福岡発の4人組ロック・バンド、神はサイコロを振らない(通称“神サイ”)がメジャー1stフル・アルバム『事象の地平線』をリリースした。2枚組/全20曲という大ボリュームで、豪華なストリングス・サウンドや4ピース・バンドといった枠にとらわれないアレンジが見事な1枚に仕上がっている。しかし、常にバンドを牽引しているのはリード・ギターのフレーズで、作品を通して“ギター・リフ”への愛を感じることができた。今回はギタリストである吉田喜一が奏でる“リフ”にフォーカスし、彼のサウンドに対する並々ならぬこだわりを深いところまで聞かせてもらった。
取材=伊藤雅景 撮影=星野俊
“自分のスタイルに頼って弾くだけじゃダメだ”という壁にぶち当たったんです。
今作『事象の地平線』はストリングスが中心の楽曲も多い中、ギター・リフが常に曲を引っ張っている印象でした。吉田さんはどのようにリフを生み出していますか?
実はメインのギター・リフは柳田(周作/vo,g)が考えてくることが多いんです。彼から最初に送られてくるデモの段階で、細かなニュアンスまでだいたい仕上がっているんですよ。そこから自分の中で噛み砕いて、弾きたいニュアンスをメンバーへ伝えてディスカッションしていきます。そういうDTM等で送られてきたものを“生”にしていく作業の中で、だんだんと自分のオリジナリティが反映されてくるんですよね。フレーズが光る曲が多いのは、最初からメロディとギター・リフが曲と一体化しているのが大きいもしれないです。
ただ、柳田からはけっこうな無理難題を渡されたりもするんですよ(笑)。でも、そこに答えられないとダメだなっていう意識は強く持っていて。オーダーにはしっかり答えつつ、自分のニュアンスはしっかり出していきたい。そこのバランス感は意識していますね。
個人的な印象ですが、シングルコイルのフロント・ピックアップで弾く16分音符を織り交ぜたカッティング・フレーズが、吉田さんの代名詞のような気がしています。
完全にそうですね。昔より断然カッティングが入ることが増えたと思います。あとは近い度数の和音を混ぜたオブリなんかもよく弾きますね。でも昔はカッティングなんてまったく弾かなかったんですよ。変にトガっていたというか(笑)。
確かに、デビュー当初の楽曲はタッピングで始まりまったり、カッティングの印象は少ないかも。
この時期は、“ピックは使わないぜ”みたいなモードになっていた時期でしたね。“右手も指だけで弾くわ”みたいな(笑)。でも、ギターの気持ち良さやノリを出すには、そういったテクニックだけじゃ足りないんだなとだんだん思うようになってきたんです。神サイの曲のフレーズを作っていくうえで、“ボーカルのメロディと噛み合わせるには、自分のスタイルだけで弾いてちゃダメ”だという壁にぶち当たって。そこから、柳田のメロディが持つ“フロウ”と自分のグルーヴが一番マッチする奏法を色々試行錯誤していったんです。それで生まれたのが、今の自分のプレイ・スタイルの1つである“16分のゴースト・ノートを含めたギター・リフ”なのかもしれないですね。
そういった変革の期間があったんですね。
そうですね。意識の変革期みたいのはほかにも何回かあって。最近で言うと『理-kotowari-』(2020年)ってアルバムの制作で大きい変革がありました。
それはどんな変革だったんですか?
その時は今の自分と比べると全然自由にギターを弾けなくて、“自分はどれだけ下手なんだろう”って感じてたんです。そこから2年間くらいはずっと自分との戦いでしたね。まず歌心がわかっていなかったのでボーカルにも合わないし、バンド・アンサンブルの中でのノリもあんまり良くなくて……。そこに気がついてからは毎日部屋にこもって鬼のように練習しました。コロナ禍だったのもあって、起きたらまずギターを弾いて、そのまま夜まで弾き続けて1日が終わる、みたいな生活をずっとしてて。死ぬほどギターと向き合いましたね。その地獄のように感じていた時期を経なかったら、今の自分はなかったんじゃないかなと思います。
そうだったんですね。
こういうエピソードは初めて語ったかもしれないです(笑)。ギタリスト・ライクな考え方なのかもしれないんですけど、“俺、努力したぜ”とか“練習こんだけしました!”っていうのを前面に出す感じはあんまり好きじゃなくて(笑)。なので今まであまり話すことがなかったんですけど、正直かなり努力しました。けっこう苦しかったですけど、その時期があったおかげで今作が完成したんだと思うと、本当に練習してよかったなって思ってますね。
ストラトキャスターは“唯一無二性”にすごく惹かれるんです。
影響されたギタリストを挙げるとすると、どんな人がいますか?
