2023年に惜しまれつつ休刊した音楽雑誌『Player』。楽器を扱う専門誌として『ギター・マガジン』とは良きライバル関係にあっただけに、その不在はやはり寂しい。音楽業界や楽器業界を盛り上げ、読者に大きな影響を与えたその偉大な55年に敬意を表して、元編集長の田中稔氏にその歴史を綴ってもらう。隔週更新。
文=田中 稔
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連載:『Player』盛衰記第21回|『Player』発行人:山中多賀子
2023年に惜しまれつつ休刊した音楽雑誌『Player』。楽器を扱う専門誌として『ギター・マガジン』とは良きライバル関係にあっただけに、その不在はやはり寂しい。音楽業界や楽器業界を盛り上げ、読者に大きな影響を与えたその偉大な55年に敬意を表して、元編集長の田中稔氏にその歴史を綴ってもらう。隔週更新。
連載:『Player』盛衰記 第20回|代表取締役:赤星建彦
2023年に惜しまれつつ休刊した音楽雑誌『Player』。楽器を扱う専門誌として『ギター・マガジン』とは良きライバル関係にあっただけに、その不在はやはり寂しい。音楽業界や楽器業界を盛り上げ、読者に大きな影響を与えたその偉大な55年に敬意を表して、元編集長の田中稔氏にその歴史を綴ってもらう。隔週更新。
連載:『Player』盛衰記 第19回|編集スタッフ:関原幸男、奈良瑠美子
2023年に惜しまれつつ休刊した音楽雑誌『Player』。楽器を扱う専門誌として『ギター・マガジン』とは良きライバル関係にあっただけに、その不在はやはり寂しい。音楽業界や楽器業界を盛り上げ、読者に大きな影響を与えたその偉大な55年に敬意を表して、元編集長の田中稔氏にその歴史を綴ってもらう。隔週更新。
連載:『Player』盛衰記 第18回|編集長 河島彰
2023年に惜しまれつつ休刊した音楽雑誌『Player』。楽器を扱う専門誌として『ギター・マガジン』とは良きライバル関係にあっただけに、その不在はやはり寂しい。音楽業界や楽器業界を盛り上げ、読者に大きな影響を与えたその偉大な55年に敬意を表して、元編集長の田中稔氏にその歴史を綴ってもらう。隔週更新。
連載:『Player』盛衰記 第17回|エレキギターのことなど、何も知らない……
2023年に惜しまれつつ休刊した音楽雑誌『Player』。楽器を扱う専門誌として『ギター・マガジン』とは良きライバル関係にあっただけに、その不在はやはり寂しい。音楽業界や楽器業界を盛り上げ、読者に大きな影響を与えたその偉大な55年に敬意を表して、元編集長の田中稔氏にその歴史を綴ってもらう。隔週更新。
連載:『Player』盛衰記 第16回|「あの……社員を募集していませんか?」
今回からは、いよいよ私がプレイヤー・コーポレーションに入社した頃の話をしよう。私が『Player』の発売元であるプレイヤー・コーポレーションに入社したのは、1975年秋だった。
連載:『Player』盛衰記 第15回|永遠のライバルだった『Player』と『Guitar magazine』
今回は『Player』の競合誌としてライバル視されていた『Guitar magazine』との関係について紹介しよう。
連載:『Player』盛衰記 第14回|70~80年代に発売されていた音楽雑誌
70~80年代には『Player』以外にどのような音楽雑誌があったのだろう。当時の主な雑誌を紹介しよう。
連載:『Player』盛衰記
第13回|1970年代のビンテージ・ギター・シーン2
日本のギター市場において、ヴィンテージの人気が高まってきたのは80年代に入ってからのことで、70年代はまだヴィンテージ市場が確立されていなかった。
連載:『Player』盛衰記
第12回|1970年代のビンテージ・ギター・シーン1
70年代は “ヴィンテージ・ギター市場” がまだ確立されていなかった。特に日本では、ヴィンテージ以前にギブソンやフェンダーなど海外の有名ブランドの現行品もまだ市場に少なく、ヴィンテージの魅力を語るユーザーなどいるはずがなかった。
連載:『Player』盛衰記
第11回|憧れのマーティン・ギター
70年代のアコースティック・ギターと言えば、大型のドレッドノートが基本だった。当時日本ではドレッドノート・タイプを “ウェスタン” と呼び、一回り小型の000タイプを “フォーク” と読んでいた。各国内メーカーからは様々なモデルが発売されたが、その8~9割がウェスタンで、フォークは1~2割程度、しかもフォーク・ユーザーの大半が女性だった。
連載:『Player』盛衰記
第10回|1970年代のアコースティック・ギター・シーン
70年代のアコースティック・ギター・シーンは、エレクトリック・ギター以上に華やかだった。60年代からのフォークソング・ブームは70年代に引き継がれ、若い世代を中心にギターの弾き語りやフォーク・バンドを結成して活動するアマチュア・ミュージシャンが数多くいた。
連載:『Player』盛衰記
第9回|国産コピー・モデルの登場
60年代の国産エレクトリック・ギターやアコースティック・ギターは、海外の人気ブランドの面影を感じさせながらも、基本的にはオリジナルデザインがほとんどで、メーカーごとに個性があった。しかし70年代になると、当時海外の人気ギタリスト達が愛用していたギブソンやフェンダー・ギターに対するユーザーの憧れがより強まってきた。
連載:『Player』盛衰記
第8回|1970年代のギター・シーン ②
70年代前半は、レッド・ツェッペリン、エリック・クラプトン、リッチー・ブラックモアなど世界のロック・シーンを牽引するギタリストやバンド、アーティストが頻繁に来日公演を行なうようになった。
連載:『Player』盛衰記
第7回|1970年代の楽器シーン ①
60年代後半のエレキ・ギター・シーンは、GSブーム(67~69年)によって大きな盛り上がりをみせ、日本中の若者達が熱病に侵されたかのように “テケテケテケ……” とエレキ・ギターを弾いていた。
連載:『Player』盛衰記
第6回|1970年代の国内音楽シーン
海外の音楽シーンに続いて、70年代の国内の音楽シーンに関して紹介しよう。
連載:『Player』盛衰記
第5回|急増した70年代の来日公演(後半)
前回に続いて、70年代後半に行なわれた主な来日公演を紹介しよう。70年後半は初頭とは比べ物にならないほど多くの大物アーティストやバンドが来日し、日本のリスナーやアーティストに多大な影響を与えた。
連載:『Player』盛衰記
第4回|急増した70年代の来日公演(前半)
70年代は、ロック系大物アーティストやバンドの来日公演が急増した公演ラッシュの時代でもあった。次回は当時の来日公演の状況について紹介しよう。
連載:『Player』盛衰記
第3回|1970年代の音楽シーン
『プレイヤー盛衰記』のイントロダクションとして、まずは『楽器の本 1976』が発売された70年代の時代背景や音楽シーン、楽器シーンから紹介しよう。
連載:『Player』盛衰記
第2回|『The YOUNG MATES MUSIC』
創刊当時は『Player』ではなく『ヤング・メイツ・ミュージック』というタイトル。当初から音楽と楽器がテーマ。
連載:『Player』盛衰記
第1回|55年間のありがとう!
長い歴史を誇る月刊『Player』がどのようにして誕生し、いかにして幕を閉じたのか……。それぞれの時代をふり返りながら、私が見た、体験した『Player』のすべてを紹介したいと考えている。