和楽器と洋楽器を調和させた唯一無二のサウンドで、独自の存在感を示してきた和楽器バンドが、2014年にリリースしたデビュー・アルバムの続編、『ボカロ三昧2』を完成させた。8年ぶりに発表されたボカロ曲のカバー・アルバムでどのようにアレンジを組み立てていったのかを、ギター&ボーカルの町屋に振り返ってもらった。
取材=白鳥純一(ソウ・スウィート・パブリッシング) 写真=上溝恭香
大切なデビュー8年目の原点回帰
これまでの学びが生かされた作品になったと思う
まずは『ボカロ三昧』の続編を作ることになった経緯から聞かせて下さい。
8人編成の和楽器バンドは、これまで8という数字を大事にしながら活動してきました。“続編を作りたい”という話自体は、『四季彩-shikisai-』(2017年リリースの3rdアルバム)の頃から出ていて、今年、僕らにとっては節目でもあるデビュー8周年を機に、制作に踏み切ることになりました。
様々な楽器が鳴り響く“和楽器バンドらしい”アンサンブルを楽しめるアルバムだと思いました。
1つのバンドとして活動していくうえで、それぞれの楽器の個性を出しあうことを大切にしながら作品を作っています。僕が全パートの譜面を書いてはいますが、すべてのパートを決めるのではなく、メンバー全員が、アドリブで自由に演奏できる部分を残すことを特に心がけていて。バンドならではの音楽の偶発性が生まれることを大切にしているんです。
バンドの中でのギターは、どのような存在でしょうか?
和楽器バンドでは、最初にドラムを録って、和太鼓、ベース、津軽三味線、箏、尺八、ボーカルの順で音を重ねたあと、アンサンブルの隙間を縫うようにギターを入れていきます。耳に残るフレーズは和楽器に割り振るので、ギターではコードの隙間を埋め合わせたり、裏のメロディを弾くケースが多いですね。
サウンド作りの観点で、気をつけている部分はありますか?
全員の音が聴こえることです。チューニングやフレージング、音作りに関しても、それを凄く意識しています。
あと、「Fire◎Flower」(初回限定ボカロ盤ボーナス・トラック)のように、原曲のギターをそのまま演奏することもありますけど、基本的にはなるべくモダンなサウンドにすることを考えていて。
近年の傾向……タッピングを多用しながら、ピアノのようなフレーズを弾くギターが流行にあることを踏まえつつも、僕が実際に聴いて育ってきた80~90年代のハードロックやメタルの良さだったり、テンション・コードを使ったジャズ的なアプローチを取り入れながら、音作りに取り組んでいます。
カバー・アルバムの制作にあたって、一番意識された点は?
基本的には、なるべく原曲に忠実に演奏することを意識しつつ、我々のサウンドに変換してアウトプットすることを意識しました。今作では、あまり間奏がなく短い曲が多いボカロ・シーンのトレンドを踏襲していますが、中には「アイデンティティ」の間奏部分のように、ビバップ・スケールのギター・ソロを弾いたりしている曲もあります。
『ボカロ三昧』でデビューしてから8年が経ちました。これまでの音楽シーンの変化や、自身のギタリストとしての成長をどのようにとらえていますか?
音楽シーンについては、ダンス・ミュージックのリズム・トラックが主流になっているとは感じています。だから自分たちの曲も、残響の少ない環境で、あまり音程感を感じさせないようにしたりして、なるべくモダンなサウンドに寄せるようにしているんです。
僕個人としては、ディストーションを多用していたデビュー時と比べて、ギタリストとしての表現の幅がだいぶ広がったような感覚があります。特にジャズに関する知識を深めたことは大きかったですし、今作についても“この数年間の学びが生かされた作品になったかな”と思っていますね。
ジャズに関心を抱いたきっかけは?
