕様で、独特のオフセット・ボディ。そして、ほぼ12フレット・ジョイントというなかなか弾きづらそう(!)な作りである。“弾きやすさ”に寄与する点としては、3/4スケールで無理なストレッチもなく弾ける、ホロウ・ボディで軽い、という点くらいか? ちなみにリンドレー曰く、“レス・ポールのようなサウンドが出る”らしい。
さて、ではなぜこんなシンプルなモデルが登場したのか。それはダンエレクトロの創設者=ナット・ダニエルのギターに対する姿勢から推測することができる。
ダンエレクトロは1947年、ネイサン(=ナット)・ダニエルによって設立されたブランド。リトアニアからの移住家庭で1912年にニューヨークで生まれたナットは、10代の頃からラジオなどの電子機器に興味を持つようになる。そして、マンハッタンに“ダニエル・エレクトリカル研究所”を設立し、同じくニューヨークに居を構えていたエピフォンからの仕事で、初期のエレクター・アンプの開発などに携わっていた。
第二次世界大戦で一旦自身のビジネスから離れることになるが、終戦後にまたアンプを基軸にした仕事を始める。それがダンエレクトロ(=Daniel Electrics)である。
ただ、ナット自身はギターが弾けたわけではなく、根っからの電気オタク。ギター本体の製造にはさほど興味はなかったようで、自身のブランドからギターを出すのは1954年後半のこと。しかし、そこから派生していく数々のモデルには、先進的なアイディアをどんどん投入していった。
当時の新素材であるメゾナイト(※)をボディに採用し、木が持つ不安定さの解消を試みたり、棒磁石に直接ワイヤーを巻いたリップスティック・ピックアップも、“口紅の金属カバーをピックアップ・カバーにしてしまおう”という彼の合理性が生み出したもの。この理系ならではのアイディアはある側面から見ると非常に先進的で、これまでの常識にはとらわれないギター作りは新たなサウンドを生み出したのだ。
※木材チップを粉砕の後、水で溶き熱圧成形する。コタツ天板などのデコラなどと同じ=接着剤は不使用なので、MDFとは異なる
このPRO 1も、直線的なボディ・ラインやシンプルな仕様は、修理のしやすさや製造面での合理性を考えて作られたと思われるが、機能美すら感じるデザインでもある。彼の考え方が最もシンプルに表出したモデルが、このPRO 1なのかもしれない。