プロデューサーやアレンジャーとしても活躍するOvallのギタリスト、関口シンゴ。彼の8年9ヵ月ぶりとなるソロ・アルバム『tender』は、自身のInstagramやYouTubeで取り組んできた“チル・ギター”スタイルの集大成で、制作をすべて自宅スタジオ内で完結させたという1枚だ。様々なジャンルの要素を内包する、この“チル”で聴き心地の良いギター・スタイルの正体に、新作の楽曲を題材にして迫っていこう。
インタビュー=福崎敬太 ライブ写真=村長/タカハシ
自分のスタイルを表わすのにも、“チル・ギタリスト”という言葉が一番ふさわしい
『tender』は8年9ヵ月ぶりの新作ですが、何かテーマとして考えていたことはありましたか?
僕はプロデュースやアレンジの仕事などもしていますが、“何の人?”と聞かれたら“ギタリスト”って答えたいんです。それが常にあるから、アー写でも必ずギターを持っていて。で、Ovallはバンドだし、自分1人の作品として考えた時に“ギターがメインで、ビートなども自分で完結できたら良いな”って思ったんです。
でも、いわゆるギターのイメージって、やっぱりジミヘンが頂点にいて(笑)。もちろんジミヘンはめちゃくちゃ好きですよ? 僕はジミヘンからスティーヴィー・レイ・ヴォーンにいって、トモ藤田さんに習っていたので、そこからジョン・メイヤーに。その系譜は大好きなんです。
ただ、それとは別にOvallでやってきた、今だったらトム・ミッシュがやり始めたようなテイストのギターが凄くしっくりときていて。そのカラーをパッケージできたら、“自分はこういうのが好きです”って示せるかなと思ったんです。
今作のテイストを表現する時に、関口さん自身“チル・ギター”という言葉を使っていますが、これはもともと海外のリスナーからのコメントからきているんですよね?
そうですね。インスタで動画をあげていたら、何人かの海外の人から“君のギターは「チル」だ”ってコメントがあって、それがけっこう続いたんですよ。
Ovallもですけど、アルバムを出すと“売り場をどこにするか”っていうのが難しくて。今でこそジャズでもビートが効いているのは当たり前になってきましたけど、10年くらい前は“ジャジィ・ヒップホップ”っていうのが認知され始めたくらいで。ジャズの置き場にいったり、ボーカルが入っている時はJ-POPの棚に入ったりしていたんですよね。
で、自分でも当時はジャズ・ギタリストだと言っていたんですけど、そこまでスタンダードを演奏するわけではないし、ブラック・ミュージックって言ってもそれ以外もやる。そんなふうに思っていた時期だったので、“チルってこういう感じか”って思って、だんだん自分も使うようになったんです。
自分のスタイルを表わすのにも、“チル・ギタリスト”という言葉が一番ふさわしいのかなって思ったんですよね。
この“チル・ギター”は色んなジャンルの要素が混ざっていると思いますが、関口さんの中でどういう構成になっていると感じていますか?
ベースにはやっぱりブルースがある気がしますね。僕はロックからギターを始めたんですが、その中にもブルースはあるし、SRVに傾倒したというのもあって、メロディの作り方やフレーズの作り方の大元はブルースにあると思うんです。
なので、割合で言ったら、40〜50%はブルースかな。で、音色的にはジャジィなものが好きなので、20%くらいはジャズ。そこにヒップホップやソウル、ロックというのが10%ずつくらいで混ざっているのかな。
バック・トラックも楽曲の方向性を決めるのに重要だと思うのですが、アレンジやメロディ・メイク、トラックメイクなどはどのような流れで進めていくんですか?
ギターが中心にいるということははずせないので、ギターが一番活きる形でバック・トラックも作っていく、という流れですね。
例えば「North Wing」は、ギターでコードも鳴らしつつ、トップノートでメロディを奏でるように作っているので、ほかの楽器ではあまり分厚いコード感は出さないようにしていて。下に強めのビート感やベースがあって、上に伸びているシンセがあって、真ん中をギターのために空けている。そうすると、ギターのコード感も活きてくる。
あとは「Tender Rose」だと、オート・ワウのメロディが主軸にあるので、コード感はローズで担うっていうバランスにしたり。トム・ミッシュがオート・ワウを使うようになって、あの音が市民権を得た気がしていて。音色的にロックでもないし、シンセのリードの感じとの合いの子みたいな印象で、自分のテイストに合うなって思って使っているんです。
曲のメロディの歌い方を自分なりに変えていくのが昔から好きなんです
Instagramで数十秒のオシャレなフレーズを弾く人はたくさんいますが、それを2〜3分の楽曲として聴かせるには、サウンドやパートでのコントラストの付け方というのは非常に大事だと思います。パートの重ね方やギターの抜き差しのようなところで、気をつけたことはありますか?
例えば「Tender Rose」だったらソロの部分が間奏にあるんですけど、そこをギターでやってしまうとトゥー・マッチというか。メロが全部ギターで、いわばボーカル的な立ち位置にいるので、間奏は違う楽器でやったほうが、ほかの部分のギターがより映えると思うので、あえてシンセ・リードにしたりとか。
ギター・インストは、そこも歪んだギターだとキッズとしては楽しいんですけどね。僕もアンディ・ティモンズとかは大好きなので、メロもソロもずっとギターでいく曲は好きなんですよ。でも、ギタリストじゃない人にも届けたいなって思った時に、その抜き差しは考えて、“ギタリストのアルバムだけど、メロに徹する”というのも必要かなと考えていました。
「Mystic」はビートをギターのストリング・ヒットで出していて、前半はギターだけのアンサンブルで組み上げています。これはどのように考えていきましたか?