以前、“今の自分に足りてないものは何だろう?”と考えた時に、これまであまりジャズに触れてこなかったことに気がついて。“ジャズの知識があると音楽的な視野が広がる”と思ったので、大学のジャズ科に通って、4年間みっちり勉強してきました。
そもそも、ギターを始めたのは8歳の頃だったんです。高校生でエクストリームのヌーノ・ベッテンコートに魅了されてからは、スティーヴ・ヴァイなどのプログレッシブ・ロック/メタルにのめり込んで。ロン・サールやマティアス“IA”エクルンドの曲を好んでコピーしていました。その後、僕自身もギタリストとしての立ち位置を築くことができましたが、一方では、トリッキーなフレーズが多くなってしまっているとも感じていて。自分自身のアウトプットの幅を広げるために、ジャズの勉強を始めたという感じですね。
原曲のイメージを崩さない音作りを心がけた
「フォニイ」は、和楽器とギター・サウンドが混じり合う、聴き心地の良いアレンジに仕上げられています。
冒頭に入っている尺八のフレーズや、サビ終わりのギター・ソロは、原曲では声を加工した音を取り入れているんです。わずかな音色の違いを表現するために、弦をスキッピングさせたり、フレット間の移動が多く弾きづらいポジションニングで弾いているので、結果として難易度の高いフレーズになってしまいました。
「エゴロック」は、原曲ではベースで弾かれるイントロのフレーズを、三味線に担わせています。その三味線の音色が、“和楽器バンドらしさ”をさらに際立たせているように感じました。
三味線は撥弦楽器ではありつつも、打楽器的な要素がかなり強いんです。特にこの曲に関しては、コード音やリズムを担う部分が多く、そのぶんギターは自由に動ける。なので、ギターのフレーズを歌詞に寄せていくアプローチを取り入れていて。例えば、間奏終わりの“ナンセンス”という言葉が入っている箇所に、あえて短2度の音をぶつけたりしています。これまでも僕らが多用してきた手法を、この曲でも使ってみました。
原曲はエレクトリックな雰囲気の「マーシャル・マキシマイザー」も、和楽器バンドの個性溢れるサウンドに様変わりしています。町屋さんが、この曲のギター・プレイやアレンジにおいて、心がけた点はありますか?
原曲にほとんどギターが入っていなかったこの曲のアレンジは、めちゃくちゃ悩みました。印象的なシンセサイザーのフレーズを箏、三味線、尺八に割り振ったあとで、ギターをハモらせたり、裏のメロディを弾いてみたりして。とにかく原曲のイメージを崩さないようなサウンド作りを心がけました。
「天ノ弱」では、ロック・テイストのギターが存在感を示しています。
原曲はギター・リフから始まるんですけど、コード・トーンを中心にしたタッピングやハーモニクスなどの技法を使って、現代的なアレンジを取り入れています。それと“ビブラートを丁寧にかける”とか、“なるべくエモいチョーキングをする”といった細かなニュアンスを大切にしました。
「紅一葉」は、速いテンポの楽曲が揃う今作の中では珍しい、スロー・テンポで優雅な雰囲気のナンバーです。ギターに関しては、どのようなアプローチをされていますか?
まずは、和楽器の譜面を書いてみて、全体のオーケストレーションを作り込んでいったのですが、その時に“ギターは要らないな”と思って(笑)。
それを踏まえたうえで、Rchで純和風な箏の音、Lch側でギターが裏のメロディを奏でるようにして、箏の音色を引き立たせるようなアレンジを施しました。今作ではタッピングを多用していたこともあって、爪を短めに切っていたんですけど、この曲を録る時は、たまたま爪が伸びているタイミングで。爪で思いっきりガット・ギターを弾けたのはよかったです。
「アイデンティティ」は、テンポの速い楽曲の中で奏でられるテクニカルなフレーズが耳に残りました。
原曲ではシンセで弾いているフレーズを、箏、三味線、尺八が担当し、ベースも原曲に近いフレーズを弾いている中で、ドラム、和太鼓、ギターの3人が自由気ままなビバップをくり広げているイメージです。
最初に、230BPMくらいのアレンジ音源を山葵(d)に聴いてもらった時には、“こんなフレーズがサラッと叩けたら、とっくに世界的に有名なドラマーになってるよ”と言われました(笑)。和楽器で原曲のシンプルな打ち込みを表現しつつ、ビバップ風のアレンジにまとめました。
作品としてまとまりを出すために
ギターの音色を極力変えないようにした
今作の使用ギターを教えて下さい。
Sago New Material Guitars製のシグネチャー・モデルのセミアコ(Curious Arch Top)をメインにしつつ、サビのバッキングでは、ディストーションの乗りが凄く良いStrandbergの8弦ギター、Bodenを使っています。今作は、あまり楽曲に統一性がないカバー・アルバムなので、作品としてまとまりを出すために、ギターの音色を極力変えないようにしました。
ちなみにピックは何を使っていますか?
太い音を出すために、1.2mmのセルロイド製を使っています。これ以上厚いピックを使うとカッティングのキレが悪くなってしまうので、このあたりが限界かなと。でも、ディストーションで厚みのある音を作る時には、薄めで柔らかいナイロン製の0.7mmを使ってみたりもしていて。ギターや弾くフレーズによって、適宜ピックを変えています。
アンプやエフェクターは?
