2023年に惜しまれつつ休刊した音楽雑誌『Player』。楽器を扱う専門誌として『ギター・マガジン』とは良きライバル関係にあっただけに、その不在はやはり寂しい。音楽業界や楽器業界を盛り上げ、読者に大きな影響を与えたその偉大な55年に敬意を表して、元編集長の田中稔氏にその歴史を綴ってもらう。隔週更新。
文=田中 稔
第30回
大きな転機となった『楽器の本 1976』 その⑤
4回連続で『Player』の別冊『楽器の本 1976』について紹介してきたが、今回はその最終回。70年代から80年代にかけて、“『楽器の本』は楽器のバイブル”とよく言われていた。今回は、そう言われる所以となった特集記事について紹介しよう。
インターネットが普及していなかった70年代は、アマチュア・ギタリストたちのギターに関する知識は現代とは比較にならないほど乏しかった。『Player』や『Guitar magazine』などのギター系ロック雑誌が誌面やムック本などで楽器を深く掘り下げた記事や特集を提供するようになって以降、ハードウェアに関する知識が浸透していった。
また、ギターの専門学校やミュージック・スクールなども数多く誕生したことで、一昔前なら専門家でしか知り得なかった楽器の知識や情報も、広く知られるようになった。さらに近年は、インターネットの普及によりそれに拍車がかかり、調べる気があればかなりマニアックな情報も自分で簡単に入手できるありがたい時代になり、巷には情報過多と思えるほど多くの情報が溢れている。
しかし、『楽器の本』が発売された70年代半ばは、ギターに関するムック本や書籍などはあまり発売されておらず、情報の入手先はかなり限られていた。親しくなった楽器店のお兄さんやギターに詳しい学校の先輩などから教えてもらった知識や情報がほとんどで、あとは自分で調べるしか方法がなく、ギターの内部構造やピックアップの構造などは知るよしもなかった。
『楽器の本』の後半には、約60ページにわたって大きな特集が組まれている。「オール・アバウト・ミュージカル・インストゥルメンツ」という大袈裟なタイトルであるが、この特集が『楽器の本』の大きなセールス・ポイントの1つになっていた。日頃身近にある楽器を、その歴史から、種類、内部構造、特徴、素材、パーツにいたるまで、分かりやすく文章と写真とで解説するアカデミックな特集である。
例えば、“ギターにはどんな種類があって、それらは何がどう違うのか?”、“エレクトリック・ギターはどんな構造になっているのか?”、“どういう仕組みでアンプから音が出るのか?”、“ギターに使用されている木材はどんな種類で、どんな特徴があるのか?”、“ピックアップの原理は?”など、素朴な疑問にわかりやすく答えてくれる真面目な特集である。


しかも、取り上げている楽器は、エレキ・ギターやベースだけではない。アコースティック・ギター、バンジョー、ヴァイオリン、スティール・ギター、リゾネーター・ギター、ギター・アンプ、スピーカー、真空管、PA、マイクロフォン、エレクトリック・ピアノ、シンセサイザー、ハモンド・オルガン、メロトロン、エフェクター、ドラム、ドラムへッド、パーカッションなど、様々な楽器について詳細なテキストと200カットを優に超える製品写真や、クローズアップ写真、内部写真、イラストを使用し、図鑑のように解説している。
エレキ・ギターからメロトロン、スピーカーまで興味を持っている楽器マニアが実際にいるかどうかは別として、自分の知らない楽器の知識が山のように詰まっている特集であることは間違いない。この特集によって、ピックアップの構造や原理を初めて知った人も少なくなかったはずだ。





そして『楽器の本』の最後には、「音楽用語辞典」というオマケも付いている。わかっているようで、今ひとつよく理解できていない専門用語というのは誰にでもあるが、そういう用語に限って辞書には掲載されていない。この用語辞典は、一般の辞書や百科事典などには掲載されていない専門的な音楽用語や楽器用語、ギター用語が、“あいうえお順”に掲載されている。

現代は辞書やマニュアル本が不要の時代と言える。わからないことがあれば、その場で携帯電話やパソコンを操作することで、AIが理想的な回答を速やかに導き出してくれる。しかし、そんなありがたい環境が整ったのは近年であることは言うまでもない。半世紀前、70年代半ばに制作された『楽器の本』は、当時の最新“楽器百科事典”であり“楽器のバイブル”だったことは間違いない。
『楽器の本』が発売されたのは1976年6月末。編集部が長く慌ただしい仕事に追われた日々からようやく解放されたのがその月の後半だった。スタッフが数日前に完成した『楽器の本』の見本誌を手にしながら、喜びに浸っている時間はそう長くはなかった。発売と同時に、取次店や書店、楽器店から追加注文の電話や在庫の問い合わせが入った。プレイヤーの社内は相次ぐ電話の対応に追われ、在庫はみるみるうちに減っていく。あまりの反応の良さにみんなただ驚くばかりで、社内はまたしても慌ただしい日々が続いた。その時、島田さんが、“これはすごいことになるぞ。すぐに増刷をしないと在庫がなくなる!”と歓喜の声をあげた。
著者プロフィール
田中 稔(たなか・みのる)
1952年、東京生まれ。
1975年秋にプレイヤー・コーポレーション入社。広告営業部、編集部にて『Player』の制作を担当。以来編集長、発行人を経て1997年に代表取締役就任。以降も『Player』の制作、数々の別冊、ムック本を制作。48年間にわたり『Player』関連の仕事に深く関わった。
以後はフリーランスの編集者として活動し、2025年4月、クラプトンに魅せられた10人のE.C.マニアのクラプトン愛を綴った『NO ERIC, NO LIFE. エリックに捧げた僕らの人生.』(リットーミュージック発刊)を制作。2025年9月、電子マガジン「bhodhit magazine(バディットマガジン)」の名誉編集長に就任。
アコースティック・ギターとウクレレの演奏を趣味としている。