ライブで1人でやる時はHX Effectsのルーパー機能をいつも使っていて。曲を作る時も、いきなりビートを打ち込むというよりは、“ちょっとリズムを足してみよう”みたいな時に、ルーパーを使うことが多いんです。まさにこの曲はそれで作ったんです。
ルーパーで作っていったんですね。
はい。最初はYouTubeにアップするために作ったんですけど、良い感じだったのでアルバムに入れようとなったんです。ただ、そのためにストリング・ヒットしている部分を打ち込みに変えて、コードを鍵盤に置き換えてみたんですけど、当初の良さが全然出なくて。ルーパーで1回すべて作って、そのまま作品にしたら良いんじゃないかって思ったんです。ギターでリズムを出している音も好きなんですよね。
「Dance」のソロはテーマ・フレーズを絡めながら展開していきますね。
歌モノで8小節のソロがあるっていう時に、いきなりチョーキングで入るようなものもあって良いと思うんですけど、その曲のメロディを自分なりに歌い方を変えていくっていうのが昔から好きなんですよ。
というのも、ギター・ソロに目覚めたのがそのやり方で。中学時代にLUNA SEAが大好きで、学園祭でもやっていたりしたんですよ。でもSUGIZOさんのギター・ソロを完璧にコピーするのが難しくて、しょうがなく自分なりに歌メロをなぞるようなソロに変えたりしていたんです。そうしたら自由に自分で決められるのが楽しくなって。その感覚が今でもあるのかもしれない(笑)。
「Tell me」のソロはかなりジャジィな方向に振っています。
このギター・ソロのゾーンはアカデミックじゃないけど、ちょっと残る、クセのあるものにしたいと思っていたんですよね。なのでジャズのコード進行で、コード・トーンを拾っていった感じです。あれは全部指で弾いたかな?
あと、この曲はアルバムの曲が出揃った最後のほうにできたんですけど、ほかの曲がスルッと聴けるチルなものだから、ちょっとだけクセのある曲を入れたいと思ったんです。アクセントになるかなって思って、あえてこういうコード・チェンジのあるものにしました。
小説家が1本の物語を日々書きあげていくようなスタイルに憧れがある
「Dance」のソロがちょっと歪んでいるくらいで、基本的にはクリーン・トーンでまとめられています。サウンド面でのテーマはありましたか?
ディストーションくらいになってしまう歪みとアコギはなしにしようと思っていました。チルな感じで聴いてもらうために、そこはなんとなく決めていたかもしれないですね。
ライブではディストーションなしっていうのは考えられないんですよ。僕のファンでいてくれる方は、こういうチルな曲が好きで支持してくれているけど、ライブでは盛り上がりたいっていうのは誰でも一緒だと思うんですよね。そこではディストーションの音も必要だと思うんですけど、今作の空気感や統一感には不要だったんです。
あと、アコギでチルな感じにすると、アコースティック・ミュージック感が強くなってしまう。“ローファイ・ヒップホップの感覚を維持したうえでのチル”というバランスが良かったので、アコギも大好きなんですけど今回はなしにしました。
レコーディングは自宅スタジオで完結しているということですが、アンプ録りはゼロということですか?
ゼロですね。今作は本当に部屋から出ていないです。小説家が1本の物語を日々書きあげていくようなスタイルに凄く憧れがあるんですよ。でもマイク録りとなると、家では時間帯も選ぶし工夫も必要になってくる。DTMだけでいくなら深夜にちょっと録りたいっていう時も、ヘッドフォンをしてすぐに録れる。そういう作り方をしてみたいっていうのが大きかったので、割り切ってPCの中だけでできる良い音を目指しました。
ライブなどではどのようなスタイルで演奏するのですか?
今のところは1人だけでやっていますが、リリース・ライブはバンドでやろうと思っています。1人でやる場合は、完全にソロ・ギターのものから、HX Effectsでルーパーを使ったり、オケ出しをしながら一緒に弾いたり、バリエーションをつけつつやっています。
ただ、「Dance」などは最近もライブで演奏するんですが、テーマは最初にルバートで弾くくらいでほぼ弾かず、お客さんに手拍子をしてもらっていながらセッションのように弾いているんです。アルバムの世界観どおりっていうのも面白くないと思うので、ライブならではの感じを入れていきたいなって思っています。
インスト作で次はこういうことをやってみたい、などはありますか?
自分のペースで作れるこのスタイルは続けていきたいですね。と同時に、“1人で作る”っていうテーマは今回完結できたんですよね。
で、少し話が逸れますが、この間TONEXを買ったんです。それがめっちゃ良くて。こういう新しい機材から、インスピレーションをもらって、それらと自分のスタイルを掛け合わせた新しいものを作っていきたいですね。この間TONEXだけでライブをやったんですが、可能性が色々とあるなって。色々と試したい気持ちがあります。
作品データ
『tender』
関口シンゴ
origami PRODUCTIONS/OPCA-1055(通常盤)/2023年12月6日リリース
※2CD仕様の限定盤(OPCA-1056)には、名曲のカバーが5曲収録された『Chill Guitar Covers』が付属する。
―Track List―
- Mystic
- Tender Rose
- North Wing
- Dance
- Origami Song
- Pianistic
- Raincoat
- Everyday I feel your heart
- Southern Street
- Recollection
- Tell me
- April Coffee
―Guitarist―
関口シンゴ