ジョン・フルシアンテですね。“なんでこんなに強烈なギターを弾いているのに、バンド・アンサンブルと馴染んでるんだろう?”と思って、かなり聴きました。あと、最近だとコリー・ウォン、マーク・レッティエリにもとても影響されましたね。
ストラトキャスター使いが多いですね。
自分もストラトキャスターを使っていますからね。でも、ストラトキャスターってすごく弾きやすいと同時に、とんでもなく弾きこなすのが難しいギターだと思うんです。ただ、難しいけど面白い。“楽器を鳴らす”ってことに関しては、個人的に他のタイプのギターよりスキルがいる気がします。あと、“この曲のこのフレーズだけはストラトキャスターじゃないとダメだ”っていうフレーズってあるじゃないですか。その唯一無二性みたいな部分にすごく惹かれるんですよね。
音を聴くとストラトが脳裏に浮かぶような名フレーズは多いですよね。
あとはやっぱり右手のニュアンスがめちゃくちゃハッキリ出るギターだと思っていて。なので、弾き続けるうちに右手のニュアンスが磨かれてきた感じがありますね。今作だと「巡る巡る」ではストラトキャスターが活躍したかな。
ほかにレコーディングで活躍したギターは?
ナッシュ・ギターズのJMタイプも活躍しました。自分の持ってるモデルは、ストラトキャスターのフロント・ピックアップっぽい芯の太さがあるというか。ネックも太いおかげか、ブリッとした芯がある音が出るんです。
「イリーガル・ゲーム」のアウトロのギター・リフでもそういった側面を感じましたね。
そうですね。それに加えて、あそこはエッジ感のニュアンスを出すために、ピックの進入もかなりアングルをつけて弾いています。僕らはライブでも音源でもストリングスとピアノをガッツリ流しているので、どうしても個性的なエッジ感や音色がないとフレーズが埋もれてしまうことが多いんですよ。そういうこともあって、最近はそのJMタイプがすごく活躍しています。“じゃじゃ馬”かつ個性的な音色なので、バンド・アンサンブルの中で音が目立つんですよ。それこそストラトキャスターと同じくらい使用頻度が高いですね。
空間系は0か100かで使うことが多いです
では、今作に収録されたコラボ楽曲の「初恋」と「愛のけだもの」について聞かせて下さい。
その2曲でご一緒した「初恋」のn-bunaさん、「愛のけだもの」のキタニタツヤさんは同い年だったんです。なので特に刺激を受けました。一緒に作曲作業をさせてもらったんですけど、2人が作る楽曲の中にどう自分の色をつけていくかっていう作業がすごく面白かったです。
「愛のけだもの」はギター・ソロがメロウでカッコいいです。
ありがとうございます。この曲に関しては10テイクくらいキタニさんにソロを送って、その中から2人でセレクトしていった感じです。あーだこーだ話した結果、“もっとブチ上がり系のソロで“っていうオーダーが来たり(笑)。
なるほど。ソロの終わり方も、単音でクリシェしていく感じがとても印象的でした。
すごいカッコいいですよね。何度も転調している曲なので、そこはけっこう色んなパターンを練りました。もう納品当日の夜まで家で考えてたり(笑)。
ギター・ソロは頭の中でアイディアを練っていくタイプなんですか?
いや、基本的には最初にアドリブで弾いて、その後に少しずつ方向性をいじっていく考え方が多いんですよ。何回か録って、その中で良い方向性だったテイクに肉付けしていく感じです。なので、今回は新しい制作方法で取り掛かれて新鮮でした。
「愛のけだもの」はイントロのメイン・リフがエフェクティブなサウンドなのも気になりました。
エフェクティブな感じを出したくて、プラグインでフランジャーを掛けています。イントロは3本ギターが鳴っていて、LRのギターとの差別化のためにエフェクトを掛けました。
吉田さんは意外と空間系エフェクトを濃くかけたフレーズが少ないですよね? 例えばギター・ソロでアナログ・ディレイを足したりもしないというか。
そうそう! 本当にそうですね。0か100で使うことが多いです。掛ける時はかなりわかりやすく掛けます。正直気分によって我慢できずにディレイを踏んじゃうことも正直ありますけど……(笑)。
でも、確かにフレーズはドライめですね。あんまり安易に空間系を足しちゃうと、音が周りと滲んで抜けてこない場面がけっこうあるので。空間系の掛け具合が、アンサンブルとギターの距離感のキモだったりするので、熟考して使うようにしています。
一番意識してるのは“呼吸感”なんですよ。
ライブはアグレッシブな演出ですが、それでもタイトなリズムを刻めているプレイはさすがだなと思いました。特に今作の「パーフェクト・ルーキーズ」は、ライブだとかなり難しそうです……。