エフェクターに関しては、Z.VexのFuzz Factoryが活躍してくれました。「マーシャル・マキシマイザー」のノイズ音とかは、全部これで作っています。アンプは、スピーカー・ユニットをJBL製E120に交換したMATCHLESSのDC-30。シグネチャー・モデルのセミアコと一緒に鳴らすことが多かったですね。StrandbergのBodenの時は、Mesa/BoogieのTriple Crown TC50を使いました。今作は、セミアコの出力を2系統に分けていて、一方をクランチで録りつつ、もう片方はアコースティック・シミュレーターを経由して、DC-30につないでいます。
出力を2系統に分けたのには、どのような狙いがあるのでしょうか?
発音がわりと速いDC-30ですが、生音やアコギの音に比べると、若干立ち上がりが遅く、エレキのレンジを狭めてしまう特徴があるので、アコースティック・シミュレーターの音を重ねて、音の立ち上がりを補正したり、低音域の膨らみを持たせるように工夫しました。
スティーヴ・ヴァイの『Fire Garden』のような超大作を書いてみたい
ライブ・ツアーも始まりました。今作の収録曲を演奏される際に、苦労した点はありましたか?
基本的に曲のテンポが速いので、とにかく脱力しながら弾くことを心がけています。力を入れてしまうと、筋肉の重さでスピードが出せないですから。
今後、やってみたい表現はありますか?
作品をリリースする度に、ドラムや和太鼓の音も含めて、緻密に音がとらえられるような感覚になってきているので、今後は“フル・オーケストラのような超大作を書いてみたい”とは思っています。スティーヴ・ヴァイの『Fire Garden』みたいなものを作りたいですね(笑)。
壮大な目標ですね(笑)。
はい(笑)。でも、オーケストラの譜面に関しては、近年は積極的に書くようになりつつあります。
ロックやポップスの世界で活動されている町屋さんが、クラシックやジャズといった異なるフィールドにチャレンジされる理由は?
オーバーグラウンドで、ポピュラリティがあるからこそ、多くの人に聴かれると思うんです。様々なジャンルの音楽の知識や技術をオーバーグラウンドに落とし込むっていうのは、僕の音楽人生においての課題の1つですね。まだやれることはたくさんあるはずなので、“色々な音楽を取り入れて、もっと成長していきたい”と思っています。
今作を聴かれているファンの皆さん、これからライブに来られるファンの皆さんへのメッセージをお願いします。
今作は凄くギターが難しいので、僕が書いたタブを“何かしらの形で公開したいな”と思っているんです。なので、ぜひチャレンジしていただきたいなと(笑)。例えば、コード・トーンや、何度の音を押さえているかを意識しながら弾くだけでもギタリストとしての成長につながると思いますし、速くてテクニカルなギターが好きな方にも十分に楽しんでいただけるのではないかなと思います。
LIVE INFORMATION
和楽器バンド ボカロ三昧2 大演奏会
SCHEDULE
10月13日(木)/大阪・オリックス劇場
10月16日(日)/北海道・カナモトホール(札幌市民ホール)
10月22日(土)/福岡・福岡サンパレスホテル&ホール
10月23日(日)/鹿児島・宝山ホール(鹿児島県文化センター)
10月29日(土)/静岡・静岡市民文化会館 大ホール
11月12日(土)/山口・山口市民会館 大ホール
11月13日(日)/広島・広島文化学園HBGホール
11月17日(木)/京都・ロームシアター京都 メインホール
11月18日(金)/兵庫・神戸国際会館 こくさいホール
11月20日(日)/茨城・ザ・ヒロサワ・シティ会館 大ホール
11月25日(金) /宮城・トークネットホール仙台(仙台市民会館)
チケット情報や公演詳細は公式HPへ
https://wagakkiband.com/
作品データ
『ボカロ三昧2』
和楽器バンド
ユニバーサルシグマ/UMCK-1717/8(CD Only盤)/2022年8月17日リリース
―Track List―
01. フォニイ(作詞・作曲:ツミキ)
02. エゴロック(作詞・作曲:すりぃ)
03. マーシャル・マキシマイザー(作詞・作曲:柊マグネタイト)
04. Surges(作詞・作曲:Orangestar)
05. 天ノ弱(作詞・作曲:164)
06. ベノム(作詞・作曲:かいりきベア)
07. 紅一葉(作詞:作曲:黒うさ)
08. アイデンティティ(作詞・作曲:Kanaria)
09. グッバイ宣言(作詞・作曲:Chinozo)
10. キメラ(作詞・作曲:DECO*27)
11. いーあるふぁんくらぶ(作詞・作曲:みきとP)
※CD Only盤にはDisc 2としてインストゥルメンタル・バージョンを収録
※「Fire◎Flower(作詞・作曲:halyosy)」は初回限定ボカロ盤にのみ収録
―Guitarist―
町屋