「パーフェクト・ルーキーズ」はめっちゃムズいですよ(笑)。BPMが今作では最速の楽曲なんですが、フル・ピッキングで単純に“大きく振っている”って気分で弾いてるんですよね。けっこう脳筋な考え方なんですけど(笑)。あとはずっと音の粒を一定にすることを意識して、その中でどうアクセントをつけていくかっていうことを考えています。特にこの曲はずっと体の中で16分を感じ続けているというか……。最後のカッティングなんかはいつも突然真剣になりますね(笑)。
(笑)。それに、カッティング時のゲインの低さも特色の1つだと感じました。
確かにそうですね。自分は隙あらばゲイン・ツマミを下げるようにしています。“ニュアンスやミュート感がもっと出るように、今日はもうちょっと歪みを落とそうかな”みたいに、日ごろのリハーサルから敏感に調整してますね。ギター側のボリューム・ノブも、曲に応じて調整しています。基本的に足下じゃなくて手元で調整するのが自分のプレイ・スタイルになってきているので。ただ、流石にセット・リストの関係で手元だけだと間に合わなくなってくることもあるので、そこは足下のHX Stompで臨機応変に変えています。
エフェクター・ボードもわりとコンパクトで驚きました。
今のエフェクター・ボードは自分で組んでいます。あーでもないこーでもないって考えながらシステムを組むのが好きなんですよね。インディーズ時代から試行錯誤しながら作ってます。ただ、今作の楽曲の世界観を再現するために、今後は新しいシステムにアップデートしていく予定です。好きなギタリストでラック使ってる人が多いので、ゆくゆくはラック・システムを組みたいなとも考えていますね(笑)。
ありがとうございます。最後に、今作の聴きどころと今後の展望について聞かせて下さい。
聴きどころは……やはりギターのニュアンスですね。一番意識してるのは“呼吸感”なんです。休符は“息を吸う場所”みたいな、自然なニュアンスを出したいんですよ。グリッドとかテンポにバチバチに合わせちゃうと、綺麗なんですけどどうしても“クサくない”。そういう意味でも、様々なフレーズやギター・リフに隙間を入れていたりするので、そういう場所を探して聴いてみてほしいです。
そして今後は、自分の唯一無二なサウンド、プレイを磨いていきたいですね。自分の色をもっと濃くしていきたい。すごく上手い人がいっぱいいる中で、その山を登るんじゃなくて、自分の見つけた山を登っていきたいというか。そして最終的に唯一無二な場所に辿り着きたいと思っています。それが今後の人生的な目標でもありますね。
LIVE INFORMATION
・東阪野音:Live 2022 「 最下層からの観測 」 東京公演
3/20(日)@日比谷野外大音楽堂
・東阪野音:Live 2022 「 最下層からの観測 」 大坂公演
4/10(日)@大阪城音楽堂
Live Tour 2022 「事象の地平線」
福岡公演:5月21日(土)/福岡 UNITED LAB
宮崎公演:5月22日(日)/ 宮崎 LAZARUS
山口公演:5月28日(土)/周南 RISING HALL
島根公演:5月29日(日)/松江 B1
宮城公演:6月4日(土)/仙台 Rensa
北海道公演:6月11日(土)/札幌 PENNY LANE 24
広島公演:6月18日(土)/BLUE LIVE 広島
香川公演:6月19日(日)/高松 festhalle
新潟公演:6月25日(土)/新潟 LOTS
石川公演:6月26日(日)/金沢 EIGHT HALL
愛知公演:7月3日(日)/名古屋 DIAMOND HALL
大阪公演:7月10日(日)/Namba Hatch
東京公演:7月16日(土)/LINE CUBE SHIBUYA
東京公演:7月17日(日)/LINE CUBE SHIBUYA
詳細は公式HPへ
作品データ
『事象の地平線』
神はサイコロを振らない
ユニバーサル/TYCT-60192/3/2022年3月2日リリース
―Track List―
【Disc1】
01. イリーガル・ゲーム
02. タイムファクター
03. 巡る巡る
04. 初恋(神はサイコロを振らない×アユニ・D×n-buna)
05. 泡沫花火
06. LOVE
07. 1on1
08. 愛のけだもの (神はサイコロを振らない×キタニタツヤ)
09. 遺言状
10. 徒夢の中で
【Disc2】
01. あなただけ
02. クロノグラフ彗星
03. 少年よ永遠に
04. 目蓋
05. 導火線
06. パーフェクト・ルーキーズ
07. 夜永唄 – Unplugged 2022
08. プラトニック・ラブ
09. 未来永劫
10. 僕だけが失敗作みたいで
―Guitarist―
吉田喜一